第8話 無関心だった父に伝えたいこと
「父が私に手紙を書くなんて……」
ベルクヴァイン侯爵家乗っ取り事件の実行犯、後妻マヌエラとその連れ子イルザは公開処刑となることが決まった。
マヌエラの縁故で雇われた家令と家政婦長も公開処刑が決まった。
マヌエラの縁故で雇われたメイドたちには懲役十五年が科せられることが決まった。
懲役は強制労働のある刑罰だ。
ベルクヴァイン侯爵家乗っ取り事件の主犯、侯爵代行だったアンネマリーの父トビアス・ベルクヴァインには禁固二十年が言い渡された。
トビアスの実家ブラント伯爵家は、トビアスの処刑を望んだが叶わなかった。
「今までずっと、私のことを無視していたのに……」
マヌエラとイルザの処刑が決まると、アンネマリーの元に、貴族牢に入った父トビアス・ベルクヴァインから手紙が届いた。
手紙にはマヌエラとイルザの命を助けてやって欲しいということと、アンネマリーと会って話がしたい旨が書かれていた。
「今更ですよね……」
アンネマリーがぼやくと、叔母ルドヴィカは爽やかな笑顔で言った。
「行く必要ないわよ。自業自得なのだから放っておきなさい」
「……会いにいってみようと思います」
「今更、情がわいたの? あの男は保身を考えてベルクヴァイン女侯爵に頼みごとをしたいだけで、貴女に情なんか持っていないわよ」
「父が私に情を持っていないことは解っています。でも、父に、伝えたいことがあるんです」
◆
アンネマリーは父に会うために、貴族牢へ行った。
貴族牢の面会室で、鉄格子をはさんで父と向かい合った。
「マヌエラとイルザを助けてやってくれ。せめて命だけでも……」
そう言う父に、アンネマリーは冷たく言い返した。
「私の話は聞いてくれたこともないくせに? 自分の話は聞いて欲しいというの?」
「そ、それは、忙しくて……」
「愛人と遊ぶのに忙しくて?」
「ち、違う! いや、悪かった。反省している。これからはお前ときちんと向き合って話をする」
「もう必要ないわ」
「お前が怒るのは当然だ。だがこれは人の命がかかっていることだ。大事な話だ」
必死の形相でそう言う父に、アンネマリーはコテンと首を傾げてみせた。
「私がマヌエラさんに打たれたり、屋根裏に押し込められて家政婦長に鞭打たれたりしたのは、聞く価値のないささいな事だったと言うのね?」
「アンネマリー、私が悪かった! すまない! 謝る!」
「口先だけの謝罪なんていらないわ。結構よ」
「本当に反省している。でもお前は生きているじゃないか。マヌエラとイルザは命がかかっているんだぞ」
「私には関係ないわ。お父様が私のことなんかどうでも良いと思っていたのと同じくらい、私にはマヌエラさんとイルザさんのことなんてどうでも良い事よ」
「イルザはお前の実の妹だ!」
「だから何?」
「妹が死んでしまうんだぞ!」
「私がお母様のお腹にいるときに、お父様が浮気して出来た子が死んでしまう? それで?」
「お前はどうしてそんなに冷たいんだ!」
「あら、お父様ほど冷たくないわよ?」
アンネマリーは淡々と言った。
「マヌエラさんとイルザさんはお父様のせいで処刑されるんですもの」
「ふざけたことを言うな!」
「お父様が侯爵家にマヌエラさんとイルザさんを連れて来たりしなければ、今でもマヌエラさんとイルザさんは元気に暮らしていたのではなくて?」
「……もっと良い暮らしをさせてやりたかったんだ。こんなことになるんて……」
「侯爵夫人にしてやるなんて、嘘を吐いてまで?」
マヌエラは後妻として侯爵家に来たが、アンネマリーの父トビアスはマヌエラと結婚していなかった。
それはそうだろう。
貴族と平民の結婚は認められない。
父が侯爵代行をやめてベルクヴァイン侯爵家を出れば、平民としてマヌエラと結婚できた。
だが父はそれをしなかった。
父は侯爵代行のままでマヌエラとイルザと暮らすことを選んだ。
両方の美味しい部分を手にいれようとしたのだ。
その結果、マヌエラは自分が侯爵夫人になったと信じていたが、侯爵代行の愛人でしかなかった。
「マヌエラさんが調子に乗ったのはお父様のせいでしょう」
「まさかあんなことをするなんて思っていなかったんだ!」
「あら? ハンスから報告を聞いたはずよね」
ハンスはベルクヴァイン侯爵家の元家令だ。
「報告をしたハンスを、お父様は解雇してしまったけれど」
「そ、それは……」
「お父様がマヌエラさんとイルザさんを死地に連れて来たのよ。平民の分をわきまえて慎ましく暮らしていれば、侯爵家のお金でそれなりに優雅に暮らしていられたものを……」
アンネマリーは、父に伝えたかったことを伝えた。
「お父様のせいで、マヌエラさんとイルザさんは処刑されるの」
◆
貴族牢に入ったトビアス・ベルクヴァインが、病死したと発表された。
「病死は建前ですよね?」
アンネマリーがそう問いかけると、叔母ルドヴィカは微笑んだ。
「そうねえ。これは独り言なのだけれど、そういえばブラント伯爵は一族の面汚しであるトビアスの処刑を強く望んでいたわねえ」
「じゃあきっと病死ですね」
「そうよ、病死よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます