第21話 星喰いの標と、槌音の爺の条件

朝の空気は、やけに冷たかった。


 ほとんど眠れなかったせいかもしれない。


(“実験区画:トレス村”……)


 昨夜、呪詛核の欠片から【アイテムボックス】が暴いた刻印。


 俺が生まれ育った場所。リリアが今もいる場所。二人で小さな未来を夢見た、不毛だけど大切だった土地。


 それが、誰かにそう名付けられた“実験場”だった。


 胃のあたりが、思い出すたびひっくり返りそうになる。


(許せるわけがない)


 でも——。


『推奨:感情より先に情報収集および戦力整備』


「……分かってますよ」


 小さく返事をして、顔を洗い、パンとスープの簡単な朝食を流し込む。ついでに昨夜【自動錬成】で作っておいた栄養強化ポーションをひと口だけ。


 身体の芯がじんわり温まる。


『状態:安定』

『前回吸収呪詛の影響:問題なし』


「問題なしって言うなら、信じます」


 深呼吸して、外套を羽織り、家を出た。



 冒険者ギルドの前には、既に二人がいた。


 紺のマントに銀の胸当て、朝日にも乱れない金髪の女騎士と、柱にもたれてパンを齧る黒髪の情報屋。


「遅い」


 エルザさんが眉をひそめる。


「約束の刻限より三分遅れだ」


「すみません。寝不足で」


「理由にならん。次はない」


「はい」


 即答すると、彼女はふいと顔をそらした。


 相変わらず容赦ない。でも、夜明け前からここにいるってことは、ちゃんと待っていてくれたんだよな。


「おはよ、旦那。顔色悪いけど、目は冴えてるな」


 カイが笑う。


「悪いのか良いのか分からない評価ですね」


「夜中に何かいじってた顔だ。言っとくが、“黙って危険物触るな”ってルール、覚えてるよな?」


 鋭い。ごまかしても無駄だ。


「“星喰いの標”を、自分でも少し解析してました。外側だけ。結果は、バルガスさんにまとめて渡します」


「単独で危険物をいじるなと言ったろう」


 エルザさんの視線が冷える。


「自分の中に入れる前に、スキルの外で読める範囲だけです。無茶はしてません」


「“無茶はしてません”は無茶してる者の常套句だ」


「それは……否定できないです」


 カイがぷっと吹き出す。


「まぁまぁ騎士サマ。今日はちゃんと“監視付き”なんだし」


「監視ではなく“同行”だ」


「昨日、自分で“監視”って——」


「行くぞ」


 一方的に会話を切り上げて、エルザさんは踵を返した。


 ブレない人だ。本当に。



 最初の目的地は、ギルドの奥にある鑑定室。


「入れ」


 低い声に従って扉を開けると、薄汚れたローブに片眼鏡の男——鑑定士バルガスが、既に机一面に魔術器具を並べていた。


 中央には昨夜預けた呪詛核の欠片、黒い残滓、そして黒札。


「来たか、“器”の坊主」


「その呼び方、本当にやめてほしいんですけど」


「事実だろうが」


 ぶっきらぼうに言い捨てて、バルガスは黒札を指先で弾く。


「星喰いの標は処理した。追跡式は潰して、代わりにこっちから偽の信号を流す細工を仕込んである。今向こうが見てる“器の位置”は、フロンティア南方の山中だ」


「そんなことまで……」


「面白ぇオモチャだからな。で、本題だ」


 バルガスの指が、黒い残滓と呪詛核を示す。


「結論から言う。残滓に含まれる黒鉄砂と呪詛核の術式パターンは完全に一致。同じ術者が組んだ呪詛だ。精神干渉で判断を鈍らせて、生気をじわじわ吸い上げる複合型。タチが悪ぃ」


「やはり……」


 トレス村のあの異様な空気が、頭をよぎる。


 エルザさんが問う。


「“実験区画”の文字は?」


「あった」


 バルガスは短く答える。


「お前のスキルが拾った通りだ。肉眼じゃ見えん微細刻印だが、『実験区画:トレス村』としっかり刻まれてた」


 室内の空気が、きしむみたいに重くなる。


「断定はできんが、“星喰教団”系の術式を使う連中が、トレス村と蝕まれし森を同じネットワークの“ノード”として扱っている可能性は高い」


「ネットワークなんて言葉を呪詛に使わないでほしいんですけど」


 カイが眉をひそめる。


 喉の奥から、勝手に言葉がこぼれた。


「つまり俺の村は……あいつらの“実験場”だったってことですか」


「感情で決めつけるな」


 エルザさんの声が鋭い。


 バルガスも首を振る。


「あくまで“候補”だ。ただ、偶然って線は薄いな」


「……ふざけるなよ」


 低く漏れた自分の声に、少し驚く。


 エルザさんが横目で俺を見る。


「復讐に走るな」


「走りません」


 深呼吸。


「順番は守ります。森。鉱山。その先にいるやつらを辿ってから、トレス村に向き合います」


 バルガスが口の端だけで笑った。


「賢い。で、残る問題はこれだ」


 指先が、呪詛核の黒晶を叩く。


「黒鉄砂は“触媒”だ。呪いの本体はこの未知の黒晶に練り込まれてる。俺の鑑定じゃ鉱石の“出自”までは追えん。鉱石と呪術、両方に通じた本物の専門家が要る」


「……“槌音のドルガン”しかいない、ということか」


 エルザさんの表情が、わずかに渋くなる。


「ああ。石ころ一つから産地の伝承まで嗅ぎ分ける化け物だ。偏屈で有名だがな」


「行くしかありません」


 俺は即答した。


「どれだけ偏屈でも、この呪いを断つ手がかりになるなら、頭でも何でも下げます」


「威勢はいい」


 バルガスが肩をすくめる。


「ならさっさと行け。“器”と“鋼鉄女”と“物好き”の三人なら、退屈はせんだろ」


「おう信頼されてんな俺」


「皮肉だ」


 エルザさんが切り捨てる。



 ギルドマスターの執務室。


 簡潔に報告を終えると、白髭の男は顎に指を当てた。


「槌音のドルガンか。懐かしい名だね」


「協力してもらう必要があります」


 エルザさんが言う。


「呪詛核の鉱物的性質が分からなければ、森も鉱山も根から断てない」


「そうだろうね。ただし、あの老ドワーフは金でも権力でも動かんよ」


 マスターは苦笑しつつ印章を押した羊皮紙を差し出す。


「紹介状だ。効くとは限らないが、ないよりはマシだ。あとは君たち次第だね、“器”殿」


「その呼び方流行らせないでください」


「残念だが既に一部で流行っている」


 やめてくれ。



 槌音のドルガンの工房は、鍛冶師街区のさらに外れ、小さな谷の縁にあった。


 古びた石造りの建物。使われていない煙突。外壁には、鉄塊や鉱石の山。


「ここだ」


 エルザさんが重い鉄扉を拳で叩く。


「フロンティア冒険者ギルド。槌音のドルガン殿に面会を求む!」


 静寂。


 しばらくして、地の底から響くような低い声。


「……帰れ」


 三文字なのに、空気がびりっと震えた。


「待ってほしい! これは街と周辺一帯の安全に関わる案件だ。“夢見の銀晶”と呪詛核について——」


「知るか!」


 雷鳴みたいな怒声が扉の向こうから飛んでくる。


「街が滅びようが森が腐ろうが、わしの知ったことか! ギルドも騎士も商人も、まとめて失せろ!」


 ガチャン、と内側で更に鍵がかけられた音。


「くっ……!」


 エルザさんが歯噛みする。


「見事な追い返されっぷりだな」


 カイが苦笑する。


(話に聞いた以上の偏屈さだな……)


 このまま正面から叫び続けても、扉は開かない。


 エルザさんが小さく言った。


「普通に頼んでも無駄だ。“本物”を嗅がせるしかない」


 顎で合図される。


「アレン、“例の石”を」


「了解です」


 俺は【アイテムボックス】から、一つの小さな鉱石を取り出す。


 蝕まれし森の残滓ではなく、グレンデル鉱山近くで見つけた、微かに銀色を帯びた石。俺の“価値感知”が妙な反応を示したやつだ。


「ドルガンさん!」


 扉に向かって声を張る。


「これは“本物”かどうか、あなたにしか分からないと思います!」


「うるせぇと言っとるだろうが——」


 怒鳴り声が途中で途切れた。


 扉の向こうから、気配が近づく。


「……今、何と言った、小僧」


「“本物”って言いました」


 俺は鉱石を指で弾き、意識して【アイテムボックス】の“価値”の感覚を表面に滲ませる。


 石が、淡く銀色に瞬いた。


 分厚い扉の隙間から、ぎらりと金色の瞳が覗く。


「その光……見せろ」


「中で、じっくり見ていただけますか?」


「……入れ」


 ガチャガチャと錠が外され、重い扉がきぃと開いた。


 そこにいたのは、小柄だが岩のようにどっしりした老人。


 白く長い髭。節くれだった太い腕。耳には金属片がいくつもぶら下がり、腰には使い込まれたハンマー。


 ドワーフだ。


「槌音のドルガン」


 エルザさんが名を呼ぶと、老人は鼻を鳴らした。


「名乗るほどのもんか。勝手にそう呼びおるだけじゃ」


 ぐい、と俺の手から鉱石をひったくる。


 皺だらけの指で撫で、爪で弾き、片目を細める。


「……ふん」


「どう、ですか?」


 思わず身を乗り出すと、老人はにやりとも渋くもなく、ただ事実だけを告げた。


「ただの石じゃねぇ。“夢見の銀晶”じゃ」


 息が詰まる。


 エルザさんもカイも、わずかに目を見開いた。


「中で話す。外で喋る話じゃねぇ」


 ドルガンはくるりと背を向ける。


「入れ。足元のもん蹴飛ばして座れ。遠慮するな」


「お邪魔します」



 工房の中は、混沌だった。


 壁一面に棚。棚に詰まる鉱石、インゴット、道具、古びた巻物。床にも紙束と石が積み上がり、座る場所などない。


「そこ」


 ドルガンが足で紙を薙ぎ払い、空いた木箱を指す。


 俺とカイが腰を下ろし、エルザさんは立ったまま壁際に。


「で、嬢ちゃんらはギルドの使いだな」


「フロンティア治安維持騎士団、エルザ・シュタイン。正式に協力を——」


「断る」


 即答。


「……理由を伺っても?」


「わしはもう引退じゃ。ギルドも騎士も商人も、上の都合で動く連中の下につく気はねぇ」


 ばっさり。


 エルザさんが言葉に詰まる。


 分かる。この爺さん、正論じゃ動かない。


 だから——。


「ドルガンさん」


 俺は口を開いた。


「これはギルドの依頼っていうより、俺個人の相談だと思ってほしいです」


「ほう?」


 老人の金の瞳が、じろりとこちらに向く。


「“夢見の銀晶”は、グレンデル鉱山でも見つかっています。そこで働く人たちが原因不明の衰弱に襲われてる」


「聞いとる」


「それと同じ線で、“黒鉄砂”が使われてる。俺の故郷で撒かれていた砂です。蝕まれし森も鉱山も、まとめて誰かに弄られている」


 拳を握る。


「そいつらは、“星喰いの器”だの“真の器”だの、勝手な名前で俺まで巻き込もうとしてる。俺は、それが本気で気に入らない」


 胸の奥がじりじり熱くなる。


「俺は、自分の力を、俺の畑と、大事な人たちのために使いたい。そのために必要な知恵がほしいんです。ギルドの都合じゃなく、俺自身のわがままとして」


 部屋が静まり返る。


 ドルガンはしばらく俺を凝視し、それからふん、と鼻を鳴らした。


「上等じゃ、小僧」


「え?」


「“ギルドの頼み”なら蹴っ飛ばす。だが“一人の小僧”が、自分の畑と女と故郷を守るために知恵を乞うなら、話は別じゃ」


 カイが小声で「聞き方の問題だな」と笑う。


「ただし条件がある」


「条件?」


 ごつごつした指が三本、突きつけられる。


「一つ。わしが教えることを、そのまんまギルドや王宮に流すな。必要な分だけ削って話せ」


 エルザさんの瞳が細くなる。


「理由を」


「上におる連中は、“使えるもん”と見りゃすぐ鎖を付けるか潰そうとする。昔からそうじゃ。わしはそれが嫌でここに籠もっとる」


 真正面から刺さって、さすがのエルザさんも言葉を飲む。


「二つ。わしが“やめろ”と言った使い方はするな。夢見の銀晶も黒鉄砂も、扱い方一つで地獄を作る。興味本位で触る阿呆には教えん」


「それは——守ります」


 俺は即答した。


「三つ」


 ドルガンはじっと俺を見る。


「わしが貸すのは“お前”だ、小僧。お前が自分で選ぶなら手を貸す。誰かの犬になるなら、その時は縁を切る」


「元から、そのつもりです」


 迷わず頷く。


 老人の口元に、わずかな笑みが刻まれた。


「よし。なら教えてやる。“夢見の銀晶”と、その巣の潰し方をな」


 空気が変わった。



「“夢見の銀晶”は、人の生気を食いながら、甘い夢を見せる石じゃ」


 ドルガンは古い書を開き、図を指さす。


「単体でも厄介だが、“黒鉄砂”と組み合わせ、術式を刻めば、“思考誘導”の触媒にもなる」


 エルザさんの視線が鋭くなる。


「思考誘導……」


「広い範囲に、“特定の感情”をほんの少しずつ増やす。焦燥、不信、憎悪、崇拝、そういうもんじゃ」


 息が詰まる。


「トレス村で、妙に揃って俺を“祟りの器”扱いしてたのも……」


「連中の資質もあるが、“燃えやすくされてた”可能性は高ぇな」


 カイが真顔で言う。


「それだけじゃねぇ」


 ドルガンは鉱石を弾く。


「夢見の銀晶が溜まれば溜まるほど、その上におる奴らは気付かん内に意志を鈍らせる。心地良い眠気と倦怠で、自分で考えるのをやめていく。そこに“星喰い”だの“神託”だの囁きゃ、簡単に転がるわ」


「クソみたいな仕組みですね、本当に」


「だからこそ、こんなもん弄る連中はろくでなしなんじゃ」


 ドルガンはページをめくり、別の図を示した。


「夢見の銀晶の鉱脈は、必ず“黒曜石英”と呼ばれる層で覆われる。黒くて硬そうで、実は脆い岩じゃ。こいつが“皮”になって、銀晶を守っとる」


「……見たことあります」


 俺の【価値感知】が、あの妙な黒い層を思い出す。


「そいつを、正しい場所から“割る”んじゃ」


 ドルガンはハンマーで机をこつんと叩く。


「黒曜石英は“硬くて脆い”。要は、要点を突けば簡単に砕ける。そこから内部の銀晶の巣へ辿り着ける」


「逆に、適当にぶっ叩けば?」


「暴走する」


 老人はあっさり言い放つ。


「蓄えた生気と呪詛を一気に解き放ち、鉱山どころか周囲一帯を干からびさせる。街一つ飛ぶかもしれんな」


「さらっととんでもないこと言いますね」


「だから、わしが必要なんじゃろうが」


 ドルガンはエルザさんを見る。


「グレンデル鉱山は、今どうなっとる」


「採掘量減少、衰弱者多数。“森の呪い”という噂も流布。アレンの感知では、直接的な呪詛より“魅了する価値”が壁の奥から」


「それで間違いねぇ」


 ドルガンは頷く。


「お前の“器”はどこまで見える、小僧」


「価値の強さと、ざっくりした性質くらいです。黒曜石英も、言われてみれば“変な石だな”って反応でした」


「なら十分じゃ」


 ドルガンはにやりとした。


「わしの目とお前の器で、鉱脈の位置を“特定”する。嬢ちゃんと鉱夫どもは、その通りに掘ればいい」


「アレン一人にそんな負担を——」


「危険なのは、素人が勝手に掘ることだ、嬢ちゃん」


 ドルガンが遮る。


「こいつは“器”を持っとる。わしは石を見る。お前は剣を振る。役目を分けりゃいい」


 理屈は筋が通っている。胃はキリキリするけど。


「つまり」


 カイがまとめる。


「“鉱山救済作戦の鍵は、アレンとじーさんのタッグ”ってことだな?」


「そうなるな」


 ドルガンはあっさり認める。


「明日、グレンデル鉱山へ行く。わしは足が悪い。馬車を用意しろ。道中と現場の護衛はお前らの仕事じゃ」


「ギルドの正式依頼として扱う。手配は私がする」


 エルザさんが即答する。


「報酬は——」


「金はいらん」


 ドルガンが手を振る。


「その代わり、小僧」


「はい」


「お前の【アイテムボックス】とやら、その“価値を見る眼”を、一度だけちゃんと見せろ」


 空気がぴん、と張り詰める。


 エルザさんの視線が、反射的に俺に突き刺さる。


 カイも口元を引き結んだまま、様子を窺う。


「……どこまで、ですか」


「中身全部よこせとは言わんわ」


 ドルガンは鼻で笑う。


「わしが見てぇのは、石じゃ。夢見の銀晶、黒鉄砂、黒曜石英。それとな……“星喰い”どもが好んで使う、もう一つの鉱石の話もしてやる」


「星喰い……」


(また、その名前だ)


「知りてぇだろ?」


 挑発めいた笑み。


「お前の故郷を“実験区画”にした連中が、どんな“器”をこしらえようとしてるか。その材料ぐらいは、知っておいた方がいい」


 喉が、ごくりと鳴る。


 罠の匂いはする。けれど、ここで引いたら、ずっと“知らないまま”だ。


「条件、受けます」


 静かに答えた。


「ただし一つ。俺のスキルの“核の部分”——内部構造とか、本質は誰にも話しません」


「当たり前じゃ」


 ドルガンは即答した。


「器の心臓まで覗こうなんざ、教団の仕事だ。わしは“外側の石”が見えりゃ十分よ」


 エルザさんが、小さく息を吐く。


「……ギルドとしても、その範囲なら許容する」


「カイさん」


「ん?」


「もし明日、話が変な方向に転びそうになったら止めてください」


「任せとけ。面白いもんを“壊される”のは俺も困るからな」


 心強いような、不安なような。



 ドルガンの工房を出ると、昼下がりの光がまぶしく感じられた。


「やれやれ。ほんっと一筋縄じゃいかねぇジジイだな」


 カイが伸びをする。


「でも、得た情報はデカい」


 エルザさんも頷く。


「鉱山の件も、呪詛ネットワークも、“星喰教団”の影も。すべて一本の線で繋がりつつある」


「明日が本番ですね」


「気を抜くな」


 エルザさんが念を押した、その時だった。


「アレン・クロフト殿でお間違いないでしょうか」


 落ち着いた声が俺たちの前に割り込んだ。


 振り向くと、銀刺繍入りの黒い外套を纏った細身の男が立っている。丁寧に撫でつけられた髪。胸元には、フロンティア商人組合の徽章。


 作り物みたいな笑み。


「私はロデリック商会の者でございます。ロデリック会長が、是非一度、“奇跡のポーション”の作り手にご挨拶を、と」


 ロデリック——黒鉄砂を大量に買い付けていると噂の商会。


 胸の奥で【アイテムボックス】がざらりと震えた。


『負の価値:微弱検知』

『関連候補:黒鉄砂取引/星喰教団協力者』


(……来たか)


 街の真ん中にいる“次の敵”。


 男は笑みを崩さず、恭しく頭を下げる。


「“蝕まれし森”の救済者、“星喰いの器”殿と、ぜひとも実りあるお取引を——」


 その言葉に込められた下心の値段を測りながら、俺は静かに息を吸った。

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