最終話 エピローグ
「ルドヴィカ・ベルツ夫人がいらっしゃいました」
「
ベルクヴァイン女侯爵としてアンネマリーは忙しい日々を送ることとなった。
そんなアンネマリーを、叔母ルドヴィカは頻繁に訪ねて来る。
「様子を見にきたの。調子はどうかしら?」
「いつも通り何とかやっています。ハンス氏やマイヤー夫人がいてくれるので」
「それは良かったわ。ところでお見合いの話があるの」
「またですか……」
このところ叔母が頻繁にアンネマリーを訪ねている理由は、アンネマリーに見合い話を持ってくるためだった。
大叔父アーベル・アルトナーたちが探して来た婿候補を、アンネマリーに打診するのが叔母ルドヴィカの役目だった。
「結婚は今はまだする気になれません、と、大叔父様たちにお伝えください」
元婚約者のクリストフの不誠実さ、その変わり身の早さを見たことで、アンネマリーは男性不信になっていた。
ちなみにクリストフは、ライナー伯爵家から除籍されて平民になった。
クリストフが今はどこで何をしているのかアンネマリーは知らない。
興味がないから。
「世の中あんなクズばかりじゃないのよ? アンネマリーはクジ運が悪かったの。素敵な男性だっているわ。ねえ、会うだけ会ってみない?」
叔母はひとしきり、今回持って来た見合い相手の令息の宣伝をした。
「叔母様や大叔父様は侯爵になろうと思わないのですか? 私より叔母様たちのほうがよほど侯爵にふさわしいと思うのですが」
叔母とのおしゃべりを楽しんでいたアンネマリーは、ふと、叔母に尋ねてみた。
アンネマリーより、叔母や大叔父たちのほうがよほど侯爵に向いているように思ったからだ。
叔母ルドヴィカも大叔父アーベル・アルトナーも侯爵家直系だ。
爵位を継ごうと思えば継げる血筋だった。
「アーベル叔父様は今更侯爵なんてやりたくないんじゃない? 事業で成功なさっているし、貴族の伝手も充分持っていらっしゃるもの」
「そうなのですか?」
親族たちの事情を今まであまり知らなかったアンネマリーが首を傾げると、叔母ルドヴィカは説明してくれた。
資産家の娘と結婚した大叔父アーベル・アルトナーは事業で成功した。
またアーベル・アルトナーの息子や娘たちは貴族の子女と結婚しているので、ベルクヴァイン侯爵家以外の貴族にも伝手がある。
「アーベル叔父様はお金も地位も伝手もお持ちだもの。この上、わざわざ自分が侯爵になろうなんて思わないわよ。侯爵位は誰かに任せて、後ろ盾になってもらえたほうがラクができるって思っているわよ?」
「そうなのですか?」
「きっとそうよ。私がそうだもの」
叔母ルドヴィカは面白そうに笑った。
「私は自由に生きたかったのよ。お金さえあれば、貴族より平民のほうがよほど自由に暮らせるのよ」
「平民の生活は大変だと聞きましたが……」
「それは貧しい平民よ。お金がある平民は貴族より悠々自適に暮らしているわよ」
明るく快活な叔母ルドヴィカは得意気に平民の自由を謳うと、眉を下げて貴族の不自由を語った。
「それに引き換え、貴族は年中、堅苦しい式典に強制参加させられて、表面上のお付き合いに時間の大半を持っていかれるわ。家の体面を保たなきゃいけないから大変よ。まあ、名誉ではあるけれど。私は名誉よりも自分が楽しく暮らせるかどうかのほうが大事だったの」
叔母ルドヴィカはアンネマリーににっこりと微笑みかけると、悪びれずに言った。
「アンネマリーに侯爵家を任せるのは申し訳ないとは思っているわ。でもその代わりいつでも力になるから、許してね。私たちは家族なのだから困ったことがあったら何でも相談してちょうだい」
「……平民になったあの男は、悠々自適に暮らしているのでしょうか」
アンネマリーが言う『平民になったあの男』とは、ライナー伯爵家から除籍されて平民になった元婚約者クリストフのことだ。
「お金があればの話よ。悠々自適に暮らせるのはお金がある平民。ライナー伯爵家はあの男に働き口は与えたけれど、金銭援助はしていないから、生活は厳しいと思うわ」
「それなら良かったです」
アンネマリーはうんうんと頷いた。
「ところでお見合いの話だけれど……」
「はあ……」
「もう、アンネマリーったらやる気がないわね。アンネマリーはモテるんだから選び放題なのに」
「私が女侯爵だから、爵位目当ての方々にモテてるんですよね?」
「アンネマリーが美人だからモテるのよ」
「……」
アンネマリーは悟りの境地に至った僧侶のような静謐な表情を浮かべた。
「……」
「アンネマリーったら、信じていないわね?」
「私は地味でぱっとしない女なので」
「何を言っているの。自分を卑下するのはおよしなさい。貴女は美人よ」
叔母は息巻いてアンネマリーに反論して来た。
「アンネマリーは母親似よ。私の姉に似ているの。私と姉も似ているの。つまりアンネマリーは私と似ているのよ?」
叔母は堂々と言い放った。
「私に似ているんだから、美人に決まっているじゃない」
「……そうですね……。叔母様が羨ましいです……」
「美人なのだから堂々としていなさいな。ベルクヴァイン侯爵家の威光と財力で最上のドレスを仕立てて、最高の宝石を身に着けて、皆の目を眩ませておやりなさい」
「権力と財力の力を借りて輝くんですね」
「身分や財産だって立派な魅力よ。見せつけてやれば良いわ。夜会は戦場よ。来月の公爵家の夜会には出席するのでしょう?」
「はい」
「エスコートは誰に頼むの?」
「テオフィルがエスコートしてくれることになっています」
「もうテオフィルと結婚してしまえば?」
「そんな、雑な……」
アンネマリーはこうして叔母と他愛のないおしゃべりをする時間が好きだ。
前向きな叔母とおしゃべりをしていると、深刻に悩んでいることが馬鹿々々しく思えて来て心がだんだん軽くなる。
「叔母様って本当に自由ですよね」
「あら」
叔母はあっけらかんとして言った。
「アンネマリーだって自由よ」
――完――
虐げられたアンネマリーは逆転勝利する 柚屋志宇 @yuzuyashiu
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