特殊能力を使ったけど、もうタイヘン!

 橋桁は傾きが大きく、電車の連結部の段差がひどいことになってるし斜めだしで、一両目の乗客が隣に避難できないみたい。乗客が車両の先っちょの方に溜まってる様子が分かる。

 いま俺ができることは、橋脚と車両の動きを止めることだけ。小倉さんが通報してくれたけど、まだ消防車のサイレン音は聞こえてこない。


「黒崎さん、がんばれ、超がんばれ、ウチなんもできん…」

「気にしないで、それよか真ん中?の方の橋もやばくなってないか見て!」

「うぅ…あっちの方もやばいことになってる…何か斜めってるよぅ~!」

「マジかー、どうしよう、俺の視界だと電車と橋しか止められなさそう…!」


「…あの!」

 二人してわぁわぁ言ってると、後ろから声をかけられた。


「いきなりアレなんだけど!緊急事態だから!お二人であの電車と橋を止めてるのよね?私も手伝うから、いま何に困ってるのか教えて!!」

 目を向けることはできないけど、中年女性の声だ。


「電車と右側の橋の脚を止めてるんですけど!真ん中の方も!やばそうで!でも俺の視野には入らない距離で!」

「ウチは視野のシェアはできるけど他の人の視野は見えないんですぅ~!」

 他人に言うことじゃないのは分かってる。それでも今の状況を伝える。


「…それなら、私の力が使えると思うの。ダメだったらごめんなさいねっ!」


 ♪チャチャチャーンチャチャチャーンチャチャチャチャーンチャチャチャーン♪


 急激に体に力がみなぎる。視野が拡張して真ん中の方の橋脚も止められた。スマイルマークのエフェクトが大量発生してる。両手を前方に掲げた品の良い中年女性の姿も見える。運動会みたいな曲が聞こえてきたけど、何で?

「すっげぇ!ウチのと黒崎さんの視野で360度くらい見えてんじゃね?字幕も見えてね!なんこれ!!!!」


 中年女性が声を張り上げる。

「私の力なんだけど、パワーアップしてくれるみたいなのっ!もうちょっと頑張って頂戴ね!!」


 ♪ジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャフオーンフォーン♪


「マダムすごい!視界のシェアちゃんとできてるよ!」

「マダムありがとうございます!!何ですかこの音楽!」

「力を使うと勝手に曲かかるのよ、何なのかしら~?」

「さっきのは『天国と地獄』で今度は『剣の舞』だね~運動会のかけっこで流れてたよねぇ」

「あらやだお嬢さんお詳しい」

「マダムパワー使ってるとき聞こえるんかね?元吹部でペッターでリードだったんスよウチ!」

「あらまー、それはすごい。花形エースなんじゃないの!?」


 緊急事態なのに何だか小倉さんとマダムが普通に会話してる。運動会ソング、『道化師のギャロップ』が終わったところでサイレンの音が聞こえ、レスキュー隊による乗客の救出作業が開始された。『トランペット吹きの休日』が終わるころ、俺たちの役目も終わった。

 手のひらを下げると、橋脚がガクンと傾き、先頭車両が折れていった。助かったみたい。良かった…。すごい疲れたしお腹減った。思わずその場にへたり込む。


「…黒崎さん、腹すごい鳴ってね?さっきパン食べてたよね?腕白わんぱく小僧か?」

「小倉さんだってキュルキュルお腹鳴ってんじゃん!何で俺だけ食いしん坊みたいになってるの?!」

「うふふ、仲良しなのねえ…」


 ――――


 小倉さんも俺もくたくたになってたら、マダムがご馳走してくれるって。「頑張った二人にご褒美だし、私もお腹空いたの!サイゼでいっぱい色んなもの頼んでみたかったのよね~うふふ~」とのことで、サイゼにやってきました。今なら全メニュー食べられそう!


 マダムは古賀こが、と名乗った。配偶者が大きめの借金を残して突然亡くなり、そのあと風邪を引いたお子さんの看病をしていて、自分が不思議な力を得ていることに気付いたそうだ。


「いっぱいっぱいになっちゃって、自分がおかしくなっちゃったのかと思ったわ。ふふ」

 ワイングラスを傾けて古賀さんは笑う。エスカルゴとワイン、何だかとっても上流階級のマダムっぽい。マダムだけど。


「マダム古賀けっこうハードぽいけど大丈夫そ?」

「それがねぇ、この力を使って、競馬場のお馬さんのパワーアップして、…ひと儲けして借金返せちゃったのよ、うふふふ」

「わっるーっ!!!極悪ぅ!!古賀さんおもろ!」

「バレちゃうから、ホントにこっそりよ。でもBGMでテンション上がっちゃって…うふふふ」


 しぃぃっ、と唇に人差し指を当てて、古賀さんはにこにこしてる。小倉さんは器用にドリアとピザを同時に掻き込んでいる。俺はパスタ三種一気食い。それぞれの能力や境遇を語り合い、デキャンタは2本が空になり、メニューは5割くらい制覇できた気がする。


「今日は勤務先帰りで。傾いた橋に向かったあなたたち二人を見かけて、何だかピンと来て追いかけたの」

「声かけてもらって良かったです、俺たち二人だとあの状態で全員は助けられなかったと思うので…、本当にありがとうございました」


 古賀さんに頭を下げる。さっき見たニュースでは、乗客も乗務員も全員無事というのを確かめた。


「……能力があるってバレたらまずい、とは思わなかったのかしら?」

「まずいとは思います…でも……」


 うまく言葉にはできないけど、自分が助けられる誰がが傷付いたりするなんて、耐えられない。ちら、と小倉さんを見ると大きく頷かれる。


「黒崎さんもウチもだけど人が悲しんだりするのすっげ嫌なんすよ!!」

「…それなー」

「言葉遣いうつってんじゃん!いやおもろ!」

「仲良しなのねぇ…いっぱい食べて!私も人が悲しむのは嫌だし、ヒーローなんだから、今日はいっぱい食べちゃおう!」


 古賀さんは家族の不幸で休んでた会社に来週復帰するという。聞けば大手企業で、総務部では求人募集しているというではないか。小倉さんのグイグイ後押しもあり、リファラル紹介扱いで書類選考と面接だけでもどう?ってことになった。あとは俺自身の頑張りにはなるけどさ!


 ――――


 俺は失業して、変な文章が出る時間停止能力が使えるようになった。何で特殊能力に目覚めたのかは分からない。けど、役に立たないと思った能力で人が救えたし、小倉さんと古賀さんと出会えたのは嬉しかった。他にも特殊能力に目覚めた人たちがいたとしても、これから会うのがちょっと楽しみな気がする。


 地道に生きてくのは変わらない。まずは履歴書と職務経歴書と面接対策だ!!


 ――――


(一方その頃、世間の片隅で…)


「何これ…空飛んでる…しかもゲーム効果音みたいなの聞こえるけど、なんで????」




 ――おしまい――

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特殊能力に目覚めたけど、なんだかヘン! かわうそ号 @kawauso_Go

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