たとえ誰も見ていなくても

🌸春渡夏歩🐾

てるてる坊主は知っている

 季節は駆け足で、秋から冬へと移ろうとしている。

 オレは機械屋のカイト。機械を修理しながら、旅をしている。


 このさとでは、どの家の軒下にも、てるてる坊主が飾られている。

『明日、晴れますように』

 願いをこめて吊るしたのがはじまりだったらしいが、今では家を守る神様だ。


 ◇


 宿で働く少年が裏庭で落ち葉焚きをしていた。


「カイトさん。よかったら、どうぞ」

 渡されたのは、ホカホカ焼きたての芋だった。

「ありがと。うわっ、あっちい!」

 ふたつに割った焼き芋から、湯気が上がる。

「う〜ん、甘い!」

 中は鮮やかなオレンジ色でネットリ、外側の少し焦げた皮もパリッとして、また美味い。


「あ、シオン! ちょうどいいところに来たね。焼き芋、食べる?」

 通りかかったのは、青いトンガリ帽子の……子供か?

「うん。ありがと。アチアチ」

 ちょこんと近くの切り株に座り、はむはむと食べている。

「落ち着いて食べないと詰まるよ。ほら」

 少年からお茶をもらって飲んで、ふぅと息をついている。


 クスッと笑ってしまったら、

「し、失礼だ。レディに」

 ぷぅっと頬をふくらませた。


 レディ? まるで……そう! リスだな。


「くくく……お嬢さん、これは失礼した」

「わかればよろし」


 焚き火で掌を暖めていた彼女がこちらを見て、指差した。

「おそろい」

 オレの荷物に結びつけてあるのは、御守りにと、もらったてるてる坊主だ。彼女のカバンにもあって、顔が描いてある。


 願いがかなったら、顔を描くというてるてる坊主。

「何か願いがかなったのか?」

「うん。今は修行の旅の途中なのだ。この郷でも役に立てますように、と。ワタシは占いができる」

 ふんっと鼻息荒く、胸をはっている

「失せ物探し、タネ蒔きの場所と時期決め、姓名判断、待ち人……等だな」


 あまり儲かってなさそうだ。足元のブーツは泥だらけだし、帽子や服に葉っぱや枝がついているぞ。野宿か。これから寒くなるのに。ああ、また困ってるヤツと行き合ってしまった。


「なぁ、泊まる所がないのか」

 彼女はシュンとうなだれた。

「今夜だけでも、オレの部屋に来るか?」

 プルプルと頭をふった。

「ワタシはお金はないぞ。そ、それとも、そのかわりに何か……」

「そういう趣味はないっ!」

 慌てて、全力で否定する。

「これはオレの性分で、困ってるヤツ、壊れている物を見ると放っておけないんだ。ちっこいお前さんひとりぐらい、一緒に泊まれるだろ」

 再び、ぷぅっと頬をふくらませた。

「ちっこい、と言うな。ワタシはお前さんじゃなくて、シオンという名だ。でも、助かる。ありがと」


 シオンは寝るときも、帽子を取らないらしい。

「故郷のおきてなのだ」と、かたくなだった。

 部屋に寝台はひとつだけだから、背中をくっつけて寝た。久しぶりの人の温もりだった。


 ◇


 翌朝、帽子は脱げていて、銀灰色の長い髪の間から大きな耳が出ていた。


 彼女は……エルフだった!!


 子供みたいな姿だが、いったい何歳なんだ?

「レディに歳を聞くのは失礼だ」

 寝起きの不機嫌さに加えて、また、ぷぅっと頬をふくらませた彼女だった。


 千年もの長い時間ときを生きるエルフ達。

 知り合っては別れを繰り返す世界は、彼女の瞳にどう映っているのだろう……。


 ◇


 今日もこの郷はいい天気だ。宿で一緒に朝食をとる。


 シオンの修行は『胸を張って、お師匠様に会えるまで』続くそうだ。

「ワタシはまだまだなのだ」

 うなだれて自信なさげだった。


「なぁ、そのてるてる坊主は、シオンの頑張りを知ってる。お師匠さんに証言してくれるだろ?」

「……うん」

「きっと見てくれてる誰かがいる。でも、誰も見ていないときこそ、丁寧に働くように、オレは心がけてる。シオンに夢はあるのかよ」

「恋占いをしたいのだ。それには、まず恋をしないと、だな。カイトは恋をしたことあるか?」

 オレは飲んでいたお茶を吹きそうになった。

「恋?! オレを何歳いくつだと思ってるんだ。そりゃ、恋のひとつやふたつくらい……」

 情けないが、語尾がゴニョゴニョ小さくなった。


 シオンは上目遣いでオレを見た。顔が赤く見えるのは、気のせいか。

「え……と、好きな人ができたときの試しに練習?」オレの耳元で「…… **してみて」

 

 …… はあっ?!

「オレが相手でいいのかよ」

「カイトいいよ」

「そういうときはさ、嘘でもオレいいって言うもんだ」

「エルフは嘘をつけない」


「全く、しようがねぇな」

 オレはシオンの両肩をつかみ、顔を寄せた。目をつぶったシオンは、肩に力が入ってて、笑いそうになる。


 …… シオンの頬に、ちゅっと口づける。耳元にささやいた。

「唇は大事な相手のためにとっておけよ」

 そして、シオンの両頬を、ムニっとつかんでやった。

「いったぁ〜い、ひどい!」

「オレが誰にでも簡単にキスすると思うなよ。よし、じゃあ次の郷に行くぞ」


 その前に道具屋で買い物だ。寝袋!

 シオンの寝相はそうとうひどい。一緒に寝るのはもう勘弁だ。


 たまには、旅に道連れがいるのも、いいもんだと思う。


 そして、旅は明日に続く。



 ***終わり***

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たとえ誰も見ていなくても 🌸春渡夏歩🐾 @harutonaho

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