第6話 逆襲のギャッハー団


「居たぞ!脳無し女だ!!」


その怒声に、周りの人だかり全体がビクっと震えた。

そしてひそひそと


「なんだ?あのモヒカン達は…」

「サーチ。…おい、やべえぞ!ギャッハー団だ!」

「ギャッハー団!?闇政府と繋がって、警察も手が出せないって連中か!?」

「ああ、AIも警告してやがる!絶対に関わるなってな、行くぞ!」


彼等にとってAIの警告は「絶対」なのだろう。耳障りな爆音を巻き散らす何十台ものバイクで現れる世紀末の様な恰好をした集団に、人だかりは蜘蛛の子を散らしたかのように消え去ってしまった。

10数名の男達が、私と老婆を取り囲む。

「ひ、ひぃぃ…」(な、なんだい、なんだい…)

状況が解らず震える老婆に


「ギャハッー!このばばぁ、IC付けてねえぜww」


下品な声で指差し笑う、緑髪モヒカン男。私が言うのも何だけど、整髪料の嫌な臭いが鼻に付く。

私は、耳元で囁く。

「ごめんなさい、おばあ様…逃げて」

「だ、だげんどのぉ…」

背に庇い、促すも…モヒカン達は臭い息が掛かる程まで近付いてきている。私はそいつらを睨み付け

「この人は関係ない!通してあげて!」

毅然とした態度で、そう言い放つも


ギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!


耳をつんざくような下卑た笑いが巻き上がり、咄嗟に茶虎の耳に手を添えた。

「だとよぉ!どうするよ、お頭ぁ!」

赤のモヒカン男が叫ぶと、バイクの音がピタリと止み、色とりどりのモヒカン達の中から顔面を包帯でぐるぐる巻きにした男が出て来た。隙間から覗く片目だけが異様な眼光を放っている。


「そのばあさんは関係ねぇ、逃がしてやれ」

(用があるのはそこの脳無しサイコ女だけだ。ばばあなんざ知るか)


その声に私の心は弾み、老婆に向き、囁く。

「ごめんなさい、おばあ様。この子を、頼めますか?」

私の胸で未だガクガクと震える茶虎を、「それは、ええども」と抱きかかえた老婆は、こちらを見て

「だどもぉ…お嬢ちゃんは、どげんすっとぉ?」

「私なら大丈夫です。あんな奴等指先一つで充分ですから」

そして渾身の笑顔を造って見せた。おばあちゃんはしばらくして

「わ、わがっだぁ。すまんっちゃ…」

「とんでもないです!」と、頭を下げ、振り返り


「さあ、通してあげて!」


と眉を吊り上げた。

包囲が開き、おばあちゃんがよろよろと通り抜けようとすると


「ちょっと待て、ダメだ。そいつを通すな」


ビクッ!っと心臓が跳ね上がった。それを隠す様に私は声を荒げて

「どういう事!?おばあちゃんは関係ないでしょ!!」

だが、包帯男は涼しい顔で

「そのねこ、昨日のねこだろ?」

!!

やはり—————気付かれていた。私の動揺を他所に包帯は口を開く。

「よく見たら可愛いねこじゃねえか、どれ、俺達が可愛がってやるよ」

(目の前で痛ぶればこいつはどんな顔するんだ?ククク、楽しみだ)

「ばばぁからそのねこを奪い取れ」

モヒカン達の、ギャッハー!という耳障りな音は最早聞こえて居なかった。

私の中で、何かが壊れる音がこだまし、身体は既に標的を捉えていた。


バギッ—————


硬く握った拳が包帯男の鼻っ柱にめり込んでいた。

周囲の視線が、その光景に釘付けになったその瞬間

「おばあちゃん、逃げて!!」

腹から叫び、背を押すと「うっ…うらぁあああああ」と奇声をあげ、包囲の外に飛び出した後ろ姿を見て、ほっと胸を撫で降ろしたのも束の間、神経を逆撫でする声


ギャッヒャー!!


次の瞬間、

頬の骨が軋むような衝撃

視界がぐるんと回り、ゴミにぶつかった。

熱い。血の味が広がる。だがどうでもいい

整髪料の匂いと下卑た笑み、伸びてくる手に私は反射していた。

「触るな!」

そのドテッパラに肘鉄をめり込ませた!

「ギャハッ」

汚い声と涎を垂れ流すゴミ。

腹を押さえ、プルプルと倒れ往く一瞬を静寂が支配した。

どしゃりと崩れ落ち、怒号が飛ぶ。

「てってめ!!」

「こ、このガキがああ!!」

殺到するゴミ共。捕まれば終わり…だが

敢えて突進!

「ギャッハー!自分から来やがった!ヴァーカが!!」

「ギャッヒャー!つ~かまえ~た~♪」

ゴミ共の手が眼前に迫る!その瞬間

その足に目掛けてスライディングをぶち込んだ!

「ギャハッ!?」

軸足が浮き、無様に宙を舞うゴミ。

「ギャッヒャッ」

グシャッ

後ろからの汚声と鈍い音を耳にした時、私は既に跳ね起きていた。後は駅に駆け込めば私の勝ち。だが…

「止まれ」

無論、止まれと言われ止まるバカはいないのだが…その声が私を凍り付かせた。


にゃあああっ!!


恐る恐る振り返ると、目に映ったのは、最も見たくない光景だった。


「どう…して…」


全身がガクガクと震え出す。

「へっ、あのばばあ、自分からこいつを俺に渡して来たんだぜ?」

(本当は無理矢理盗ったんだけどな)

思考が凍り付く中「ギャハァ!!」と共に強い衝撃を受け、私の身体は地に叩き付けられた。痛みも揺らぐ視界も、やけに他人事で…そのまま包帯男を見上げながら


「あ、あの…お願いです…どうか、どうかその子だけは…」


震えたその声にぎゃひゃひゃひゃっと、今日一番の大爆笑が巻き起こった。

「おいおいおい!あの時の威勢はどこいったんだよ!?」

「ぎゃははは!!たかだかくたばり損ないの野良猫に、超ウケるんですけど!!」

「っててて、こりゃ~たっぷりお礼しないとなぁ、その体によお!!」


ドスッ!


横腹に走る衝撃に骨が軋む。胃から込み上げてくる物に構わず

「お願い…します…私は好きにしていいので…どうか…どうか」


ポロポロと雫を零しながら、頭を下げる。

「まじかよ、こいつ泣いてやがるぜ!!」

「ホントだ!写メ取ろうぜ、写メw」

ぎゃハぎゃハと騒ぐ声すらも遠のいていく。まるで、この世界から見放されたような、そんな感覚に、爪が食い込む程に拳を硬く握り、下唇には血が滲んだ。

髪を力任せに引っ張られ、パシャパシャと鳴る音に混じり、くしゅんっという声が聞こえ


(月影…たすけて…)


胸に抱えた月影に助けを求めるも、世界は何も変わらなかった…だが


≪そこまでだ、下衆共≫


喧騒の中、静かだがドスの利いたその声で場が凍り付いた。その、たった一言で。




次回予告


そこには異様な雰囲気の黒ずくめの男が立っていた。

長身で細身、漆黒の瞳に漆黒のコート。黒く、ワイルドに結った後ろ髪。そして、顔には無数の傷痕。しかも、たった今まで何かと闘っていたかのように、血が滴り落ちていた。

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