第4話金色の尾が揺れた夜

政宗さんの屋敷で迎える二日目の夜。

 夕食を終えて部屋へ戻る前、政宗さんが私の名を呼んだ。


「椿様。少し、外を散歩しませんか?」


 夜の散歩なんて、八代家では許されなかった。

 けれど政宗さんの声には逆らえなくて、自然とうなずいていた。


「……はい。行きたいです」


 そう言うと、政宗さんは嬉しそうに目を細めた。

 その瞳があまりにも綺麗で、胸の奥がじんと熱くなる。



 屋敷の庭は、月光に照らされて幻想的だった。

 薄い霧が地面を這うように揺れている。

 夜風は冷たいのに、不思議と寒くなかった。


 政宗さんが隣にいるだけで、まるで空気の温度が違うみたい。


「椿様。……怖がらないで聞いていただきたい」


 政宗さんが足を止めた。

 私の方を向き、そっと手を伸ばす。


「私は、貴女に本当の私を知っていただきたいのです」


「本当の……?」


 問い返すより早く、風が止んだ。

 庭全体が静かになり、何かが満ちていく気配がした。


 次の瞬間――


 月が揺れたように見えた。

 いや、違う。政宗さんの身体から、金色の光が溢れ出したのだ。


 光がゆっくりと形を変え、彼の背後に――大きな尾が現れる。


 一本、二本……

 九本の尾が夜空を切り裂くように広がっていく。


 その光景は恐ろしいほど美しくて、私は息を飲んだ。


「……これが、私の真の姿。九尾――政宗です」


 九本の尾がゆらりと揺れ、その金色の光が私を包み込む。


 怖くない。

 むしろ、懐かしい。

 胸の奥がざわざわして、涙が浮かびそうになる。


「椿様。あの日も……この姿で、貴女に助けられました」


 政宗さんがそっと私の手を取る。

 その手は温かくて、震えていたのは私の方だった。


「本当に……私が?」


「ええ。貴女は小さな手で、必死に私の尾を押さえてくれた。

 涙で顔をぐしゃぐしゃにして、震えながら……それでも逃げなかった」


 ――その言葉と同時に、頭の中に光景が流れ込んできた。


 泣きながら九尾の尾を抱きしめる小さな私。

 金色の目で怯えながらも、手を伸ばす私。

 そして、私の手に触れた瞬間に静かになる九尾――。


「……っ、思い出した……」


 喉の奥が熱くなり、涙が溢れそうになった。

 どうして忘れていたんだろう。

 ずっと昔、確かに私はこの光に触れたのに。


「椿様、泣かなくていい。恐れさせたわけではありません」


 政宗さんがそっと、私の頬に触れた。

 指先がやさしく涙を拭う。


「貴女のおかげで、私は救われた。

 だから――貴女が出来損ないなんて、絶対に言わせない」


「……政宗さん……」


「椿様。私はここで誓います。

 貴女を守り、支え、二度と孤独にはさせないと」


 その言葉に胸が震えた。

 今まで誰からも言われたことのない、あたたかい言葉だった。


「怖くないですか? この姿の私が」


「……怖くないです。むしろ……少し、安心するんです」


 自分でもなぜそんな言葉が出たかわからない。

 けれど、九本の尾の光に包まれると、心が落ち着くのだ。


 すると政宗さんは驚いたように目を瞬かせ、そしてゆっくり微笑んだ。


「……そう言われるのは、初めてです」


 九尾の尾がふわりと私の背中を包む。

 あたたかくて、まるで抱きしめられているみたいだった。


「椿様。私は貴女を……ずっと傍に置いていたい」


 金色の瞳が、真っすぐに私だけを見ていた。

 夜風の中、その言葉が胸の奥にじんわりと染み込んでいく。


 ――私は、この人のそばにいたい。


 気づけば、自然とつぶやいていた。


「……私も、もっと……政宗さんを知りたいです」


 政宗さんの尾がわずかに揺れ、彼は小さく息を吐いた。


「光栄です。椿様」


 その声は震えていて、でも誰より優しかった。


 その夜――

 私は初めて、政宗というあやかしの“本当の姿”に触れた。

 そして心のどこかで確信した。


 この人は、私の人生を変える。

 出来損ないだと言われ続けた私を、初めて肯定してくれた人だから。

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