第2話 家妖精ブラウニー

 私、ブラウニーはンジャメナの中規模な商人のミステラに買われた家妖精。売ったのは羊飼いと称する男。


 私の最初のマスターはイレイガというドワーフだった。この人とは89年一緒に過ごした。


 イレイガは山師だった。


 一人で山を歩き、鉱脈を探して300年以上。普通は山師には家がなく、家妖精を持つことはできない。イレイガはマジックバッグに仮小屋を持っていて、夜はそれを出して野営していた。この粗末な仮小屋が、家妖精である私の最初の家だ。


 私がマスターと出会ったのは廃墟化した山小屋だった。私がなぜそこにいたかは分からない。その山小屋でイレイガは私を拾った。


 私の仕事は調理、裁縫などの家事、性処理などの通常業務に加えて、採掘、選鉱、荷物持ち、有用植物の採取、夜間の警戒、食用モンスターの討伐など多岐にわたった。これを全部こなす私ってすごい。誰かにそう褒めてもらいたい。私はけっこう承認欲求が強い家妖精なのかな。


 イレイガは最後に大成功した。ウエストファリア西部辺境侯爵領の領都トリアエスの南方、魔の森の浅い地帯で鉄鉱石の鉱脈を見つけた。


 結婚をせず、ただ愚直に山を歩き回ったドワーフ。イレイガの人生が最後に報われた。情報は山で出会った羊飼いと称する男が買い取ってくれた。5千万チコリ。私コミの値段だ。


 マスターには私も不要になった。不要になったものは捨てる。当たり前のことだ。悲しくなんかない。私はクールな家妖精なのだ。


 マスターはその羊飼いを案内し、掘った穴を見せた。5千万チコリは安いが、イレイガには残りの人生を酒を飲んで過ごせればそれでよかったのだろう。お金の受け渡しにトリアエスの冒険者ギルドへ向かった。


 私は途中で領都近くの仮小屋にマジックバッグと一緒に残された。帰ってきたのは羊飼いだけ。私はその羊飼いによって、ンジャメナの商人ミステラに売られた。


 商人ミステラには、ヴェーナという女児が生まれたばかりだった。ここでの仕事は主に育児。それに加えて徒弟たちも含む全員の調理、裁縫、奥様の化粧、整髪などと帳簿の計算、中庭の菜園管理。頑張っている私は偉い家妖精だと思う。


 裁縫は徒弟たちの衣類だけでなく、奥様のドレスまで作らされた。化粧は菜園で育てた植物のへちまからの化粧水作り。奥様は口紅の作り方にも詳しく、いろいろ教えてくれた。それと香水。というより香水を使わないで、身体に選択的クリーンをして、望む香りを作る方法も教えてくれた。


 ヴェーナを育てるのは楽しかった。ヴェーナは自由奔放な娘で、好き嫌いがはっきりしていた。嫌いなニンジンは食べない。細かく刻んで煮溶かすなど調理の工夫が必要だった。


 私の作った服は喜んで着てくれたし、髪を整えるのも私の役目だった。6歳からの教育も、家庭教師になじめず、私が担当することになった。私は万能の家妖精なのだ。


 私は絵本を作って、文字や計算を教えた。ヴェーナは文字や計算は何とか覚えたが、それよりも絵本作りに夢中になった。更に絵本作りが発展して、人形をたくさん作って遊ぶようになった。


 幸いミステラは、子供の教育にお金を惜しまなかったので、高価な羊皮紙も、絵具もその他の画材も豊富に買ってもらえた。


 ヴェーナの10歳のギフトはアーティスト。画家や音楽家など芸術全般に才能があるジョブスキルだ。


 ヴェーナが絵以外に興味を示したのはタペストリーの製作だった。絵本作りの延長かなと私は思った。糸を紡ぎ、染色しするところから始まる複雑な工程を、14歳ごろにはもうこなすようになった。


 16歳の終わりのある夏の日、ヴェーナと私はンジャメナ南方の黒森にあるカーム山の麓、東森川の近くにいた。ここで染色の材料になる草の葉を摘んでいた。疲れたので泉の近くで昼食を食べていた。


 そこへ一人の少年が通りかかった。背中に大きな籠を背負っていた。薬草採りをしていたようだ。私たちに気づいたが、少し離れたところでしゃがみこんで泉の水を水筒に入れ始めた。ヴェーナが男の子に声をかける。


「少年。私の絵のモデルになってくれない?」


「お嬢さん。僕は長命種で、もう百歳以上の爺です。あなたより90歳くらい年上かな」


「美しいものに年齢は関係ないわ。明日、あなたを1日雇いたい。絵のモデルになってもらいたいの」


「こんな爺さんで良ければ、やってもいいけれど」


 どう見ても美少年だった。私の目がおかしいのかな?


「朝9時から、夕方4時まで。1万チコリ。この場所で。服は脱いでもらうわ。下着も。つまり全裸。芸術のためには必要なの。どう?」


「僕はガリウス。エルフとドワーフのミックスで、エルワーフのガリウスと名乗っている。職業は薬師兼鍛冶師」


「ごめん私から名乗るべきだったわね。私はンジャメナの商人ミステラの娘ヴェーナ17歳。ちょっと危ないアーティストよ。お父さんからは気が狂っていると言われている」


「明日はもう一人のお嬢さんも来てくれるのかな」


「はい。私は危なくない家妖精のブラウニーです。明日も一緒です」


 奇妙な恋の始まりだった。ヒューマンと長命種との結婚は悲劇に終わると言われている。人生の長さが違いすぎるからだ。ヴェーナに残された人生は約35年、ガリウスの人生はまだ200年ほど続く。ちなみに私、家妖精には寿命はない。


 翌日、泉のほとりで、ヴェーナの木炭による素描が始まった。ヴェーナの審美眼にはガリウスの肉体の美しさは圧倒的だった。


 エルフの官能的な優美さと、ドワーフの野性的な強靭さ。


 ドワーフの身長の低さや毛深さはない。エルフの飛び出た耳や、貴族っぽさはない。普通のヒューマンに見える。ガリウスの身体はエルフとドワーフの良い点を両方を備えているだけでなく、薬師として身につけた知的眼差しと鍛冶師として身につけた逞しい筋肉が矛盾なく同居していた。私ではなく、ヴェーナの感想です。


 昼の休憩でヴェーナはガリウスのことをいろいろ聞きだした。父がエルフの薬師であること、母がドワーフの鍛冶師であること。


 ガリウスは両親からそれぞれの職業を受け継いで、中級薬師と中級鍛冶師の二つの職業を持っていると話した。優良物件である。長命種であることを除けば。


「あなたの両親は、あなたの結婚についてどう考えているのかしら」


「僕の結婚相手は長命種になる。エルフか、ドワーフかだね」


 でもガリウスの父はエルフとつながりを持つことはできない。母はドワーフに居場所を知られたくない。何か事情があるようだ。でもそれじゃ、ガリウスの婚姻は実際上不可能。


 しかも二人とも300歳を超えて、いつ死んでもおかしくない年齢になっていた。


 そしてヴェーナは17歳になっても誰とも結婚しようとしない。恋愛さえしたことがないのだ。ヴェーナの両親は、我儘な娘は生涯独身を貫くと諦めていた。だからヴェーナが90歳以上年上の森の住人を連れて来たとき、彼等はガリウスを歓迎してくれた。


 ガリウスの両親も、息子が生涯童貞を守らざるを得ないかと恐れていた。それが17歳の生命力のあふれる少女がやってきて、大喜びで受け入れた。


 新居は森のガリウスの家になる。二人の結婚に唯一の不安があるとすれば、ヴェーナが家事を一切する気がないところだ。それは私がヴェーナに付いて行けば、簡単いに解消できる。


 つまり問題は何もなかった。




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