第8話 八咫烏 後編~ルナの条件

クシュン


ほくそ笑む包帯男の懐から漏れ出た、消え入りそうな声に、ぴくりと漆黒男が反応し

「…それは?」

今までの優しかった声は、消えていた。

「あ!こいつは!あっしの大事なペットでごぜぇやして!これが片付いたら、病院に連れて行こうと連れて来たんでゲス!」

咄嗟に付いた嘘にしては中々だった。

だが

ガクガクと震える茶虎を見た漆黒男は再び膝を折り、抱きかかえ…


≪何故最優先にしなかった?≫


それは、今までで一番恐ろしい声だった。包帯男は「ひぃっ」っとひっくり返り、股を湿らす程に。

「そ、それは…」

≪それは?≫

鼻と鼻がくっつく距離に迫る。

「よっ!予約が…取れずに…」

それは、考え得る最善の言い訳だったのかもしれない。私の行こうとしていた動物病院も、完全予約制で尚、外に行列が出来る程なのだ。だが…


ピュチュン


やけに静かなその音と共に、仰向けになる包帯男。

団員達はその様子を固唾を呑んで見守るも、手にした札が風に舞い上がり


≪…見縊られたものだな。その程度の嘘でこの俺を欺けるとでも思ったか?≫


そう吐き捨て、獲物をモヒカン達に向けた。

モヒカン達は震え上がって仲良く抱き合い


『ぎゃ、ぎゃはーーーー!!』


一斉に背を向けるギャッハー団。だが、足は縺れ、何名かが転び、彼等が別のモヒカンの足を掴み、また転び、そいつもまた別の足を掴む。ドミノ倒しのように全員が地に転がり、正に足の引っ張り合いが始まった。

「って、てめ!離せ!離しやがれ!!」

「うっせ!!俺たちゃ仲間だろ!!」

「だったら俺の為に死ねよ!!」

それを阿鼻叫喚と呼ぶには、あまりにお粗末な光景だったが、それが彼等の最期の言葉となった。


ピチュンピチュンピチュンピチュンッ


いつの間にサイレンサーを付けていたのか、二丁の銃を微動だにせず連射する漆黒男。残ったのは、微かな硝煙の匂いと静寂————そして、むせ返るような血の匂いだけだった。

その間、私は何度も胸の中の月影に語り掛けるも、以前として反応は無く…

「ひっ!」

月影と私の間に、漆黒男の顔が現れた!

咄嗟に後退るも

「立て。付いて来て貰うぞ」

鼻先に、手を差し伸べてた。

不気味だった。気配も無く、顔が現れたのは勿論だが…その顔面には深い爪痕があり、今も地にポタポタと滴っているのだ。それを不気味と言わずに何というのだろうか?しかも、心の声は聞こえない。本音なのか、嘘かも解らない中、血塗れの顔から漆黒の瞳に睨まれている。

もう…賭けるしか!

その手をパシっとはたき


「触るな」


凍るような声でそう呟き、睨み付けるも、男は微動だにしない。

ピキピキと痛む身体を無理矢理起こし

「私を、連れ戻しに来たの?」

そう、見下ろし言い放つと、男は無言で頷いた。私は、勝利を確信した。

理由は解らないが、この男は私を殺せないのだ。しかも、何故だか手荒にも扱えない。

だが、この状況を利用しない手はない。


「いいわ。戻ってあげても。ただし、条件がある—————



—————数ヵ月前


私は醜悪な男の前にいた。裸も同然で。





次回予告


そしてその手が私の胸に伸びてきて—————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る