第7話 八咫烏 前編

≪そこまでだ、下衆共≫


喧騒の中、静かだがドスの利いたその声で場が凍り付いた。その、たった一言で。

ギャッハー団のただ喚き散らす声が幼稚園児に聞こえる程、その声には底知れぬ凄みがあり、私ですらも恐怖した。


男達の顔が、一斉にその声の主に向くと、そこには異様な雰囲気の黒ずくめの男が立っていた。

長身で細身、漆黒の瞳に漆黒のコート。黒く、ワイルドに結った後ろ髪。そして、顔には無数の傷痕。しかも、たった今まで何かと闘っていたかのように、血が滴り落ちていた。


「ん、んだてめぇ!俺達がだ、誰だか解ってんのか、ごらぁ!!」

(ビビらせやっがって!相手はたかだか一人じゃねえか!!でもやっぱ何かヤベエ!)

緑モヒカンの男が吠えるも、漆黒の男は全く意に介さず、ただただ、静かに私に近付き


「ルナだな。付いて来て貰おう」


男達の中心に居た私の眼前にまでやって来て、手を差し伸べた。

瞬間、身の毛がよだった。


—————考えて見て欲しい。


十数名の男達の中に入るという事は、簡単に背後を取られるという事。更に言えば、その男の歩みを誰一人として止める事が出来なかったという事でもある。

私は鳥肌が立った。


そしてようやく、緑モヒカンが動いた。


「ギャッハー!死んどけえぇぇ!!」


両手でナイフを握り、体当たりするように漆黒男の背に突き付ける!

誰もが「殺った」と思ったその瞬間—————


ビシッ


鋭い切っ先は、背の直前で止まっていた。

漆黒の親指と人差し指によって。

と、同時に…


ガチャッ


逆さに持った黒い塊が緑モヒカンのデコにピタリと当てられた。

「ギャッ…ギャハッ…??」

みるみる蒼白になっていく緑モヒカン。

漆黒男は私を見たまま、一切の表情を変えず


ダンッ—————


乾いた音で時が止まった。

残響と硝煙の匂いが漂う中、誰もが穴の開いた男に釘付けにされていた。


ドサッ


鮮血がくじらの様に吹き上がり、紅い雨を降らせた。

長いのか、短いのかすらも解らない時間。生臭いそれが止むのを待っていたかのように、時が動き出した。


「こ、こいつ!八咫烏だ!!」

「は!?マジか!?やべえよ!こいつマジでやべえよ!!」

「な、なんだ、八咫烏って?」

「知らねえのかバカ!世界を闇で牛耳ってるって連中だよ!!」

「あ!?んなもん陰謀論じゃねえのかよ!?」

「ど阿保が!!AIで確認してみろ!」

「しゃあねえな…ぁ…ぁぁ!?」

私が読み取ったのは、たった一行の赤文字だった。


【警告 八咫烏 即時逃走推奨 関わる=死を意味します】


「ぎゃはあぁぁ!?」

「解ったか!今すぐ逃げんぞ!!」

背を向けようとするモヒカン軍団を、男の声が制した。


「慌てんな馬鹿共が!俺達は誰だ!?俺達の名を言って見ろ!!」


包帯男が、銃を構えた。

人間の恐怖のピークは、10秒程度が限度という研究データがあるが…どうやら本当のようだった。先程までの空気が嘘だったかのように

「そ、そうだ!」

「ぎゃ、ぎゃは!」

「俺達は…」

『ギャッハー団!!』

一斉に銃を抜き、漆黒男に向ける!

包帯男が指に力を込めたその時だった。

目の前に赤い文字


【警告:当組織への攻撃意志を特定しました。残り生存時間……00:09:58】


再び止まる空気、だが、それは一瞬だった。


『ひぃぃぃぃぃ!!』


大パニックを起こすギャッハー団。私は脳無しだから解らないが…余程AIのこの一文が怖いらしい…そんな中、包帯男が動いた。


「す、すいやせんしたあああ!!」


包帯男が、それはそれは見事なスライディング土下座を漆黒男の足元に決めたのだ。

漆黒男を含めた全員の視線が集まる。

「ど、どうか…何卒、何卒…家には妻と娘がお腹を空かせて待っているのでございます」

包帯男から、心の声は聞こえない。間違いなく嘘を嘘と思わず吐いている台詞だ。…とはいえあまりにもベタ過ぎる。

だが

漆黒男は膝を折り、包帯男の震える背中に手を添え、目に涙まで浮かべ

「…そうか、これで、旨いもんでも食わせてやれ」

どこか暖かな声で、財布からお札を抜き取り、それを包帯男の眼前に差し出した。

警告文も…消えていた。

「あ!ありがとうございます!これで、これで腹一杯食わせてやる事が出来ます!」

顔をぐじょぐじょにして受取った裏では

(いよおっし!切り抜けたあ!流石俺!!しかも10万はあるぜラッキー♪)

「家族を、大事にしろよ」

ぽんぽんと肩を叩き、立ち上がる漆黒男。団員達は(えええ!?やった!?助かった!?つか、八咫烏ちょれえええwww)と狂喜乱舞していた。私自身こいつ、バカ?と思ったその時だった—————


クシュン





次回予告


「…それは?」

今までの優しかった声は、消えていた。

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