第19話 ブラック上司には「労基(女神)」という名の天罰を落としましょう

 勝負は決した。

 庭には、装備を剥がれてパンツ一丁になった兵士たちが転がり、その中央でガストン伯爵だけがポツンと立ち尽くしていた。


「ひぃ……ひぃぃ……」


 ガストンは、腰を抜かしたまま後ずさった。

 その顔は脂汗でベトベトになり、高価なベルベットの服も泥で汚れている。


「お、おのれ……! 覚えていろよ……!」


 追い詰められた小悪党のテンプレのような台詞を吐くガストン。

 まだ諦めていないらしい。彼は震える指で私を指差した。


「こ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか! 私は王家の使者だぞ! 貴様らは国家への反逆者だ! 王都へ戻れば、すぐに正規軍を派遣して、この教会ごと焼き払ってやる!」


「往生際が悪いな」


 レオナ団長が剣の柄に手をかける。

 だが、ガストンはわめき続けた。


「聖女! 貴様も同罪だ! 一生地下牢で『回復電池』として飼い殺しにしてやる! 泣いて詫びても遅いぞ! 私の権力を甘く見るなよ!」


 権力。

 その言葉を聞いた瞬間、私は溜息をついた。


(……ああ、やっぱりこいつ、前の会社の部長そっくりだ)


 自分の実力ではなく、肩書きと組織の威光を笠に着て、弱い者を脅す。

 一番嫌いなタイプだ。

 そして、こういう手合いに「正論」は通じない。


「ねえ、ガストンさん」


 私は一歩前に出た。


「あなたは『権力』と言いましたけど、それって本当にあなたの力ですか?」


「な、なんだと?」


「王家の威光、伯爵という肩書き。それを取っ払ったら、あなたはただの汚いおじさんじゃないですか」


「き、貴様ぁぁッ!!」


 図星を突かれたガストンが顔を真っ赤にする。

 私は冷めた目で彼を見下ろした。


「権力でねじ伏せようとするなら、こちらも相応の対応をさせてもらいます。……私にも、一応『コネ』があるんで」


「コネだと? 田舎娘が何を――」


「もしもし、女神様?」


 私は虚空に向かって話しかけた。

 心の中で、あの転生特典のウィンドウを開く。


【スキル発動:女神への直通チャット権】


 《女神》:『はーい! 見てたよシズちゃん! あのデブ、ムカつくね~!』


 脳内に、あのパンケーキを食べていた女神の軽い声が響く。

 さすが管理者、話が早い。


 《シズ》:『業務連絡です。私のスローライフを阻害するバグ(害悪おじさん)が発生しました。労働環境の悪化につき、至急排除をお願いします』


 《女神》:『りょ! せっかくのSSR人生だもんね、ブラック環境は許しません! 労基(女神)ビームいっとく?』


 《シズ》:『お願いします。あ、死なない程度に』


 《女神》:『OK~! 天罰執行!』


 ピロン♪

 軽い通知音が鳴った、次の瞬間。


 ゴロゴロゴロ……ッ!!


 快晴だった空が、一瞬で暗雲に覆われた。

 教会の真上にだけ、どす黒い雲が渦を巻く。


「な、なんだ!? 急に天気が……!?」


 ガストンが空を見上げた。


「あ、逃げたほうがいいですよ」


 私が忠告した直後。


 カッッッ!!!!

 ズドォォォォォォォォォンッ!!!!!


 目がくらむような閃光と共に、極太の雷がガストンめがけて直撃した。


「あべしっ!?」


 断末魔。

 光が収まると、そこには見事なオブジェが完成していた。


 全身黒焦げ。

 髪の毛はアフロのように爆発し、口からプスプスと白い煙を吐いているガストン伯爵。

 漫画のような「感電ポーズ」で硬直していた。


「……あ、あ、あ……」


 ガストンは白目を剥いたまま、ガクガクと痙攣している。

 生きてはいるようだ。女神の出力調整は完璧らしい。


「ひ、ひぃぃぃぃッ!?」

「て、天罰だぁぁぁ!」

「聖女様が雷を落としたぞー!!」


 倒れていた兵士たちが飛び起きた。

 パンツ一丁のまま、黒焦げの主人を担ぎ上げ、脱兎の如く逃げ出していく。


「お、覚えてろぉぉぉ……!」


 捨て台詞を残し、ガストン一行は砂埃の彼方へと消えていった。


 * * *


 静寂が戻った。

 雲が晴れ、再び穏やかな陽光が降り注ぐ。


「……ふぅ。やっと静かになった」


 私は肩の力を抜いた。

 やはり、トラブルはサクッと解決するに限る。


「シズ、様……」


 背後から声がした。

 振り返ると、レオナ団長が呆然と立ち尽くしていた。

 その後ろで、騎士たちも口をポカンと開けている。


「今のは……魔法、ですか?」


「んー、まあ、そんな感じ? ちょっと知り合いに頼んで」


「天候を操り、雷を自在に落とす……。やはりシズ様は、本物の女神の使い……いや、女神そのもの……!」


 レオナ団長の瞳に、今まで以上の「狂信」の輝きが宿っていく。

 あ、これマズいかも。


「シズ様ぁぁぁぁッ!!」


 ガバッ!

 レオナ団長が、感極まって私に抱きついてきた。


「ありがとうございます! 我々のために……! あんな男に立ち向かってくださるなんて……!」


「ちょ、団長、苦しい!」


 レオナ団長の力は強い。

 しかも、今の彼女は「泥を拭われた」感動と、「敵を撃退した」興奮で、テンションがマックスだ。


「一生ついていきます! たとえ世界が敵に回っても、私だけはシズ様の盾になり、剣になります!」


「私もですぅぅ! シズ様大好きですぅ!」

「副団長の私も! この筋肉はシズ様のものです!」


 リリィちゃんが、バリアさんが、次々と飛びついてくる。

 美少女たちによる肉の壁プレス。

 石鹸と汗と、女の子の良い匂いに包まれて、私は窒息寸前になった。


「あーもう! わかったから! 離れて!」


「離れません! もう二度と離しません!」


 レオナ団長が、私の顔を両手で挟み込み、至近距離で見つめてくる。

 その瞳は潤んでいて、頬は紅潮していて、とてつもなく色っぽい。


「シズ様……。貴女が私たちを『綺麗だ』と言ってくださったこと……一生忘れません」


「……う」


 改めて言われると恥ずかしい。

 あの時は勢いで言ったけど、結構キザな台詞だった気がする。


「だから、責任を取ってくださいね?」


「え?」


「私たちの心も、誇りも、全部シズ様に預けました。……もう、逃がしませんよ?」


 ニッコリと微笑むレオナ団長。

 その笑顔は美しかったが、背後には「幻の鎖」が見えるような気がした。


(……あれ? ブラック上司は撃退したけど、別の意味で逃げ場がなくなった?)


 私のスローライフ計画は、ガストン撃退の代償として、「最強のヤンデレ騎士団による永年包囲網」という新たなかせを背負うことになったようだった。


【称号更新】

・雷の聖女

・ブラック上司キラー

・第三騎士団の「絶対君主」(※ただし逃亡不可)


「……静かに暮らしたい」


 私の切実な呟きは、騎士たちの歓喜の叫びにかき消されていった。

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