第3話 終りを見つめる 君と一緒に


「今日も笛が聞こえるな。ドーリッテ」


「聞こえるのは私たちだけのようね。ガリウスにもヴェーナにも聞こえない」


 私はブラウニー。姿を消して二人の焚火の世話をしている。二人は私がいることには気づいていない。季節は秋。月が美しい夜だ。


 若い二人は居間で自家製ワインを楽しんでいる。ワインを作ったのは私だ。干しイチゴと小さなハーブソーセージを焼いて皿に盛り合わせている。こちらも私の自家製。私は美味しいものを作れる家妖精だ。


 どっちに姿を現しても、私は邪魔者。地下室で仕事をしても良かったが、私も月を見ながら笛を聞きたかった。私にも笛が聞こえる。エズモンとドーリッテの老夫婦の話は続く。


「二人は心に傷を負ってない。いいことだ。僕たちで終わりにしたいな。こういうこと」


「笛を吹く人がいる。お布施を集めに来る人がいる。私たちだけじゃないのよね。聞こえてしまう人がいる」


「僕は笛を吹く人に感謝している。普通の人ではないと思うけどね」


「もう150年以上になるかしら。長命種か、人以外の存在かな」


「どうであってもさ、この人も忘れられない何かを抱えている。私はこの笛の音に救われていたの。ただの感謝だけじゃすまないわね。あなたに会わせてくれた恩人だしね」


「僕も同じだ。今夜は木の葉以上のものを布施するつもりだ。僕の最高傑作の闇属性のポーションをね」


「ポーションに属性あるんだ。ふーん。でも、あったとしてもは普通は光属性と思うわよね」


「普通の闇属性じゃない。闇属性の上級かもしれない。属性にはまだ解明されていない奥深いことがありそうなんんだ。僕の残り少ない人生じゃもうこれ以上は研究は無理だけど」


「あとはガリウスに託すしかないわね」


「今回のポーションのレシピも残している。ガリウスのために。でも上級のレシピは上級薬師にならないと見られないんだ」


「ガリウスは100歳ちょっとなのに、もう中級薬師になって20年経っているわよ。あと30年くらいで上級薬師になれると思う」


「その先に錬金術師か。もしガリウスが錬金術師になれたら数百年ぶりの錬金術師の復活になる。鍛冶師も中級鍛冶師になっているんだろう?」


「10年くらい前になっているわね。鍛冶師でも上級になれる。でも錬金術師になるには3つの職で上級にならなくてはならない。そこまでいけるかどうかは分からないわ」


「ガリウスはもう一つのサブ職業に何を選ぶだろう?」


 私、家妖精のブラウニーにとってもガリウスが第3の職業に何を選ぶかは興味がある。そして錬金術師になれるかどうかも。


 私は冷静に未来を予測する家妖精だ。老夫婦は300歳を少し超えている。長くてあと10年。ヴェーナは17歳。余命はあと35年ほど。確実に残るのはガリウス。あと200年。そしてうまくいけばガリウスとヴェーナの子供たちが住んでくれる。そうなると家妖精はうれしい。


 私が考えているのは館の未来像だ。私は主体的な家妖精なのだ。ガリウスはその内新しい職業のための工房を作ろうとするはずだ。その時私は素早くその工房を作らなければならない。それが仕事のできる家妖精というものだ。


「最近ガリウスがンジャメナに出向く機会が多かったわよね」


「ヴェーナと一緒に絵の具なんかを買いに行っていたみたいだな。うちのエンプティダンジョン利用すれば、ダンジョントレードで何でも買えるんだが」


「若い二人には、一緒に買い物すること自体が楽しいんでしょうよ。野暮なことは言わないでおきましょう」


「そういうもんかな」


「それでね、ンジャメナから帰ったら、プチスキルでゴーレム制作というスキルを得ていたんだって」


「この頃プチスキルを得た話は、時々聞くね。百分の一のおもちゃスキルなんだろ」


「うん、でもゴーレム制作は魔道具士のジョブの一部なのよ。これがきっかけで魔道具士に向かっていくかなって思ったんだ」


「僕たちは見守るしかない。できることは僕たちが死んだ後、役に立つようなものを残してやる。それくらいしかないさ。変にこれやれって導かない方がいいと思う」


 私はエズモンとドーリッテの話を聞いて、パッと閃いた。ヴェーナならゴーレムに夢中になるはずだ。彼女は幼いころ絵本作りに夢中になっていた。絵本はほのぼのとした女の子らしいものではない。


 いつも英雄が魔王を倒す話だった。


 絵本に飽き足らず人形で仲間を作って、悪い魔王やモンスターを倒すのに夢中だった。ガリウスが小さいゴーレムを作ってそれが動くなら、今でも夢中になる。確実だ。


 それに魔道具士になってくれたら、キッチンや菜園や私の担当するいろんなところが便利になる。私はガリウスの第3の職業を魔道具に誘導しようと決意した。老夫婦の話はまだ続く。


「エズモンは人生に心残りはないと言える?」


「僕が逃げたことで、誰かがハイエルフにさせられ、エルフの長にさせられた。それは気の毒で悪いとは思う。でももう償いようもない」


「何がそんなに嫌だったの。権力?」


「権力者は、様々な力に従わなきゃならない。鎖に縛られていきるんだ。自由じゃない」


 家妖精には王様も国も組合もチームもない。完全なソロ。


 従っているご主人様がいるって?


 そうじゃないのね。家妖精は家を支配する管理人。住んでいる人は、お客さん。ホテルのオーナーと客みたいなものね。


「エルフの頂点のハイエルフになったら、従えることはあっても、誰かに従うことは少ないと思う。違うの」


「エルフ自体がドライアドの奴隷なんんだ。奴隷というのとはちょっと違うかな。ペットに近い」


「ドライアドは乳母でしょ。乳母は使用人。立場はエルフの方が上じゃないの」


「ドライアドに従わないと一切世話をしてくれなくなる。その世話が無くなるとエルフの子供は死ぬ。子供が死ねば、エルフはいずれ滅亡する。エルフは子育てや家事が致命的に下手なんだ」


「ユグドラシルは守ってくれないのかしら」


「世界樹ユグドラシルは敵。木の妖精ドライアドの優しい支配の象徴なんんだ。このことは、エルフ自体も知らない。エルフの長が次の長に伝える秘密なんんだ」


「よくわかんないけど。束縛が嫌だったんだとは分かった」


「それより、君の方はないの?例えばドーリッテの一族の復讐はしなくていいのかな」


「復讐はしない。でも私は故郷に、一族しか入れないダンジョンを作った。一族の若い人たちに、悲劇があったことを伝える仕組みはもう作ってある。まだ一族の誰かが残っていればだけれど」


「じゃ僕たちの残りの人生で、できることは絞られるかな。ガリウスに自分たちが持っている知識や経験を伝えきること。それだけだね」


「エズモン。私にはもう一つやりたいことがあるの。死ぬときに笛の人にすべてを捧げて死ぬつもりでいる」


「ドーリッテ。実は、僕もそう思っていた」




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