第10話 移住希望者と、“半年以内の黒字化”
村の中央道に、見慣れない人影があった。
大人三人と、子ども二人。
荷車一台と、粗末な布袋をいくつか。
マリアが小走りに近づいてきて言った。
「レオン様……移住を希望する者たちです。
“グレイスに水が戻った”という噂を聞いた、と」
移住──
その単語は、この数年ほとんど耳にしなかった。
むしろ出ていく者ばかりだった領地だ。
俺は荷車の前に立つ。
「ここに来た理由を聞かせてほしい」
一番年上の男が、帽子を取って深く頭を下げた。
「……はい。
わたしたちは南のリート村から参りました。
干ばつで畑が枯れ、もう暮らしが立たず……
噂で“グレイスに水が戻った”と聞き、頼らせていただきました」
視界に淡い文字が浮かぶ。
『移住理由:自然災害
受け入れ可否:可能
必要条件:住居・食料の確保』
マリアが小声で訊いてくる。
「……受け入れますか?」
「受け入れる」
即答した。
アズベルは腕を組んでいたが、反論はない。
「ただし、住まいは当面簡易のものになる。
それでも構わないか?」
男は深くうなずいた。
「命が繋がるなら、どんな場所でも構いません」
子どもたちの服は薄く、靴も擦り切れている。
旅の厳しさが分かる。
俺は判断を続けた。
「マリア。空き家を確認し、最低限の準備を。
食料は村の者に声をかけて融通してもらえ」
「はい、すぐに」
「アズベル、見回りを増やせ。
移住者が増えるなら、盗賊に狙われる可能性も上がる」
「分かった」
視界にはさらに文字が追加される。
『人口指数:微増兆候
治安リスク:微増
産業回復:早期化の可能性』
人口が増えるということは、
手が増えるということだ。
水路、畑、産業──
すべてが早まる。
ただし治安の負担も増える。
次の判断が必要だ。
◇
その日の午後。
村の広場に集まった人々を前に、俺は口を開いた。
「皆に伝える。
これからグレイスは、半年以内に“黒字化”を目指す」
ざわ、と声が広がる。
黒字化。
誰も口にできなかった言葉だ。
俺は続けた。
「水路は戻った。
畑は半分が再び使えるようになった。
あとは“働ける人口”と“特産品”が揃えばいい」
視界に文字が出る。
『方針:妥当
黒字化目標:半年(可能)』
可能と出た。
だが、それは“努力すれば届く”という意味だ。
俺の声は静かだが、広場全体に届いていく。
「半年以内に黒字化すれば──
食料の安定、労働賃金の支払い、
冬越えの準備、兵の増強が可能になる」
マリアが横から補足した。
「そして、村に残りたい者だけでなく……
戻ってきたい者も戻ってこられるようになります」
年寄りが涙ぐむ。
若い者は拳を握りしめている。
視界の文字が変わる。
『領民感情:期待 → 信頼へ移行』
この領地が変わる空気が、確かにあった。
◇
会議が終わり、夕方の風が吹き始めた頃。
俺はアズベルに声をかけた。
「移住者が増えるのは、喜ぶべきことだ。
だが同時に、狙われやすくもなる」
アズベルは真剣な表情で頷いた。
「分かっております。
明日から、街道沿いの見回りを一人増員します。
ただ……兵の数が足りませんな」
「分かっている。
だからこそ黒字化だ」
俺の言葉を、視界が補強するように文字化する。
『短期目標:治安維持
中期目標:黒字化
長期目標:産業復活』
すべては繋がっている。
そして、その中心にあるのは──
水でも土でもない。
“人”だ。
人口が増える。
責任も増える。
だが、それが領地経営というものだ。
俺は風の中で小さく息を吐く。
「……始まったな」
この領地の再生は、ようやく第一段階を終えた。
次は、
“土の再生”と“治安の火種”。
どちらも避けて通れない。
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