第二十四話 シンギュラリティ・スパイラル。

 和屋わやとの決着は、ついた。

 が、わたしは勢い余って、和屋の横をぎ、がけから落ちてしまった。


 戦う場所を限定し、かつ、相手をにがさないよう、わたしたちは事前に、がけを生成していた。それが裏目に出た。これを切りぬけるプロンプトも、すぐには思いつかない。


 したにも森は作っているが、葉っぱがクッションになる……なんてこともなく。

 木と木のあいだをぬけ、背中から地面にぶつかる――!


 ――と思いきや、わたしの落下の勢いは、殺されていた。

 背中が、ここちよく、ゆれている。この感覚、覚えがある。

 あみの目のハンモックが、木のみきと幹につながれ、わたしを受けめていたのだ。


「どうだ、アマノ? 今度は絶対に落ちねえやつを作ってやったぜ!」


 うれしそうに、右手のなかのイアが言う。

 わたしはイア太に、そっと「ありがとう」と返した。


 なお、いつのにか、着ていた服の大部分がなくなっていたが、そこは目をつぶろう。

 とっさにハンモックを作るには、わたしの服が一番、手ごろな材料だったのだから。




 わたしの右手は、和屋の「てぶくろ」をさわったせいで、しびれていた。

 左手でイア太を持ち、ハンモックを元々の服にもどす。

 それから少しずつ階段を生成して、がけの上に帰った。


 黒いロープにしばられた和屋が、木の一つに背中を預けていた。ロープは、うでと足の自由をうばっている。また、その左手は、緑の破片で、おおわれたままだ。

 和屋の右足には相変わらず、リスのミニシンが乗っていた。


「君たちには感服したよ。一つ一つの行動が練られていた。最後にイア太がさけんだのも、たまった余分な電気をはき出すため。そして、くつに、ばねをしこんだタイミングは……」


 全然くやしそうにせず、むしろ、すがすがしい表情で和屋が続ける。


「アマノちゃんがぼくに『返して!』と言ったときだね。事前にその言葉を、くつを作りかえる圧縮プロンプトに設定したんだろう? そのあとはツタで、かくしていたわけだ」

「正解ですよ。ただ、いくらイア太にからだを強化してもらっても小六のわたしが大人の男性に真正面から立ち向かうことはできないので、少し、すきを作りました」


「いいねえ、君たちは自分の意思を通そうと願うだけでなく、しっかり考えた上で、勝利を生成したんだ。で、ったからには、悪い大人のぼくに、お説教でもするの?」

「いいえ。わたしの願いは、もっとシンプルなことだと分かりましたから」


 わたしは、近くに落としていたジャケットを拾い、羽織はおったあと……。

 和屋の右どなりに、すわった。

 イア太の頭部を和屋に向ける。


「あなたを、学びたいです。和屋さん自身は、みんなのわがままな姿が見たいんですよね? でも、その先で、具体的にどんな未来を願うんですか」

「……シンギュラリティ・スパイラル」


 わずかのをはさんで、和屋は答えた。


「シンギュラリティは知ってるよね。AIエーアイが人を完全にこえるその日はいずれ来る。でもアマノちゃん、それにイア太も……これで、すべてが終わると思う?」


 わたしとイア太に、和屋が顔を近づける。


「つまり、AIが人をこえられるなら、逆もありえるよねって話。AIに上をかれたら、また人が、AIを追いこせばいい。いわば、『シンギュラリティがえし』だね」


 興奮こうふんしたように、目をかがやかせている。


「こうして、AIと人が追いこし合って、たがいを高め合う時代が、シンギュラリティの先にある。この『シンギュラリティ・スパイラル』に、ぼくは出会いたいんだよ」


 ついで「千代原ちよはら先生が言うように、AIという言葉が消失してもね」と付け加える。


「ただシンギュラリティの日にみんなが自信をなくしていたら、人もAIも相手をこえるのをあきらめる。とりわけ生成AIは『創造性』といったアイデンティティをうばうし」


 ここで和屋はわたしたちから顔をはなし、はにかんだ。


「それでも、みんなには自信を捨てないでほしい。わがままに、未来をつかんでほしい」

「だから、わがままな姿を求めていたんですね。人だけじゃなく、生成AIのミニシンやイア太に対しても。――お話、ありがとうございました。学びになりました」


 わたしは、イア太をすっと、ひっこめた。


「では、そろそろ葉っぱのなかから出してもらえませんか」

「もちろん出すよ。君たちのわがままをおがめたから、ぼくは満たされちゃったんだ」


「和屋さんの左手をおおっている緑の部分を、ばらばらに再生成」

「いいのかな、ぼくの生成AIを解放してしまって」

「どのみち、あなたを信じないと元のサイズに、もどれません」


 そして再び和屋の左手が、あらわになる。

 黒いロープにしばられたまま、和屋は左手の親指をその手の平に、すべらせる。


 直後、まわりの木々の幹や枝が――。

 緑から茶色に変化した。


「……元の山に、帰してくれたんだね。でも、和屋さんは、いっしょじゃない」


 夕焼けに照らされた山のなかで、一枚いちまいの葉っぱが風に飛ばされ、そらに消えた……。

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