第1章(追体験の断章)- 第2話 進む覚悟。護り抜く覚悟。
「リツ様、覚悟しておいてください」
ベルと魔法局へ向かう最中、突然そう告げられた。
「覚悟?」と私が聞き返すと、ベルは立ち止まり、続けた。
「魔法局からの依頼には様々な魔法に関連する依頼が舞い込んできます。土地の調査や物品の収集。そして魔獣の討伐。これら全般、何を依頼されるか分かりません」
「通常であれば自宅に依頼書が届くのですが、今回みたいに魔法局へ呼び出されて直接依頼を受けるというのは秘匿ケースです。つまり、外部に漏れてはいけない魔法に関する事件が起きている場合なのです」
「……そ、それってすごく危険ってこと?」
私が恐る恐る尋ねると、ベルは「危険だなんてとんでも無い」と否定した。
(ホッ……そんなに危険じゃないのか)
私はベルの言葉に胸を撫で下ろす。
「……死にますね」
突然ベルから出たその言葉は、鋭利な刃物となり私の心臓を貫く。
「は?危険じゃないって……」
「危険ではありませんよ。身の危険を感じる前に、すでに殺されていますから」
淡々と語るベルをよそに、私の体が震える。私は震える体と声で、なぜそんなことを言うのか尋ねた。
ベルは少しの沈黙の後、口を開く。
「良いですか?リツ様は魔法が使えません。相手は魔法を使って事件を起こすような奴です。リツ様は奴らからすれば唯の餌にしかなりません。私も魔法が使えない人を護りながらでは戦えません。だから、死ぬ覚悟をして下さい……」
……怖い。何故平気で「死ぬ」と言えるのだろう。悪意なく私に現実を突き付けてくる。
ベルもきっとあの化け物やリベラリーと同じで、私の心を踏み付けて遊んでいるのか?絶望の奈落に落ちてしまいそうだ。
「リツ様」
驚いた。いつの間にかベルが私の手を握り、目線を同じにして私の名前を呼んでいた。ベルに気づいた私を見つめ、ベルは告げる。
「リツ様。どうか今にも死にそうな顔をしないでください。私は死ぬ覚悟をしてくださいと言いました。でも、本当に死にに行くわけではありません。だからどうか、そんな辛い顔をしないで下さい。主人のそんな顔を見るのは辛いです」
訳が分からなかった。死ぬ覚悟をしろと言って現実を突き付けて来た癖に、今度は辛い顔を見るのは嫌だと。自分勝手にも程がある。
「なんでそんな勝手な事を言うの……?」
そうベルに問うと、ベルは申し訳なさそうな声で言った。
「本当はこんな事は言いたくないのです。しかしリツ様はこの世界に来たばかり。魔法の恐ろしさをまだ何も知らないのです。特にリズ様の受ける依頼は、常に死の危険が付き纏う恐ろしい仕事なのです。だからこそ一度現実を突き付ける必要がございました」
「リズ様を追体験すること。自由を得るということは、追い求めるほどに死と隣り合わせになるということ。それを踏まえて、死を避け、進み続けるための覚悟を決めて欲しかったのです。怖い思いをさせてしまい申し訳ございません。リツ様」
私の思い違いを悟り、後悔すると同時に、涙が溢れ出した。
子供のように泣きじゃくる私を、ベルはそっと抱きしめ、ただ黙って泣き止むのを待っていた。
……数刻過ぎた後。
「ごめんなさい。私何も知らなかった。リズとベルのこと。二人がやる仕事のこと。この世界の事も何も知らない。でも、私はもう進むしか無いことだけは分かる」
「だから私、決める。どうせ死ぬしか無いなら、せめて進んで死ぬ方を選ぶよ」
進んで死ぬ。これは私が決めた物語。初めて決めた、自分だけの自由の選択肢。
ベルは、リツの目をじっと鎧の向こうから見据えながら、少し笑ったように言った。
「……進んで死ぬ、ですか。まさかリズ様と同じことを言うなんて。面白いですね。いいでしょう。リツ様の覚悟は伝わりました。ならば私も覚悟しましょう」
「リツ様を主人とし、絶対に生きて追体験を終わらせる為、この身を賭して護り抜くことを」
リツとベルは互いに覚悟し合う。リツは自由へ進む覚悟。ベルは進み続ける主人を護り抜き進み続けさせる覚悟。
リツとベルは魔法局の扉を開いた。
『渇望の少女と嘲笑の魔導書(グリモワール)』 異邦綴 @IHOUTSUZURI
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