第2話:停学処分からのスタート

SNSで急速に拡散されたデモの映像には、優里奈が赤い頭巾をかぶり種を蒔きながら行進する様子や、慶史が主催者としてローカルなメディアのインタビューに答えるシーンが含まれている。


「これ、そもそも何のデモ?」


「花の種蒔きは新しいな」


「面白い好き」と賛否両論のコメントがSNSで飛び交っていた。


 映像の再生回数が数万回を超え、そのデモが行われた地元である学校内でも当然として噂になっている。


 クラス中でデモの映像をみんなで閲覧している。アジ演説をする声は慶史の声だが、クラスメイトはまだ気が付いていない。


 ただ、友人の名倉と原田だけは、事前に慶史がデモをする事を知っていたが、大事になりすぎて公言できず、内心ハラハラしている。


 廊下では、「赤い頭巾の女子、うちの生徒らしい」「停学になるかも」という話題が飛び交っていた。


「こちとら合法でデモやってるんだ。停学になる謂われはない」


 原田と名倉と慶史は教室から出て、下駄箱でひっそり会話をしていた。


「だけど、学校側は多分許さないだろ。さっき職員室の前通ったとき、教頭っぽい人とかめっちゃ怒ってたし」


「慶史はバレてなさそうだけど、この赤い頭巾の子は停学になるだろ」


「うん、バズったときにそれは思った」


 そのとき、前方の下駄箱から優里奈が現れる。


 赤い頭巾はしていないため、若干クセのあるウェーブがかったショートヘアが露わになっていた。


 優里奈は周囲の視線を全く気にする様子もなく、「あっ、超限外部さんやん!」と自然に声をかけてくる


「学校でその名前で呼ぶ事は地獄に突き落とすのと同義だぞ」と、顔を赤くして注意する慶史。


「あっ! あの動画の……」


 名倉が言いかけた途端、校内放送が流れる。


『一年三組、間地! 至急、生徒指導室に来なさい!』


 慶史は「やっぱりそうなるか」と心の中で苦笑し、「あちゃー」と声を漏らす。


 生徒指導室は慶史たちが立ち話をしていた下駄箱のすぐ近く。


 優里奈は一瞬立ち止まるが、「5秒で来ました!」と軽快な声を上げながら颯爽とドアを開けて入室していく。


 それを見た原田が「あの女、強ぇな……」と声を漏らす。


※ ※ ※


 校舎の外から生徒指導室の窓の下に身を隠し、中の会話を聴く慶史。


 クラスのホームルームが始まるまで、後15分はあるため、それまで様子を見てみようと思ったのだ。


 慶史はデモの主催者としてやはり責任を感じている。


 植え込みに身を隠して慶史は息を潜めていると、中から教師の怒号と優里奈の飄々とした声が聞こえてくる。


「あのデモについて詳しく説明してもらうぞ!」


「説明ってご覧の通りデモです。誰がどう見てもデモですとしか」


デモは、憲法第21条に定められた「表現の自由」で保証されている国民の権利。自分達は生徒である以前に国民だから何の問題もない。慶史は自分ならそう言い返すだろうなと考えながら話を聴いていた。


「ふざけるな! あれだけの人目につく場所で、生徒の立場であんな目立つ行動をして、学校の評判がどうなるか考えたことがあるのか!」


生徒指導室の中から、教頭の叱責が聞こえてくる。


「例えばですよ。休日に私服でショッピングに出かけるのに、そんな事考えないじゃないですか」


 優里奈の声は相変わらず軽い調子だ。


「そんな事で評判が落ちるなら、この学校は既になくなってますよ。気にすることじゃないじゃないですか。それにこれは、地域活性化の一環みたいなものでしょ? 褒められはしても怒られる謂われはないです」


「地域活性化だと?」


「だって、デモを見て「地元って面白い人がいるんだな」って思った人もいるんですよ。それに、アスファルトの上に花が咲いたら、誰だって笑顔になりません?」


「そんな理屈が通用すると思っているのか!」


 教師たちの怒号が室内に響き、それに優里奈は応答。


「思っているから言っているんですよ‼ 馬鹿にしないで‼」


 さきほどの優里奈の飄々とした軽い態度とは裏腹に、突然の本気の怒号。


 教師も思っていなかった態度に呆気にとられた。


 慶史は植え込みの影から優里奈の態度に驚きつつも、心の中で拍手を送っていた。「こいつ、本当に凄ぇな」と思わず口元が緩む。


 しかし同時に、彼女がこのまま一人で責められ続ける状況に耐えられない自分もいた。


 そして、生徒指導室の攻防はヒートアップしていく。


「デモの責任者は誰だ? 子共一人でこれだけの行動を計画できるとは思えない。他に協力者の大人がいるんだろう!」


 教師の声に鋭さが増す。


 一瞬、優里奈の声が間を置く。しかしすぐに、彼女は軽い声で続けた。


「私です。高校生は一人でデモを起こせないなんて、かなり舐めてますね」


 優里奈はため息をつき、ゆっくりと声を落として答える。


 その言葉を聞いていた慶史は、「別に俺の名前出しても良かったのにな」と思うと同時に、妙な感情が湧き上がる。


 優里奈の態度が変わらない限り、教師たちはこれ以上追及を続けるだろう。慶史はこれ以上の展開を見ていられなかった。


――ゴンゴンッ!


 生徒指導室の窓からノック音が鳴った。慶史が叩いたのである。近くに居た教師がすかさず窓を開け「今取り込んでいるから」と説明をすると。


「そのデモを計画したの俺」


突然の展開に教師たちは、一瞬何が起こったのか分からず固まる。優里奈も驚きの表情を浮かべていた。


「警察署に届け出も出してます。自分で用意したビラを商店街でバラ撒きました。警察署に確認したら俺がデモの主催である事もわかるはずです」


 デモのポスターを作成するときに学校のプリンターを使った事は言わなかった。


 それはそれで問題だということになったら、生徒全員がプリンターを使えなくなる可能性もある。この学校の中ですら運動が展開しにくくなるし、今後の計画にも影響が出る。


「新一年生か……?」


 生徒指導の教師は顔を歪めながら、信じられないという表情で言った。


「そうです。一年一組、楜澤慶史。俺が企画しました。間地さんよりも俺を責めるべきです。全て俺が責任を取ります」


※ ※ ※


 二人は停学処分になった。


「学校の規則に反した行動を取った以上、当然の処分だ。二週間、反省してもらう」


 教頭がいかにも教頭らしい説教をかましながら宣告する。


 ――しかし。


「規則って、生徒手帳に「デモを企画しちゃいけない」なんて書いてないやん」


 慶史は顔色ひとつ変えずに指摘。


 教頭は一瞬ひるむも、すかさずこう返した。


「追記します」


 それに対して小声で慶史が「それ、後出しジャンケンやんけ、どんだけ卑怯で小物なんだコイツ」とぼそっと毒を吐く慶史。


 その横で優里奈は「まあ、妥当ですね」と軽く受け流し、慶史は「すんません」と軽薄に頭を下げた。


 この世知辛い対応を目の当たりにした生徒指導教師は、頭を抱えながら心の中で絶叫していた。


(今年の一年生ヤバすぎるだろ……なんでこんな突然変異のような高校生が湧いて出てくんだよ⁉ 誰だよ進化させた奴!)


「――デモは憲法で保障されてるし、公務員であるあなた方は憲法を遵守する義務がある。それに校則にも政治活動の禁止なんて書かれていない」慶史の主張に対して教頭達は聴く耳を持たなかった。


社会科教員は「憲法を持ち出すのは若いな」とニヤリとしている。


 廊下ですれ違う際、その社会科教師は慶史にこっそりこう言った。


「部分社会の法理……」


(なんだ? あの先生?)


 かくして、二人の停学ライフがスタートする。

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