第9話 クリスマスプレゼント

「いいわ。戻ってあげても。ただし、条件がある—————


—————数ヵ月前


私は醜悪な男の前にいた。裸も同然で。


「もう、大丈夫ですからね」

にっこりと、だが、歪に微笑むその男は

(こりゃ堪らんブヒ!まさに薄幸の美少女だブヒ!痛めつけたら一体どんな声で啼くのか、想像したらもう!!我慢できんぶひぃぃぃ!!)


気持ち悪い。

毎日散髪してる?と思わせる程刈り揃えられた髪だが、ぱんぱんに膨らんだ頬が全てを台無しにし、へばり付いたぜい肉は、おにぎり一個で飛び跳ねて喜ぶ子供の気持ちが解る?とその腹を掻っ捌いてやりたくなる。そしてその手が私の胸に伸びてきて—————


「怖がらなくていいですよ…ぶ、ぶひぃぃぃ!?」


私は一切の躊躇いもなく、それがさも当然であるかのように、手元にあった電気スタンドを振りかざした。


「ぶっぶひぃぃぃ!!チンに手を出せばどうなるか—————


「死ね、悪魔」


自分でも恐ろしい程冷酷な声で遮り、振り下ろした。


「ぶ、ぶひぃぃぃ!!痛い!!だ、だれか、だれかあああああ!!」


顔を真っ赤に染め、情けなく泣き喚く悪魔。続く鈍い音にけたたましく開くドア

「お、おい!何をしている!やっヤメロッ!!」

黒服にサングラスの屈強な男達にも、私は一切怯まず、暴れ回った。結果—————


ビシッ!!


「このガキが!!どうしてくれるんだ!?」

(ちくしょうめ!あの豚野郎一人で国が動く程のだというのに!!)


冷たい鉄のワイヤーが、容赦なく身体に食い込むも、100兆倍マシだった。

それに、信じていたのだ。必ず助けに来てくれると。そしてそれは現実となる。

月影が男の足に手錠をし

(…待たせたなルナ、もう大丈夫だ—————ルナ—————


その後、一緒に捕えられていた少女達を解放し、屋敷に火を付け、混乱に乗じて逃げ出したのだが…。保護された施設に迷惑が掛かる事を恐れた私は、月影と共にそこを出て



現在に至る—————



—————約束して」

私は条件を尽き付け、漆黒男はゆっくりと首を縦に振り


「よかろう」


そして僅かに、顔を綻ばせたのを、私は見逃さなかった。



—————翌日



みゃ~!


「ふふ、良かったね、病気治って♪」


茶虎は元気一杯に公園を駆け回る。ご飯もちゃんと貰えたようで、本当に良かった。

「気は…済んだか?」

漆黒男が、黒塗りの車の前で優しい口調で聞いてくる。そう、普段は意外とまともだったりするのだ。ねこ狂いなのだと、私は睨んでいる。

あの日、私が出した条件。それは、見ての通り、茶虎を病院に連れて行く事だった。

(…すまなかった、ルナ。こんな時に、何も出来ずに)

月影ともその後、なんとか会話は出来るようになったけれど…

(いいよ、それよりも、これからどうしよっか?)

(…大丈夫。お前はよくやった。これで、良かったんだ…)

(え?どういうこと?)

(…今に解るさ)

(月影?)

呼びかけるも、再び沈黙する月影

ここのところ本当に調子が悪そうで怖い。もし、月影がいなくなったらと、そう思うと…

不安に押し潰されそうな心を、抱き締める力で誤魔化し、私は茶虎に解れを告げた。


「元気でね、また…」


またいつか逢おうねって、そう、言おうとして胸がチクリと痛み


—————行かないで、ご主人—————


そんな言葉が、脳裏を霞め、目頭が熱くなった。

茶虎は

にゃぅ~?

と、首を傾け、小さく鳴いてちょこんとお尻を下ろし、しっぽをふわっと巻きつけて座る。その姿は私の歌を本当に待ちわびているお客さんの様。ゴロゴロと喉を鳴らし、金色の瞳を輝かせ、こちらをじっと見つめてくる。


「ふふっ、今日が最後のライブだね。最後まで、楽しんで行ってね…」


目を指先で拭い、私は唄った。

マイク代わりに抱き締める月影の温もりと、アイドルスティックの様にぴょこぴょこと振られる茶虎の尻尾が、私にとって何よりのクリスマスプレゼントだった。




…灰色にくすんだ空の元、消え去った車を、茶虎は見つめ続けていた。

いつまでも、いつまでも—————


次回

第10話「操られた運命」

ルナは、もう戻らない。


ねこに甘えて、次回をお待ちください。



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