第2話
小泉が言う
「続いては、白組で、演歌歌手、天竺よしみさんです」
着物姿の老婆が立っていた。
観客の老人たちが、ラブコールを送っている。
「天竺さんは、この白黒つけようや歌合戦の顔と言ってもいいですからねえ」
「出場回数が、なんと、13回となっております」
「いやあ、すごいですねえ」
長年活躍してきただけあって、その貫禄はすさまじいものになっている。
「曲は、ガンジス川の流れのように、です」
「ゆるりーゆるりーららー」
天竺は、自分の持ち歌でその場の空気を掌握し、ファンのみならず、その場にいる者を魅了していた。
しかし、若い者には、あまりなじみのないので、その時間はスマホを見るか、部屋にこもるかになっている。
テレビを見るという習慣自体もう、過去の遺産となっているのだ。
JHK(ニッポン放送局)は、白黒つけようや歌合戦の数か月前から、出演者の制定を行う。
その基準は、非公開となっているが、基本的に傾向として、大御所やその年にヒットしたアーティスト、などがあるが、某アイドル事務所が、性加害問題を起こした際、そのトップの対応が不適切であったとして、JHKは、某アイドル事務所の出演タレントの出演を見送った。
また、JHKは、広告には頼らず、日本国民からの受信料と言う名の、強制サブスクで、金をとっている。
「天竺さん、ありがとうございました!来年もまたお願いします」
天竺よしみは悠然と去っていった。
審査員のコメントも、予定調和的なモノばかりであった。
「さすが天竺さんですね。来年で60周年で、私が生まれるより前から活躍されているところが...」
「私のおばあちゃんより、長生きしてますよ」
「これからも活躍してほしいですね。天竺さんは、日本の宝ですよ。いつ聞いても感動します」
テレビで見ていたお父さんが叫んだ
「なんで、韓国アイドルが出とるんや、これ日本のテレビやで!」
「まあまあ、お父さん。彼女たちも日本で活躍してるんですから」
康子がお父さんをなだめる。
「民放は、それでええかも知らんけど、JHKやで、公共放送やで」
小泉は淡々と告げた。
「続いては、黒組、女性韓流アイドルのレガシーです」
「アニョハセヨ」
韓流アイドルたちは、全員同じような顔をして、同じような衣装を着ていた。
同じような髪型だ。
黒を基調としたもので、歌詞に日本語が一切入っていない。
キレキレのダンスで、動きまで同じだった。
沙希は、その時だけ、リビングに戻ってきた。
「あんた、このアイドル好きやなあ」
「だって、みんなかわいいやん。将来こんなんになりたいわ」
「私にとっては、沙希が世界一可愛いで」
「お母さんのとってやなくて、世界の人に可愛いって思ってほしいんや」
「お願いやから、生まれ持った顔にメスを入れるのだけはやめて頂戴ね」
沙希はレガシーのパフォーマンスが終わると、とっとと自室に戻った。
「あんな顔の何がいいのかしら」
沙希も康子も、韓国が整形大国であることは、百も承知なのだが、康子には、整形をすることに抵抗があった。
沙希は、一重で悩んでいた。そのことは、康子も知っているが、自分のお金で何とかしなさい。と言いつつ、未成年で、整形をするには、親の同意を得なければならないので、お金を持ってきたところで、未成年の内は許可しない方針だった。
「まるみな体調悪いんだから、へらへらすんじゃねえ!!」
控室では、大山由美の怒号が放たれた
「それでは、AK-47さん。本番お願いします」
ディレクターが声を掛けると、大山は、にこっと笑顔になり返事をした
「はーい」
そして、ディレクターが出ていくと、大山は真顔になり
「野原、こっちこい」
ショートカットの野原伊織は、大山に呼ばれると、腹を殴られた。
「お前、売れてるからって調子のんじゃねえぞ」
野原の腹は、核爆発が起きたような衝撃で、胃の中の者をぶちまけそうになったが、それをこらえた。
「おい、吐くんじゃねえぞ。衣装が汚れるからな」
周りの者は冷ややかに笑っていた
「さあ、お待たせしました!AK-47さんで、風呂キャンだけじゃ、ダメですか?です。それではどうぞ」
カメラの外では、小太りで、四角い黒縁メガネをかけた、秋山清というプロデューサー兼作曲家が来ていた。
スーツを着ながら偉そうに、腕を組んでみている。
その隣では、複数人の大人が来ていたがその正体は不明だ。
「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃー」
「風呂キャンだけじゃ、ダメですか?」
人数は、47人いる。
動きは先ほどの、韓流アイドルと違い、バラバラであった。
「去年の曲と一緒じゃない?」
康子はそうつぶやいた。
「君のことが好きー」
秋山よ...歌詞のレパートリー無くなってきたんか?
「いやあ、圧巻のパフォーマンスですねえ」
「今年もかわいかったですねえ」
「何と会場には、柴田茂氏も来ているようです」
秋山清の隣に座っていたのは、柴田という、政治家の男だった。
「国民の皆さん。よいお正月をお迎えください」
政治家スマイルで、演説をし、秋山に連れられて何故か席を立った。
控室に、秋山と柴田が入ってきた。
「君たちお疲れ」
秋山はなれなれしく、メンバーを抱擁していく。
「ありがとうございます」
彼女たちは嬉しそうにそれに応じる。
ひとしきりそれを終えた後、秋山は、野原を見た。
「野原くん。この後時間ある?」
「は、はい」
「柴田さんと食事をしよう!」
「え、他のみんなは...」
すると、他のメンバーが
「いやいや、伊織が呼ばれたんだから。遠慮せずに行っといで」
「そうよ!」
野原に拒否権があるはずはないのだが、他のメンバーの手前、一度は逡巡するふりをしなければならないのだ。
「喜んでいかせていただきます」
それを聞いた柴田は、満足げに野原の肩を抱いて、秋山と共に部屋を出た。
野原は精一杯笑顔をするように、そして、相手の気を悪くしないように努めた。
高級レストランで、料理に舌鼓を打つがとても味がしたものではなかった。
「君の活躍はいつも見ているよ」
「えーほんとですか、それは光栄です」
高級レストランでひとしきり、終えた後
「僕と特別な場所に行こうよ」
柴田は、にちゃあと笑って、野原に言った。
秋山の手前、無下にすることもできず、それに応じた。
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