第3話 政宗の優しさと、見えない力

あれから、何日が経っただろうか。

 政宗さんの屋敷に来てからというもの、私の毎日は穏やかで……まるで夢を見ているみたいだった。


 朝になると、政宗さんが廊下を歩く音がする。

 それを聞くだけで、胸の奥が少しくすぐったくなるのが自分でも不思議だった。


「椿、朝食は一緒にどうだ?」


 少し低い声。だけど、どこか優しい響きがあって。

 八代家で『出来損ない』と言われていた私には、そんな声を向けられることがなかったから、思わず胸が熱くなった。


「……はい、行きます」


 おずおずと答えると、政宗さんは小さく微笑んで手を差し伸べてくれた。

 その仕草が自然すぎて、まるで昔からそうしてきたように思えてしまう。


 食卓には見たこともない料理が並んでいた。見た目は華やかだけど、どこか懐かしい匂いがする。

 口にすると、不思議と涙が出そうになった。


「どうした?」

「い、いえ……おいしくて……」

「それはよかった。貴女が笑ってくれるなら、それだけでいい」


 そんな言葉をさらりと言われて、胸がぎゅっと締めつけられた。

 どうしてこの人は、私なんかにこんなにも優しいんだろう。


 政宗さんは、いつも私のことを『九尾様』と呼ばない。

 それが、少しだけ嬉しかった。まるで、今の私をちゃんと見てくれているようで。


 けれどその日の午後、少し不思議なことが起こった。


 屋敷の中庭を歩いていると、小さな光がふわりと舞っていた。

 最初は埃かな、と思った。でも違う。淡く金色に輝いていて、まるで……生きているみたいだった。


「これ……何だろう?」


 そっと手を伸ばすと、その光が私の指先にふれ、そして消えた。

 触れた場所が、ほんのり温かい。


「――やはり、貴女の中に残っていたか」


 声の方を向くと、政宗さんが穏やかに微笑んでいた。

「政宗さん、これ……私の、ですか?」

「そうだ。貴女の魂には、昔、九尾と深く繋がった『力』が眠っている。私はそれを感じ取っていた」


 私は驚いて言葉を失った。

 「力」なんて、私には縁のないものだと思っていた。出来損ないの私は、あやかしを一体も操れなかったのに。


「でも……私、何もしてません」

「ただ、優しくあろうとした。それだけで十分だ。あやかしは、そういう心に惹かれるものだから」


 政宗さんの言葉は、静かに心の奥に染みこんだ。

 そういえば――あの舞踏会の前、私は倒れていた少年を助けた。

 あの子の涙を拭ってやった時も、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 あれも……もしかしたら、この力のせいだったのかもしれない。


「椿、貴女の優しさは『弱さ』じゃない。力だ。それを、どうか忘れないでほしい」


 そう言って政宗さんは、私の髪にそっと触れた。

 その指先があまりにも優しくて、涙がこぼれそうになる。


 出来損ないなんかじゃない――

 初めて、そんな風に思えた夜だった。

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