醜いあひるは、推しに出会えた。

 さて、続きだ。前回の記事、中身の長さについて、勢いに任せすぎたと少し(?)反省したので、今回の序盤は、手短にいこうと思う。


 けっきょく私は、その場で配車アプリをインストールして、タクシーを呼んだ。運よく、二分もしないうちに、来ていただけた。正直、ほっとした。開場、十五分前。

 グーグルによれば、車では十分程度で到着とある。間に合う。


 肝心のお金の問題は、最後の最後まで迷ったが、はたと閃いた。

 電子マネーがあるじゃないかと。


 便利な世の中である。手持ちの現金がなくても、スマホ一つで、何とかなってしまうのだから。


 同時に、危うい世の中である。手持ちの現金がなくても、スマホ一つで、何とかなってしまうのだから。おかげで、本屋に行くとつい、予算を通り越して散財してしまう。まったく油断がならない(自分のせいだが)。


 何はともかく、問題は解決した。手持ちの現金さえ減らなければ、この場においてはだが、特段ダメージはない。帰ってから、家計簿をつけ直せばいいだけの話だ。

 ちなみに、あまりに焦っていて、呼んだタクシーとまったく違う、たまたま近くに来たタクシーに乗り込みかけたことは、この際忘れてしまおう。


 とはいえ、ここでも誤算が待っていた。到着したタクシーが、電子マネー非対応の車種だったのである。儚い港を目指していた小舟のマストが、その時折れた音を、はっきりと聞いた(気がした)。確実に。多分、確実に、漱石が二枚は消える。


 タクシー会社の方のサービスに何の不満もなく、むしろ本当に十分で目的地付近に連れて行ってくださり感謝しているのだが、この出費は痛かった。街からライブ会場までが、そこそこ、遠かったからだ(案の定、漱石は二枚消えた)。


 そしてさらに、誤算はまだ続く。タクシーが通れる道が途中で途切れており、そこからライブハウスまでは、グーグルマップを片手に、徒歩で探し回るしか方法がなかったのだ。

 

 その時点で開場、五分前。

 もはや汗がメイクが落ちるとか、ウィッグがどうとか、そんなことすら忘れていた。実際には、先ほどより嫌な汗が、頬をつたっていたのだけれど。


 正直、ちょっとだけ、もう帰ろうかと思った。締め出しをくらう映像が浮かんだし、不運な体質とは自他ともに定評があるので、そもそも今回のことは、自分にはやっぱり、身分不相応なチャンスだったのではないかと、一気に気分が灰色になったのだ。この辺、狙って書いたわけではないが、まさに醜いあひるの子らしい、「どうせ」系の、自尊心の欠如だ。偶然とは、恐ろしい。


 けれど、さすがに今回はあきらめられなかった。自分の行ける範囲で推しが活動することは滅多にないということもあったが、直感で、分かったのだ。

 多分、今日。この日を逃せば得られない、何かがあると。

 

 おまけに、数日前から膝を痛めていたが、関係なかった。ひたすら、歩くしかない。無様でも。不格好でも。腕時計の針は、開場時間とほぼ同時刻を指していた。


 結果として、奇跡的に会場が見つかった。

 当然詳しくは書けないが、「ここっ!?」という場所だった。

 慣れている人にとっては普通のことなのかもしれないが、私は去年まで、ライブというもの自体に、一度も行ったことがない、バチバチの初心者だ。

 遊びにも、そして基本的に音楽にもあまり縁がなく、当然、そうした施設のことも何も知らない。後から思えば、ずいぶん大胆な方法でアプローチしたものである。


 開場時間はとうに過ぎていたが、幸い、ライブは開始直前。入場料を払った時点で、最初の曲が始まった。暗闇を照らす照明の中で、ファンに向けて静かに礼をする推しが、蛍火のように輝いていた。



 毎度そうなのだが、私の書くものは、毎回ぶっつけ本番のパターンが多い。プロットもないことはないのだが、書いているうちに、どんどん軌道を変えていく。

 いろいろ考えては見たが、ここはコンパクトに、要点のみをまとめることから始めたい。


 「心意気さえあれば、どんな場所でも、人間は多くのことを学べるものですよ」(川上弘美 「センセイの鞄」より)


 推しの演奏を聴きながら、この言葉を思い出していた。別に、集中していなかったわけではない。というか、むしろ集中しすぎて、地蔵になっていた。多分、身動きひとつしなかったんじゃないかと思う。だけど、それが良かった。


 今回一つ思ったのは、やはりメイクは偉大だ。だというのに、じつはメイク(化粧)というのは、謎に包まれている。

 

 ある論文によると、日本のみならず、人類において化粧が始まった時期は、まったく不明であるのだという。その理由としては、「化粧史自体が、学問的に実証しうる範囲が100年程度とも、江戸時代までとも言われている」ことと、「化粧は皮膚など

の人体の表面に施すものであるため、死後短い日にちで消滅してしまうので、一次資料として残っているものがほとんどない」ことが、挙げられている(参考文献参照)。


 さりとて、今を生きる私たちにとっても、メイクはするしないに関わらず、日常の一部であり続けている。そして一つ付言すれば、社会的に要請されるような、必要に迫られてするメイクと違って、自分の希望で施してもらうメイクは、出来栄え次第で、想像以上に心の泉を開放する。


 今回、推しを前にして、そのパフォーマンスに集中できたのも、じつは自分のメイクが成功した結果である。一話目に書いたが、自分の姿を醜いと思うことの重みは、おそらく、ご想像いただいているよりも重い。

 前はセンター試験の例を出したが、一時期は外出することも困難になった。正直、自分が嫌いどころではなかった。自分の手で整形しようとしたこともあったし、絶望が自分の身体に向いたことも、それがために危険な行為にはしったことも、数えきれないほどあった。


 内容的に、神話か何かの内容を部分的に覚えているのか、それとも夢なのかは分からないが、華麗な女神を前にして、醜い小鬼がのたうちまわって溶けていく映像を、ずっと覚えている。この記憶が、どこからきたのかは、今もって分からない。

 が、お読みいただいている方には伝わりやすいだろうと思う。自信のない姿で推しに会うということは、この小鬼になることと、ほとんど同義だったのだ(ちなみに推しは女性ではあるが、華麗というより、ダークネスに格好いいタイプなので、あくまで、例えである)。


 そうした背景があり、今回また一つ、得たものがある。それを名付けることは非常に難しい。「表現することそのもの」とも、その「プライド」とも、「サバイブ」とも言い換えられるし、さらに違う意味を付与することもできるだろう。


 私は音楽についてはずぶの素人だし、語彙もないので、推しのライブはただ「感激した」とか、「一生ものだった」、「歌唱力が化け物だった」(本音)といった、月並みのことしか言えない。ただ、「行ってよかった」「この人の音楽を知って、よかった」と心から思ったことだけ記すに、とどめておく。


 推しのライブに参加するのは、三度目だと書いた。簡単に、その経過を振り返ってみる。


 一回目。ミニライブで、演奏後に物販などがあった。推しはかなりきさくな方なので、いろいろ話しかけてくれたのだが、素顔で行ってしまったのと、緊張しすぎてほとんど返事もできなかった。ついでにいえば、ツーショットチェキのことも知らなかったので、物販が終わると、そそくさと帰ってしまった。


 二回目。とあるライブハウスでの、対バン。事前にファンの方からいろいろと情報を提供いただいて、物販のことや、チェキのことなどを頭に入れてから、臨んだ。


 ただ、季節は夏だったので、使えるメイク道具は限られていた。もともとナチュラルメイク派ではあるが、それにしても薄化粧程度で、ウィッグで髪型が違うくらいにしか、自分としては思えなかった。

 

 ツーショットチェキは撮ってもらえたものの、なにしろ隣に推しだ。

 ただでさえ、メイクの出来が十分とは思えていなかったし、単純に緊張でガチガチになっており、出来栄えはいまひとつだった。推しからはまたいろいろ話しかけてもらえたけれど、自分の姿が気になって、やっぱりほとんど話せなかった。


 さて、このエッセイの題材ともなった、三度目である。


 先に言ってしまうと、一部失敗はしたが、推しとはいろいろ話せた。

 さらにライブが心底楽しかった(!)のと、メイクが上手くいって気が楽になっていたので、周りのファンの方に紛れて、いつの間にか、推しに対してタメ口で話していた。

 

 じつは私は、声にもコンプレックスがある。以前、非常勤で講師の仕事をしていたことがあったが、学生さんのアンケートで、「分かりやすいけれど、声が眠たくなる」という回答が、毎年一定集まるのだ。


 考えようによってはいいことなのかもしれないが、少なくとも講師としては微妙なところだ。そしてこれはまた別の話なのだが、どうやら私の話し声は、自分としては意識して大きく話しているつもりなのだが、それでもかなり小さいらしい(ちなみに、講義中はマイクを使っていたから、その点は問題なかった)。


 そして、さっきから単に、「推し」とだけさらりと書いているが、実際には推しは私にとって、作家でいえば島本理生氏(「ナラタージュ」など)や、金原ひとみ氏(「蛇にピアス」など)並みに雲の上の人であり、それまで恐れ多くてタメ口なんて、きけたものではなかった。


 そもそも初めてお会いしたときは、例によって会場がどこなのか分からず、スマホのチケット画像を見ながらうろうろ(おろおろ)していたところに、お声かけいただいたのだ。正直、卒倒するかと思った。そういうレベルの人だったのだ。


 ということもあり、タメ口で推し、もとい、推しの方と話すなんて、夢にも思っていなかったのである。


 メイクをした状態を自分のと呼べるのかは分からないが、そうして話して、一つ分かったことがある。推しというこのアーティストは、前から同じ高さの目線で、話しかけてくれていたのだと。

 それが前から本当に嬉しかったと思うことすら、自分は自分に、許していなかったのだと。


 繰り返す。メイクは、偉大だ。少なくとも、私は人生の一部を、確実に救われた。

 無論、その時間は、シンデレラに施された魔法よりも儚い。家に帰れば、化粧の魔法を落とした、シンデレラの素質とはあまりに遠い、自分の顔が待っている。シンデレラはもともと美人だったから、用意されたハッピーエンドが待っていたのだとどこかで書いてあったが、同感だ。だがそれでも、一欠片の夢はあるのだ。


 そして整形についても、無条件にではないが、私は肯定している。無条件にではないという言葉の中身については、ここで話すと長くなるし抽象的になるので、「あの子は美人」(フランシス・チャ 著)の存在を紹介するに、とどめたい。


 さて、字数も考えると、今回の記事はそろそろ切り上げることとしようと思う。

 ただ、一つ本題について、次回に入る前に記しておこう。


「推しの前では笑えないから。」


 はたして今回、推しの前で、笑うことはできたのだろうか。言い忘れていたが、ここでいう「笑う」とは、マスク越しにでもあるが(これも言い忘れたが、ライブの時は、毎回マスクを着けている)、ツーショットチェキのときに、である。


 結論から言うと、「笑えなかった」のである。



※参考文献

・石田かおり(2007)「わが国における化粧の社会的意味の変化について

――化粧教育のための現象学的試論――」駒沢女子大学 研究紀要 第14号 p13~24.



 


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