007

「なんで相談してくれないんすか!」

「いくら譲渡可能な品がよくても釣竿はあんまりっすよ!」

「トップギルドとの交渉手段を持とうとか考えなかったんすか!」

「もし一等を当てたのに釣竿と交換したなんて知られたら、掲示板で笑い者にされるくらいあり得ない選択っすよ!」


 釣竿を選択したことを乱華に伝えたら、怒涛の勢いで説教を食らうことになった。

 最後のほうはモリオンと関係のない理不尽なことで怒られていたような気もする。

 しかし赤縁眼鏡が思いのほか似合っていたので、むしろ俺の機嫌そのものはかなり上向きだった。やはり眼鏡女子に罵られる行為は悪くないな。何度も何度も眼鏡をかけたり外したりしたい衝動に駆られたが、さすがに空気を読んだというか、そういう乗りが許される雰囲気じゃなかったので気持ちを抑制した。


 翌朝から蒼黒竜討伐へ向けての準備が忙しくなるらしく、乱華は愚痴り足りない様子ながらも俺を解放してくれた。個人的には装備可能レベルまで上げられるかもわからない専用武器よりも、融通の利く譲渡可能な賞品のほうが使えると判断したのだが、どうやらMMO経験者の少女には納得のいかない選択肢だったらしい。


 閑話休題。

 十一月一日、神都イージス。

 神都を旅立つ前に生産や別れの挨拶を済ませておく。

 もっとも顔見知りは一人しかいないので、それぞれを見送る形になるだけだった。

 乱華と別れた俺は、一路帝都を目指す。

 高位魔術<インビジブル>と同等の効果を持つ『影王の長外套』があるため、本来なら困難を極める道程も街中を散歩するような気軽さで進めてしまう。


 帝都アラバストへ向かう道は数種類存在し、アクマクの森、ベスタブルグ原野といった中継点から目指す。これもVRMMO特有の世界観というか、球体の表面に地形が構成される現実と異なり、二つの平面に都市や戦闘区域が形成されている。


 つまり一方向へ突き進んでも世界を一周することはなく、最果ての地は天から降る巨大な滝に塞がれているらしい。バージョンアップを前提としている『ヴァルハラ』では、初期の段階で世界の規模を確定してしまうことを避けるため、敢えて後乗せ可能な平面世界が採用されているとのことだ。


 嘘か本当か判然としないが、それが冒険者の認識らしい。推測の域を出ないのは、確認しようがないからだ。世界が球体ではなく最果ての地があることも、そこに天から降る滝が流れていることも、残された文献に記されている情報に過ぎない。

 しかし小難しい理論を別にすれば、世界の構成は驚くほど単純である。

 二つの平面世界は役割がはっきりしているからだ。


①中央に神都イージスを擁し、各地に七都市が点在する層。

②中央に帝都アラバストを擁し、各地に悪魔の拠点が存在する層。


 エリアの拡張はあっても、この基本理念は変わらない。

 攻略の流れは①で魔導書を集めて、それから②で悪魔との決戦を行う。

 つまり正しい手順で進んでいけば帝都の魔導書が最後でもおかしくないわけだ。

 まだまだ全容の見えない『ヴァルハラ』だが、時間が経過する度に世界は確実に変化していく。そのどこかで現状を打破する鍵が見つかるかもしれない。

 願わくば死者の出ないうちに解決してほしいところだ。



 十一月五日、午後二時半。

 丸五日かかると聞いていた道程も、魔物に襲われることがない所為か、予定より随分と早く到着してしまう。俺は手で太陽光を防ぎながら前方を眺めた。

 視界の彼方に帝都アラバストが見えている。

 七都市みたいな名称で呼ぶなら、城塞都市といったところだろうか?

 城を中心に住居や商店が広がり、その一番外側を城壁が囲んでいる。

 周囲を巡らせている壁は、綺麗な円形を描いていた。

 その直径は五キロを超えており、圧倒的な存在感を醸し出している。

 現実的には考えられない、巨大過ぎる城塞都市だった。


 当然、城壁の中と外では様相が異なる。

 著名なNPC商人や職人が店を構え、帝国軍の兵士や傭兵が通りを闊歩し、広場はNPC住人で賑わっていた。様々な危険に満ちた城壁の外とは、明らかに一線を画した平穏さである。だからこそ到着したときの達成感が半端ないのだろう。

 やっと安全な場所へ着いたと、安堵の息を漏らすに違いない。

 もちろん歓喜の声も腹の底から込み上げてくるだろう。

 それは進撃の旅団が載せたフォトグラフを見ればわかる。

 しかしそのような感動を――今の俺は得ることができなかった。


「卑怯な手段を用いたみたいで心苦しいな」


 俺は活気ある街中を進んでいく。

 一番の目的はアムリタ商会だが、せっかくなので、ほかのクエストも発生させておく。いわゆる「フラグを立てる」という奴で、これを済ませておくと、一覧に依頼者とクエスト名が記載される。クリアするかどうかは別として、内容の確認が容易になるため、どうせ歩き回るなら立てておきたい。


 情報を知れば知るほど、帝都は防備を重視していた。

 城壁には多くの塔が設けられており、その一つ一つが独立した要塞となる。

 戦闘が起こる事を想定して造られた施設のため、いざというとき邪魔になりそうな調度品は置かず、食料や水も適当な板を食卓代わりに使用していた。

 常に獣人の侵略に備える必要があるし、壁の外を徘徊する魔物の驚異にも屈せず、住民の安全を保証しなければならない。力のない者は壁の中で一生を過ごすことになるからだろう。外の世界を知る旅人や商人は歓迎される傾向にあった。


 単調な日々を送っている住民にとって、冒険者の話は魅力に溢れているのだろう。

 退屈で息の詰まりそうな生活に、彩りを与えてくれる存在として、外を知る者は誰でも歓迎された。そう――七都市では考えられない光景が目の前に広がっている。


 比較的知能の高い獣人が、街に溶け込み生活していた。

 長身で先端の尖った耳を持つエルフの女性が客と談笑している。確か『ヴァルハラ』におけるエルフは、森や泉のある場所に社会を形成し、人間とは一定の距離を置く種族のはずだ。敢えて例外を認めることで帝都の特殊性を演出しているのだろうか?


 ここでは対立する意思がなければ、獣人さえ住民として受け入れられる。

 不自由だが自由な――そういう場所だ。

 帝都を歩き回っていると、酒場らしき建物が見えてきた。

 ほかは至って普通なのだが、看板に六芒星が描かれている。

 三角形二つを逆向きに重ねた形で、どうやら魔除けの効果があるらしい。

 情報収集や仲間募集に使う酒場は、どうも宿屋も兼ねて経営されている。

 二階から上が宿なのだが、今は誰も宿泊していない。

 NPCに話を聞いて回るが、クエストは発生しなかった。


 進撃の旅団を有名にした花屋にも立ち寄る。

 一つ二千ジュエルで出品されていた花束は、一つ千ジュエルという価格で販売されていた。掲示板では絶賛されていた金額だが、原価を知るとやるせない気持ちになる。しかしまあ、先行者特典として当然の権利なのだろう。


 そろそろ本命と考えていたところで、どうやらそれらしい建物を発見した。

 古びた事務所といった風情で、多少の胡散臭さを醸し出している。

 俺は再び看板を確かめてから扉を開けた。


「いらっしゃい。ご用件は?」


 猫系獣人族の受付嬢がにこやかに微笑む。

 語尾に「にゃ」と付けるのは方言みたいなものらしく、帝都のような場所に長らく住むと矯正されるみたいだった。ここに到着してから数名の猫系獣人族と会話をしたので、ただの憶測というわけではないことを追記しておく。


 アムリタ商会。

 運び屋の仲介を主要業務にしているらしく、店や競売所のような活気は皆無だった。

 応接用の個室が七つ並んでいるが、どれも扉が開いているので、今現在は使用されていないのだろう。本来なら経営状況を気にするべきなのかもしれないが、本業以外の話を持ち込む身としては、多忙より閑古鳥が鳴いているくらいが切り出しやすい。

 とりあえずハシュシュに教えられたことを実践する。


「黒胡椒がほしい」

「…………」

「黒胡椒がほしい」

「…………」

「黒胡椒がほしい」

「ひょっとして……ハシュシュの知り合い?」


 三度目の正直というやつだろうか、受付嬢は溜め息混じりに聞いてくる。

 事の成り行きを説明すると、奥へ向かうよう指示された。

 俺は帝都に到着してから召喚していたアリアへ視線を向ける。

 その意味を察してくれたらしく、受付嬢は悪戯な笑みを返してきた。


「ご一緒にどうぞ」


 案内された部屋は簡素な応接室といった場所で、長机を挟んで三組ずつ椅子が設置されている。対面には紫煙を燻らせる美女が鎮座していた。桜と市松の描かれた朱色の着物が印象的である。後ろで結い上げられた長い黒髪は、高級そうな簪で留められていた。この世界では珍しい純和風のNPCである。

 俺とアリアの姿を確認すると、美女は煙管の灰を缶の中に落とした。


「用件なら手短に頼むよ」

「ハシュシュに高名な彫金師を紹介してもらえると聞きました」


 内容より紹介者の名前を出して安心させる目的だった。

 ところがNPCに人間的な感情はないらしい。

 着物姿の美女は面倒臭そうに説明してくれる。


「はあ……残念だけど騙されたね。うちの顧客や顧問に彫金師なんていないよ」

「…………」


 すぐさま俺はクエスト一覧を確認する。

 確かに新たな連続クエストは発生していない。

 しかしNPCであるハシュシュが冒険者に意味のない嘘を吐くだろうか?

 そんなことを考えていると、美女は酷薄な笑みを浮かべた。


「ひょっとして勘違いしてないかい? 確かにうちの顧客や顧問に彫金師はいないけど、知り合いにいないとは言ってないだろう?」

「どういうことですか?」

「ハシュシュ本人が彫金師なのさ。貴重な金属を求めて各地を飛び回ってるけど、本来なら生産一本で食えるだけの腕前だからね」


 一度間を置いて美女はこちらを見据える。


「それで用件はなんだい?」

「彫金師に会わせてください」

「簡潔な回答は嫌いじゃない。ここから南西に広がる砂漠地帯に向かいな」


 連続クエスト一覧に「ハシュシュ再び」が追加された。

 俺は確認を兼ねて美女に問いかける。


「そこに行けばハシュシュと再会できるんですね?」

「保障はできないね。ただ次の獲物がそこにいることは確かさ」

「獲物……ですか?」

「貴重な鉱石を飲み込んだ巨大砂蚯蚓サンドワームを討伐するつもりらしい」


 帝都探索もそこそこに俺は砂漠地帯を目指すことにした。

 天使は魔物の索敵に引っかかるため、アリアには魔導書へ帰還してもらう。

 俺は『影王の長外套』を纏い城壁の外へ出た。

 このときはまだ重大な過失に気が付いていなかったのである。

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世界一の眼鏡職人に俺はなる 御厨あると @mac_0099

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