青春ムーブメント!――デモを主催したら花の種をアスファルトに蒔きながら行進する女と出会った。

大部屋創介

第1話:個人的な悩みから運動を展開せよ!

「よし! ポスターができたぞ!」


楜澤慶史くるみさわ けいしが高校に入学して二週間目になる。


その日の放課後は、慶史が学校のパソコン室でとあるポスターを作成し、プリンターで作成したデータを印刷し、取り出した。


そこに慶史を挟むように二人の友人の名倉と原田が様子を覗いていた。


「おい楜澤、お前本当にこれやるのか?」


「あぁ、もう警察署に届け出も出してんだよ」


 先週の休日、警察署に行ってデモに関する届け出を提出したのである。


 題して「お前らデモをしろ!デモ」である。


「なんだこのふざけたデモは?」と警察にツッ込まれるも「でもー、デモしたいんですよー」と押し切って申請を強行したのであった。


「「お前らデモをしろ!デモ」って何だよ、意味分かんねえぞ」


友人の名倉が慶史に突っ込む。


「それがいいんだよ。意味分かんないけど叫びたくなる時、あるだろ?」


「いや、ないけど」


もう一人の友人、原田が言った。


「お前らは、平和ボケしてんだよ。この国には叫びたいことが山ほどあるんだ! たとえば、消費税高え! とか、電車で隣に座るおっさんの肘が当たるのウザい! とか、エロビデオのモザイクがムカつく! とか、なんで俺がモテないんだ! とか」


「しょうもねぇ主張ばっかりじゃねぇか! どこが社会問題?」


「どう考えても社会問題だろうが! つまり俺のモテなさは、個人の努力でどうにもならない。この腐った社会が生んだ悲劇なんだよ!」


 勢いよく言う慶史だが、友人の二人は微妙な顔をする。


「だからこそ、俺は声を上げるべきなんだ! 政治ってのはな、偉そうな政治家だけのもんじゃねえ、ましてや選挙とか言う人気投票をするもんでもねえんだよ。俺が、“モテねえ!”って叫ぶ。そんな権利があっていい! それが政治だ!」


「いや、それ叫んで何が変わるんだよ」と原田。


「変わるよ。心が」と慶史。


「スピリチュアル⁉」と名倉。


※ ※ ※


 慶史は学校の備品であろう印刷用紙を大量に使った。


 四〇〇枚ぐらい印刷したであろう。


 刷った大量のビラをシャッター街と半分化している商店街で細々と営業している店に声をかけてビラを置かせてもらったり、夜中に家を抜け出して、若者が居そうなロックバーなんかにも顔を出し、ビラを数十枚置かせてもらったりもした。


 店長からは「最近の高校生めっちゃロックやん!」と関心もされたりした。


 他にも若者が居そうなバーを何件か回って、お客さんに配って欲しいと頼んだが、政治運動に警戒する店の人が断ったりする場合もあった。


 他には近隣の大学を片っ端から回って、掲示板に無断に張り付けたり、いろんな教場にうっかり置き忘れたりもしたり、市の図書館にも行って社会運動関連の本や路上文化に関する本とかそれっぽい本に片っ端から挟み、無茶苦茶な方法でターゲット層に届くような工作を試みた。


※ ※ ※


 そうこうして、ビラをいろんなところにぶち撒けて、デモ当日がやってくる。


 その日は休日。昼間の駅前広場には、全身黒ずくめの服装に身を包み、サングラスで目を隠し、黒いタオルで口元を覆い隠し、黒いヘルメットで完全防備の慶史が立っていた。


「マイクテスト、マイクテスト……お前もテロリストにならないか⁉」


トランスメガホンから一発目の爆弾発言をぶっこんだため、周りにいた通行人が一瞬立ち止まり、引き気味の視線を送ってきた。


「いやいやいや! 俺はガチの奴じゃないから! 通報すんなよ! 署から届け出を出してデモやってんの! とりあえず笑えよ!」


 そんな必死なフォローを自分で入れる中、観客たちは興味半分で徐々に集まり始めた。


 集まったのはビラを見て興味を持った暇な大人や若い大学生達や、運動に関わるおじさんおばさん連中だ。


 一七人程度だろうか。「お前もテロリストにならないか⁉」のフレーズは通行人にはあまり受けが良くなかったみたいだが、事前に興味本位で見に来た人達は少なからず笑ってくれている。


 途中「動画を撮影してもいいですか?」と言われたので、「撮られたくない人もいるかもしれないから俺だけ撮ってね」と念押しして、カメラを回された。


 SNSで話題になれば仲間も増えるかもしれないし、次の活動にも繋がるであろう。


 デモのコンセプトはデモを各々でする事そのものを促す試みであった。


「えー私は高校生活動家の”超限外部“と申します。このデモはどんな主張でも構わない。とにかくデモをするんだという事を訴えるデモであります。私はこの社会に不満が語りきれないほどあります。一言で表現しきれないほど、たくさんの問題が社会にあります。退屈だ。金がない。モテない。これらはすべて社会問題であります! それらは個人の努力でなんとかなるレベルから、社会全体で解決しなければならないレベルまで多様にあります。社会運動とは個人の努力でどうにもならない問題を人々に主張し、仲間を集める事でもあります! そこで社会を変えるのにデモは効果的なのか? 皆さんの中でそんな疑問があると思います。列を為して街を練り歩く、そんな事をして何の意味があるのか! それはごもっともな意見であります。そんな事をしても社会は変わりません。政治に関心のない皆様にとっては、鬱陶しいコマーシャルにしか見られないでしょう! だが、偶然このデモを見かけた方、ある主張に強く共感を得た人が、その運動に合流し、連帯し、話し合い、自分達の悩みや問題に目を向ける。それが運動の基本路線だと私は思っています。今必要なのは選挙でもなければ、政治改革でもありません。皆様が独自に運動を始める事であります! もし、こんなデモはイヤだ。不気味だ。ダサい。そう思われるのであれば、あなたはあなたの楽しいデモを考えればいいのです。それぞれの主張を元に、それぞれのデモをどんどんして行くべきなのです!」


「わー」っと言うささやかな声とばらけた拍手が鳴った。


 周りを取り巻く連中は、チラシを目撃したであろう人達、バーでビラを観て面白そうで様子を見に来た中年から、「原発問題を争点に!」と書かれた横断幕を用意してきた本気の市民運動家から、暇つぶし程度にやってきた大学生連中である。


「このデモの主催者ですか?」


 おそらく参加者だろう。

 近づいてきたのは赤い頭巾を深くかぶった少女。慶史が見るに、自分と同級生ぐらいだろうかと。大きな籠を手に、慶史の前に立つ。


「おう、そうだ。主催の“超限外部”だ」


 彼女の手にある大きな籠が少し気になったが、それはさておき同級生ぐらいの女の子がデモに参加するのはテンションが上がる。


「じゃあ、あたしは“赤頭巾さん”とでも名乗りますね」


おそらく何処かでビラを見てきてやってきたのだろう。高校生でデモに参加をする意識が高い者はたまに居るが、地方だと珍しい。


「このデモは本当に何を主張してもいいの?」


「あぁ、本当に何でもいい。今から始めるけど、デモのコースはあっちの商店街を突っ切って、グルっと街を一周して芝生の広場がゴールになってるけど、とにかくこのデモはデモそのものを楽しくやるのが目的だから、何でもありです。行進するとき順番にトラメガ渡していきますね」


そうこう説明をし、デモが開始された。


「シュピレヒコール!」


デモのコールの第一声は慶史であった。


「路上の表現を解放し、デモを乱立させるぞー!」

「行政に立てつく強い市民が住む町を作るぞー!」

「政府は退屈な社会を作った責任を取れー!」

「俺はモテねーぞー!」

「金もねーぞー!」


 主張がどんどん個人的なレベルになっていき、参加者は「え? そんなレベルでもいいの?」となったが、なんやかんやでノッて行ったデモ隊は各々でトラメガを受け取って主張を始めた。


「ゼミの教授は単位をよこせー!」

『ゼミの教授は単位をよこせー!』


トラメガで主張した大学生のシュプレヒコールを慶史が復唱すると、便乗して他の者も復唱し始めたのである。まさにデモの形式そのものであるが、主張がなかなかマヌケなため、なかなかシュールな光景になっているのである。


「バイト先の中山先輩は、俺に奢れー!」「そうだー!」「中山は彼に奢れー!」


「私の彼氏は浮気をやめろー! 休日は私とデートをしろー!」「ナンセーンス!」「彼氏は浮気をやめろー!」


とてもデモとは思えない主張の数々であるが、思っていたより形になった事で慶史は一安心した。


(そうだ。さっきの赤頭巾の女の子は……)


 慶史が赤い頭巾の少女に目をやると、少女は籠の中にぎっしりと詰まった植物の種を取り出し、アスファルトの地面に蒔きながら行進をしてたのだ。


(な! 花ゲリラだったのかよ! あの籠には花の種が入ってたのか!)


 花ゲリラとは、街の至るところに勝手に花を植えるという非合法な運動である。


 知識としては、そういう運動がある事は知っていたが、デモ行進で種を蒔く人は初めて見かけたのである。


 そしてなんと言っても少女の表情である。


 満面の笑みで心の底から楽しそうに種を蒔いているのだ。


(やべぇ、この女、最高かよ……!)


 慶史は彼女に見蕩れていた。


 デモで花の種を蒔いて行進をするという、それは慶史にとって最高にセンスがよかった。


 そこで慶史は、トラメガをこの子に渡したらどんな風なコールをしてくれるだろうか。どんな風にアジってくれるのだろう。そう思い、トラメガを彼女に渡した。


 トラメガを受け取り、近くにいる人に籠を持ってもらい、彼女は叫んだ。


「世界中を花で満たし、争いのない世の中を実現させるぞー!」

「人類は環境汚染をやめて、植物を植えろー!」

「日本をお花畑にしてしまえ!」

「利益も欲望も思考も捨てて、脳内から身体中から全て花畑になってしまえ!」

「お前らには植物の声が聞こえないのか⁉ こんなにも助けて! 助けて! と悲鳴を上げているんだぞ!」

「今すぐ人類は環境汚染と戦争をやめて、全員で土に還る準備をしろー!」


 彼女は過激な平和主義者そのものであった。


 慶史としては「最後のはさすがにネタだよな⁉」となったが、しかし、このぐらい極端な事を言ってくれた方がデモとしても大きく盛り上がるし、話題にもなる。


 デモ行進の終点である芝生広場に着いた。


「これで本日のデモは終了となります。しかし、ここからが本番なのです! デモをして解散をしただけでは意味がありません。この広場で各々で交流会を致しましょう。デモが終わった後、意見交換をする場所がないと運動の意味がありません。社会人の方は近くのコンビニでお酒を買ってきて飲み会を勝手に始めてください。デモは仲間を作る場所でもあります! ドラクエで言うルイーダの酒場です! 仲間を作って悪だくみを考え、次に繋げて行きましょう!」


 慶史がトラメガで演説をして、「お前らデモをしろ!デモ」は幕を閉じた。


 そこから集会が始まるのであった。


 慶史はさきほどの少女を探そうと、辺りを見当たしていると、向こうから歩み寄ってきたのである。


 赤頭巾さんを名乗る彼女は間地優里奈まじ ゆりなと言うらしい。しかも同じ高校の同級生であることも判明した。


「どういう経緯でデモに?」


慶史が優里奈に尋ねると答えた。


「うーん、どこから話せばいいのやら……あたしにはね。植物の声が聞こえるの」


「……マジかよ⁉」


「嘘♡」


「…………」


 優里奈の冗談を一瞬でも本気で信じかけた自分が恥ずかしい。そう思う慶史をよそに優里奈は語り始めた。


「まあ、花で世界が満たされたらなんやかんやで争いがなくなると思う」


「何そのテキトーな感じ? 頭の中お花畑」


「それ! 能天気という意味でよく使われる「頭の中がお花畑」。あれは植物の生存戦略で、みんなの頭が花で満たされるとき、心がより良い働きをして、地球全体の利益に邁進する。植物の生存戦略が生み出した争いを起こさない花のパワーで、それに気が付いたあたしはある使命感に迫られた。世界中を花で満たして世界征服するしかないと」


 力強く力説する彼女に対し、 慶史は間を置いて、彼女の考え方を整理した。


 そして、彼女の主張を自分の言葉に還元してみた。


「要するにグローバル化した現代は地球全体で内ゲバ状態になっている。この内ゲバ状態が続いたら戦争や環境破壊で地球が滅んでしまうと、だから世界が一つの価値観で統率していかなければならない。そこで植物の生存戦略は、植物を中心に自分達の生存に有利な方向に向かわせて人類を洗脳する事だと。それが「花」という植物の本質で、それは人類の情動に働きかける役割があると。その花をあちこちで植える事で人類は争いをやめて花を植えるという思想が繁殖する。キミは植物の思想の代理人で、その思想で世界のヘゲモニーを取ってしまおうと」


 慶史は「キミが言いたいことはつまりこういうこと?」という感じで説明するも優里奈からは「うーん、難しい話にされたけど、多分それ!」という感じで言われる。


 話によれば優里奈がゲリラガーデナーを始めたのは中学二年生の頃、その頃からずっと一人で淡々と活動をしていたそうだ。


 そこで今回のようなデモを主催する高校生が現れ、迷わずやってきたそうだ。


「こんな話を真面目にしてくれる人なんて初めてだ」と優里奈は大満足していた。


 花で世界征服を目指しているとかどうとか地に足のついてないぶっ飛んだ話であるが、慶史自身も革命家を自称して政治活動をやってて、周りから痛い目で見られる事には慣れているし、そこはおあいこだ。


「とりあえず仲良くやろう」という事で連絡先を交換し、別れ際に「今日からあたしも革命家を名乗るねー」とか言われたりした。


彼女の中では今日のデモは刺激的だった事も伺える。


 その夜、SNSで大きく話題となったのが、花の種を蒔きながらデモ行進をし、トラメガを手に叫んでいる優里奈が映った動画。


 慶史はサングラスにヘルメットに口もタオルで隠していたものの、その少女の顔ははっきりと映っているのであった。


「めっちゃバズってる」と交換した優里奈の連絡先にSNSのURL付きでメッセージを送ると、彼女は目をグルグルにさせた絵文字のスタンプを送り返してきた。


こんなに大きく話題になって、休み明け大丈夫だろうか。


とりあえず先生に呼び出されたり、保護者も呼び出されたりするだろうなという事を想定する慶史であった。

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