灰色の狂騒曲

パンチ☆太郎

第1話

「そろそろ堅持帰ってくるから、ご飯の用意しなさい」


 康子は、娘の沙希に言った。


「はいはい」


 自室で寝そべっていた高校生の沙希は、のっそりと階段を降り、キッチンに置いている食材を、こたつに運んだ。


「お父さん、机の上かたして!」


「へいへい」


「ただいま」


「おかえり、堅持」


 大荷物をもって、背の高い堅持は帰ってきた。


「あんた、東京に行ってすっかり色気づいたなあ」


「そんなことあらへんよ」


 上着を脱ぎ、自室に置いた。


「ごはんどうするよ」


「先食べるわ」


 手を洗い、一年ぶりに食卓を囲む。


「やっとるなあ、今年も」


 お父さんは、白黒つけようや歌合戦をつけた。


 どこの家も、チャンネル権は父親にあると相場が決まっている。一昔前は、チャンネル権をめぐって争っていたが、そのような光景も現代では見られなくなった。


 堅持と沙希は、あまり興味を示そうとせず、冷ややかに、家にある唯一の大きなテレビを見ている。


「知らん人が出てるねえ」


 康子がそういうと、Odoという名前のアーティストが、出演しており、それが目立っていた。


 なぜなら、他の出演者と違い、顔出しをしていないのだ。


 堅持と沙希は目を伏せた。


 この後起こる惨状を知っていたからである。

 

 予定調和の司会が始まった。


 タイトルロゴの白黒つけようや歌合戦。


「さ、今年も始まりました。白黒つけようや歌合戦。司会の小泉洋一です」


「アシスタントの今山田いまやまだです」


 タキシードを着た中年の朝ドラ俳優とドレスを着た女優の今山田が司会進行を務める。


「いやあ、今年も豪華なアーティストが集まってますねえ」


「今年もどうなるか楽しみです」


「早速、参りましょう。白組のOdoさんで、曲名は、国家転覆です」


 この曲は、人気の海賊アニメの主題歌であった。


「私の夢は、国家転覆!打倒政府!打倒政府!霞が関の古だぬきどもの好きにさせるな!若者よ!転覆を抱け!」


 堅持の食卓は凍り付いた。


 普段ヤジを飛ばすお父さんも、くちをあんぐりとあけて、見守っているだけであった。


 康子は、ご飯を口に入れた後、二度見し、コップを倒して、おちゃをこぼしてしまい、SNS世代の堅持と沙希は、同じことを思っていた。


「何でこんなやつキャスティングしたんだ...」


 司会の男は言った。


「いやあ、いい演奏でしたね」


「そうですね。私、Odoさんのファンなんですが、これは、ライブで聞くよりも圧巻のパフォーマンスでした」


「さあ、審査員の方、点数をお願いします」


 坂本隼樹(プロ野球選手)10点。

 尾崎梅蔵(演歌歌手)8点

 倍賞美巳子(女優)8点

 富士の里(力士)4点

 山本紅葉(女優)7点

 

 という点数を付けた。


「え、え、あれ?」


 坂本は困惑した顔をした。


「いやあ、非常にいい演奏でしたね。感情の琴線に触れたというか...」


 坂本はそのようにコメントを残した。


 お茶の間では...


「LIVEって書いてあるけど、CDっぽくない?」


 という声があり、SNSでも、そのような投稿が目立った。


「坂本は何で、そのような点数付けたの?」


 ご飯を食べ終えた、先は自室に戻った。


「せっかくお兄ちゃん帰ってきたのに...」


 康子はそう言うが、堅持は、気にしていないようだ。


 康子は部屋に戻り、SNSを見ると、坂本がとある女とのLINEが流出したことがニュースになっている。


「10分遅れたね。けつのあな確定な」


「渋滞だたよ。あれいや、痛い」


 女はだったよ、と言いたいのだろうか。スマホを操作しながら運転でもしているのか、誤字が目立っている


「だめ。決まり。おえおうさせたい」


 そのような内容に、沙希は吐き気を催した。


「誰とのLINEだろう」


「あからさまに、白黒で、高い点数付けてたOdoだろう」


 そのように言われていた。


 坂本は、数日前、レコード会社の社長と会っていた。


「坂本さんって、白黒つけようや歌合戦の審査員なんですよね」


「何で、そんなことを...」


 その時はまだ発表されていなかったが


「この業界に伊達に長くいるわけじゃないですよ」


 レコード会社の社長は、坂本との優位性を示すかのような口調で言った。


「そうですか」


 しかし、坂本は、レコード会社の発言の意図を理解しないまま、言葉の通り解釈をし、返事をした。


「うちのOdoですけどね。いい点数付けてほしいんですよ」


「ええ」


「けつのあなOKらしいので、お願いしますよ」


 坂本はにちゃあと笑みを浮かべた。願ってもない話だ。なぜ自分のへきを知られているのか分からないが、ともかく、Odoの連絡先を聞き出し、数日密会した後、過激なプレイを求めるようになった。

 

 小泉は言った。


「さあ、どんどん参りましょう。続いては黒組、もふもふさんで、猫に嫌われているです」


 またまた、暗転し、アニメ絵が、スクリーンに現れた。この曲は、ボカロであり、人を不快にさせる周波数で、曲が演奏されている。


「僕らは、猫に嫌われている」


 曲の冒頭が始まると、お茶の間は、再び凍り付き、絶対零度となった。


「友情も、愛情も、感情も、いらなーい。猫に好かれたいけど、僕らは猫に嫌われている♪」


 早く時間が過ぎ去ってほしかったが、世のお父さんはチャンネルを変えなかっため、その空気に耐えられなくなった自室を持っているものは、一斉に、そこに籠ることになった。


 歌詞の内容のみならず、その音までも、下劣であった。これだったら、問題を起こした歌手が歌う方が国民感情的にはまだましであった。


 画面の左端には、「Z世代に大人気!SNSで話題沸騰の曲を、白黒初披露!」と書かれている。


 Z世代の子供たちは、親に質問された。

「この人って、どんな人なん?」


 親は悪気なくこの質問をしている。Z世代に人気とうたい文句があるからだ。しかし、世代は違っても、もふもふに対する認識は同じで、親と子の差は、そいつのいる世界について、ネイティブであるということだ。


 この素朴な親の質問が、地獄の質問となった。


「なんで、こいつをキャスティングしたんだ?」

 

 

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