醜いあひるは、迷子になった。
前回の内容以降に、はたして需要があるのかとも思ったが、思えばこれは、忘備録でもあった。なので、そのように意味づけして、半ば自分のためにと、いくらか追記しておこうと思う。
私はなぜか、「エンドロール」という言葉が好きなのだが、このエッセイのエンドロールも、それなりに整った結末になることを願う。
当初、前回の記事で完結予定だったこのエッセイは、そういった経過で、あと少しだけ続くことになる。ひとまず、ことの顛末。
そして、推しの前で笑えない、「醜いあひる」の結末。そして同時に、図らずも物語の書き手である私にとっての、ある結末、あるいは一区切りとなる、ある地点に至るまで。
そこには、少し不思議な結末が待っていたのだが、そこに至るまでの経過を振り返りたい。
そのため、あの日起こった出来事について、前置きとして、ここに記したい。
※
その日、私の肌は、過去一で綺麗だったはずだった。そう、「はずだった」。
十一月、某日。三度目の、推しのライブへ、参加した。終わってみれば、何と二十曲ほぼぶっ通しの、贅沢なワンマンライブである。
さて、本題に切り込む前に、「はずだった」の中身を書き記しておきたい。
繰り返しになるが、推しのライブがあったのは、つい先日、十一月だ。
前の記事にも少し書いたが、私は十一月といえば、「寒い時期=ほぼ冬」という認識だ。なので、前日はお気に入りのパーカーを引っ張り出して、推しとのツーショットチェキに収まるにはどの体勢で、どの角度でいれば、悔いのない写真が撮れるかと、健気に(?)画策していた。
この辺の感覚、読者様に分かっていただけるかは、私には分からないのであるが、「憧れの人の隣で映る(しかも、当分ライブには行けない)のなら、可能な限り最上級な自分でいた」かったのだ。
当然、スキンケアはじめ、近日から前日、当日まで、考えられる限りの用意はした。前日は、手間をかけまくった洗顔五回、唇ケア××回(やりすぎて、覚えていない)、過去の宅撮りや、チェキでの反省点、検討点の洗い出し、等々。
笑わば笑え。というか、別にそういった反応でも、私の場合はかまわない。ただ、本気だったことだけは、伝わっていたらいいなとは思う。
加えて、当日のメイクも、けっこうな仕上がりだったのだ。
前に書いたが、夏の暑さがなく、肌寒いか寒いくらいの空気なので、使えるメイク道具が、量質ともに、格段に向上したのだ(汗で落ちるリスクが、低くなるため)。
ついでに言えば、ウィッグもずれにくい。単純に、不安要素が減るのだ。ちなみにこの日のウィッグは、黒髪に白のシャギーだ。多分。
そういうわけで、心配なく、気兼ねせず「化ける」(綺麗になるという、私用語)と、テンションが上がる。幸福ホルモンが、大騒ぎだ。快感物質は、静かに、けれど力強くファンファーレを奏でている。
よって私は、遠足に赴く幼児のように、意気揚々と、だいぶ早めに家を出た(いや、よく考えれば、集団行動が苦手な私は、遠足が大嫌いだった)。
ほとんど初めて行く街だったのと、自宅がとにかく交通の便が悪く、接続の繰り返しに自信がなかったからだ。加えて私は、グーグルマップがあってもほぼ役に立たない、重度の方向音痴という理由もあった。
ライブハウスの作法はまだいまいち分からないが、開場時間を過ぎて、締め出しに遭う可能性もある。まあ、そこまではないとしても、そもそも遅刻が礼儀に反するので、用心するに越したことはない。
そして鞄には、この日のためにコツコツ貯めた貯金が入っている。何も、全額放出する気はなかったが、推し関連以外に使う理由もなかった。鼻歌こそ出なかったが、綺麗に二重まぶたにもなっていたので、道中で記念に自撮りしたくらいには、ご機嫌だったのだ(これは私も苦笑いする、立派な黒歴史です。なので皆さん、笑ってやってください。でも、気持ち分かるよって方は、こっそり心の中でコメントしてくださいませ)。
※
さて、順調だったのは、ここまでだった。まず第一の誤算。
それは何と、安心しきっていた、気温だった。
まず、前日は、確実に寒かった。だからこそ、油断した。
そして当日の気温は、調べてみると、十七度、ということになっている。だが、体感は二十度は軽く超えていた。
経験のある方は分かると思うが、ウィッグというのは、被るとけっこう暑い。
そして悪いことに、私はけっこうな汗っかきで、夏のライブに赴いた際には、これもコンプレックスなので、汗を抑える薬を飲んでいったくらいだ。汗、すなわち、天敵なのである。
ひとまずバス停に向かうが、その道中、少し嫌な予感はしていた。これ、暑いんじゃね? パーカー、大丈夫か・・・・・・?
嫌な予感というのは、やたら当たる気がするのだが、これは気のせいなのか。
それとも、人間、生存のためにネガティブな記憶のほうが貯蔵されやすいと聞いたことがあるが、そういう類のバイアスなのだろうか。どちらでもいいが、この日、この予感は的中した。
バス車内を覆っていたのは、梅雨の空気をせいろで
切実に、切実にパーカーを脱ぎたい。念のため、パーカーの下は半袖シャツ(化け猫柄)にしているので、状況はマシにはなるはずだ。
しかし。車内は、満席だったのである。もちろん私は、立って吊革に掴まっていた。椅子からあふれた他の方も、同様である。逃げ場は、ない。
こうなると、人間二種類の汗が出る。温度に対してかく汗と、メイクが落ちたり、ウィッグがずれないかという、冷や汗である。
※
バスを降りたとき、即、(お気に入りの)パーカーを捨てるように脱いだのは、言うまでもない。往来の中で、化け猫の半袖シャツがいろいろ目立つ気もするが、それどころではない。シャツクール(シャツに吹きかけて、身体を持続的に冷やす、夏用の制汗スプレー)を持って来なかったことを、激しく後悔した。吸収率が高いハンカチを持っていたのが、せめてもの救いだった。
いちおう、家から冷やしたルイボスティーを持ってきたので、応急処置で首元にあててみた。よしよし、なんか身体も冷えてきた。少なくとも、さっきよりはマシだ。
いやはや、少々うろたえて、というか、パニくってしまった。落ち着いて、次なるステップを進めようではないか。乗り換えという、次の一歩を。
ところが。
今度はまた、別の誤算が生じた。乗り換え地点が、分からないのである。
何度か行ったことがある街とバス停だったので、完全に油断していた。同じような名前のバス停が何個かあることは知っていたし、だいたいあの辺だろうという見当はつけていたが、それが大間違いだったのである。
早めには出ていた。三十分は余裕がある。いや、あった。
探せども探せども、グーグル先生が都度ご指導くださる、目的のバス停が見つからない。私の脳は、デジタル機器にはとことん対応していない。マップを見ても、一切意味が分からない(とまでは言わないが、やたら参照しにくいマップが出てくる)。
汗は引いたが、代わりに血の気も引いた。五つ目のバス停で無情な現実を突きつけられた私の中には、ファンファーレどころか、暗黒のフィナーレが、巨大な楽団を率いて到来した。チケットは、完売である。
となると、残った選択肢は一つである。
タクシー。それしかない。
しかし、財布の中に入っているのは、じつは推しのグッズ代としては、わりとギリギリの額。つまり、タクシー代としては、できればというか、いや、何としてでも使いたくないお金だった。
さあ、時間は無情だ。開演時間は、着実に近づいている。
もはや、自分を呪うことすら、時間の無駄である。
※
思いのほか、話が長くなってしまった。こうなると、エッセイというより何かの冒険譚(にしては、規模が小さいうえに、へっぽこだが)みたいだ。軸がぶれまくった気がするが、しかし、他に書く方法を思いつかなかった。
ひとまず、醜いあひるは、推しに会いに行った。そして、実際に会えた。
はたしてあひるは、笑えたのか?
この「迷子編」は、ここで終了して、次の回につなげたい。寄り道には、なってしまうが。
ただ、こうした経過を書かないことには、私としては話がうまくまとまらないので、お読みいただけるのであれば、少しの間ご容赦いただければと思う。
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