第11話 農具不足と、“盗まれた麦”の重さ

朝。

畑へ向かう道に、いつもより人が多かった。


鍬を持った者。

手ぶらの者。

壊れた道具を抱えている者もいる。


マリアが不安そうに近づいてきた。


「……レオン様。

 農具が足りません。

 前日に予定していた作業量が、半分も進まなかったそうです」


アズベルも続けた。


「干し麦も足らん。

 本来なら“来年の種”に使う分が盗まれてしまった。

 その影響が出てきています」


視界に淡い文字が浮かぶ。


『農地進行率:計画比 −35%

 原因:農具不足・作業遅延

 干し麦の重要度:高』


予想よりも早く影響が出た。


俺は畑の端まで歩き、

作業の様子を確認した。


つるはしを使う者は数名。

ほとんどが、素手で土を崩していた。


「……効率が悪すぎる」


アズベルがうなずく。


「道具の数が足らん。

 壊れた鍬も修理できない。

 盗まれた“十本の鍬”がここまで響くとは……」


視界が静かに表示を追加する。


『改善案:

 ① 村内の古道具の再利用

 ② 修理班の設置

 ③ 作業優先順位の整理』


そのとき、セラが駆け寄ってきた。


「レオン様。

 昨日の木灰を撒いた畑ですが……

 一部だけ、土が“良い反応”をしていました!」


彼女は小さな土の塊を差し出した。


割ると、中の層がわずかに柔らかくなっている。


「……確かに、変化しているな」


「はい。でも、これは“耕せている部分”だけです。

 道具が足りなくて耕せない場所は、何も変わりません」


視界が反応する。


『土壌改善:作業効率に依存(高)

 現在の農具状況:不十分』


つまり、

道具がないと農地復旧が進まない。


これは内政の根本に関わる問題だ。


俺は判断した。


「マリア。村全体で使われていない古道具を集める。

 壊れていても構わない。

 修理班を作る」


「分かりました。職人にも声をかけます」


「アズベルは荷車事件の続報を。

 盗まれた農具と干し麦の量を正確に把握したい」


「すぐ調べる」


「セラ、耕す優先順位を俺と決めよう。

 “改善が早い区画”から取り掛かる」


セラは勢いよく頷いた。


「はい! 必ず戻します!」



昼過ぎ。

修理班が古い倉庫に集まり、

壊れた道具を並べていく。


折れた柄。

ひび割れた刃。

錆びた金具。


ドランが一本の鍬を持ち上げた。


「これは……三十年以上前のものだな。

 昔は、土がやわらかかったから長持ちした。

 今は固すぎて負担が大きい」


俺は鍬を受け取り、重さを確かめる。


柄は削れ、握りは荒れている。

だが、使えないわけではない。


視界が表示を出す。


『再利用可能:56%

 修理必要:44%

 総作業効率:一時的に改善』


マリアが修理班へ呼びかけた。


「今日中に“最低限使える鍬”を十本作ります!

 村中から集めた道具を使って構いません!」


「おう!」

「任せろ!」


村人たちの声に力が戻る。


道具があるかないかで、

作業効率は倍以上違う。


人の心も、同じだ。



夕方。

作業を終えた畑に、ほんのりと甘い匂いが漂った。


セラが驚いた顔をしている。


「……香り麦の匂いです」


「まだ種を撒いていないはずだが?」


「いえ。

 土の下に残っていた“昔の麦の根”が反応したんです。

 水路が戻って、土壌が改善して……

 少しだけ甦ったんだと思います」


視界が確認するように表示を出す。


『香り麦反応:微弱

 土壌改善の進行:正しい方向』


ごくわずかでも、

この土地が目を覚まし始めた証拠だ。


セラは胸に手を当て、静かに言った。


「……レオン様。

 この土地、本当に“生き返り”ます」


風が麦跡を揺らし、

淡い甘い匂いが、わずかに漂う。


どれも些細な進歩だが──

それでも前へ進んでいる。


農具不足は痛い。

干し麦の盗難も痛い。


だが、

この土地は確かに復活しようとしている。


俺は空を見上げた。


「明日から、作業を二段階に分ける。

 優先区画を耕し、苗床を整える。

 香り麦が育つ場所を、確実に作る」


視界が静かに同意するように光った。


『方向性:妥当

 進行:許容範囲』


農地の再生はまだ遠い。

だが、方向は間違っていない。


そして、

盗難は“外の脅威”の前兆に過ぎない。


内政の基礎が整う前に動けば、

すべてが瓦解する。


しかし逆に──

基礎さえ固め切れば、

何が来ても折れない。


今日、その第一歩を踏んだ。

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