第5話 茶虎

—————タコさんの滑り台


目覚めると空が鉛色になっていた。胸にいる相棒に「おはよう」と声を掛ける。

(…)

返事がない。こんな事は初めてだけど…昨夜のあの意味深な言葉が頭を過ぎる。

(月影?大丈夫?朝だよ)

(…)

(起きないと、キスしちゃうぞ)

ちょっとした悪戯心が芽生え、への字があざといその口にゆっくりと唇を近付けていき…

(…)

それでも月影の瞼は硬く閉ざされたままだった。

どうして…?

しばらく、キツク抱き締めながら問い掛け続けるも目覚めず。

(今は…)

気持ちを抑え、私はタコさんの滑り台を後にした。


古びてはいるものの、それ故にどこか味のある煉瓦造りの店舗にウッド制の歩道。凝ったアンティークの様な街灯を見つめ、白い溜息を吐いた。

「ここ、結構気に入ってたんだけどな…」

それに、茶虎も気になる。

「名残惜しいけど…行こっか月影」

(…)

返事は無い。まるで、魂が抜けてしまったかの様に…

だが今は一刻も早くこの街を離れないといけない。昨日は流石にやり過ぎた。

重い足取りで駅を目指していると、ふと目に留まる愛しいシルエット。

暗く澱んだ心にパッと花が咲く。


「茶虎~♪」


茂みの中でまるまっている小さな天使を、脅かさないよう声を掛ける。

だが、ぴくりとも動かず、ただガクガクと震えていた。冷たい風が吹き抜ける。

「茶虎っ!」

慌てて抱き抱えると、胸に異常な強さの振動が伝わり、どうすればいいかも判らなくなる。

そして、追い打ちを掛けるように


くしゅんっ


それは、くしゃみと呼ぶにはあまりにもか細くて…まるで、消えそうな命の音みたいで

私にはそれが「助けて」とか聞こえなかった。

「月影!どうしよう!?」

咄嗟に月影に縋るも

(…)

風に揺れる木々の音がするだけで


くちゅんっ—————


「すみません!どなたか、どなたかこの子を病院に連れて行ってくれませんか!?」


気が付けば、公園中に響き渡る程の声を張り上げていた。

一斉に視線が向けられ

「お願いです!この子、弱っているんです!」

だけど、返って来た反応は無情だった。


(うわっ、くそ汚い上に脳無しかよ)

(あんなガリッガリのねこ助かる訳ねぇだろ)

(なぁに?あの脳無し、ねこ助ける私可愛いですよアピール?)


届いてくる心の声に吐き気を催しながらも、私はそっと空き缶を置き


—————♪


それしかなかった。

大丈夫、時折お金をくれる人は居る。しかも今日はクリスマスイブ

必ず、助ける!そう、決意を込め、声が枯れるまで叫び続けた—————


気が付けば、沢山の人に囲まれていた。

その多くは奇異の眼差しだったり、(これバズルんじゃね?)と動画を撮ったりしていたが、その人込みの中から、一人の老婆が私に近付いて来た。


「おやまぁ、こげん震えて、可哀そうにのぉ…」


茶虎を優しく撫でながら、ゆっくりとした口調でやや声を震わせる。私は恐る恐る、その心を覗き見た。


(こりゃ大変だのぉ、はよぉ病院さぁ連れてってあげんとねぇ)


瞬間、この老婆が女神様に見えた!思わずその赤いスカーフにしがみ付き


「お願いします! この子を…助けてください!」

声が裏返った。

しまった、と思った瞬間

老婆はにっこり笑って、皺だらけの手を差し伸べた。

「えぇ、えぇ、お嬢ちゃんも辛かったろう。一緒においで」

その一言で、膝が崩れた。

涙が堰を切ったように溢れて、視界が滲む。

だが

「居たぞ! 脳無し女だ!!」

その罵声が、空気を凍り付かせた。




次回予告


「なんだ?あのモヒカン達は…」

「サーチ。…おい、やべえぞ!ギャッハー団だ!」

「ギャッハー団!?闇政府と繋がって、警察も手が出せないって連中か!?」

「ああ、AIも警告してやがる!絶対に関わるなってな、行くぞ!」

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