第2話
「見て! エミリオ様よ」
「まあ、本当だわ! 今夜も美しいわね」
パーティー会場にいる俺を見て周囲の女たちがひそひそと話す声が聞こえる。
そしてその女たちからの熱い視線を感じたがこれはいつものことなので俺は気にしない。
ミランダ子爵夫人の顔を知らないので近くにいた馴染みの男に声をかけた。
「ジョシュア、楽しんでいるかい?」
「エミリオか。君も相変わらずだね。女性陣が熱い視線を送っているようじゃないか」
ジョシュアは俺の男友達の一人。
マイン伯爵家の長男で独身。年齢も俺と同じだし俺が気楽に話せる人物の一人だ。
「まあな。それよりミランダ・ロゼント子爵夫人のことを知らないか?」
「ミランダ・ロゼント? ああ、知ってるよ。あそこにいるのがそうさ」
俺はジョシュアの視線の先を見てみる。
そこには男が二人と女が一人立っていた。
男の方は男同士で話をしている。
そのうちの一人の男の側にいる金髪に青い瞳の女がどうやらミランダ子爵夫人のようだ。
なかなか顔立ちは美人と言ってもいい。
年齢はまだ20歳くらいに見える。
紺色のドレスに身を包み控えめに立つ姿は少し気弱な女のようにも感じた。
「ミランダ子爵夫人はまだ結婚して間もないのか? ジョシュア」
「そうだな。ロゼント子爵と結婚したのは二年前くらいだと思うが。なんでもロゼント子爵の方が惚れて猛アタックしたらしい」
「へえ、そうなのか」
ロゼント子爵の方が惚れたのか。
確かに見た目は大人しそうな感じの女だから子爵に猛アタックされて断り切れなかった可能性はあるな。
今も夫より僅かに後ろに立って控えているミランダ夫人を見て俺はそう判断した。
「ロゼント子爵の仕事は何か分かるか?」
「確か自分の領地経営で採れた葡萄を使ったワインの販売をしているはずだが」
ワインの販売か。
「情報ありがとう、ジョシュア」
「別に。俺もエミリオからは情報をもらうことが多いからな。お互い様だ。今夜のお相手は彼女かい?」
ジョシュアは人の悪い笑みを浮かべる。
俺だけでなく一晩の恋を楽しむ男は少なくない。
ジョシュアもそんな男の一人だというだけだ。
「彼女が俺を望んだらな。俺はあくまで同意のない性交はしないさ」
「よく言うぜ。エミリオの場合は同意するように女を誘導するくせに」
「人聞きの悪いことは言うなよ、ジョシュア。女の望むモノを与えてやるのは男として当然だろ?」
「はいはい。エミリオの健闘を祈るさ」
ジョシュアと別れて俺はミランダ夫人たちを観察する。
さて、まずはロゼント子爵をどうにかするか。
夫のロゼント子爵がミランダ夫人に張り付いていたら手が出せない。
ロゼント子爵は話していた男との会話を終えたようだ。
俺はそっとロゼント子爵夫妻に近付く。
するとロゼント子爵が俺に気付いて笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
「これはバールデン伯爵様。こうやって面と向かってのご挨拶は初めてですな。私はロゼント子爵と申します」
「初めまして、ロゼント子爵殿。今宵はご夫妻でパーティーへのご参加ですか?」
「ええ。今回は王太子殿下に招待状をいただいてありがたく思っています。こちらは妻のミランダです」
パーティーの招待者はその都度変わる。
俺のような立場の人間はパーティーの招待状は山のように届くが平凡な子爵家に王太子主催のパーティーへの招待状が届くことはそんなに多くないだろう。
アドルフが俺と賭けをするためにわざとロゼント子爵夫妻に招待状を送った可能性もある。
あの男はそれぐらい平気でやる男だ。
「こんばんは。バールデン伯爵様。ミランダでございます」
軽やかな澄んだ声でミランダが答える。
俺はミランダと視線を合わせて微笑んで挨拶をした。
「こんばんは。ミランダ子爵夫人。お会いできてとても嬉しいです」
ミランダ夫人は俺の視線から逃げるように慌てて目を伏せたがその頬は幾分赤くなっているようだ。
これならイケるな。
何人ものご夫人方を堕としてきた俺の勘がそう告げた。
「ところでロゼント子爵はワインを販売してましたよね?」
「え? あ、はい。そうですが…」
「実はアドルフ王太子殿下がロゼント子爵の販売するワインに興味を持っていまして」
「お、王太子殿下が私どものワインにですか!?」
「ええ、なので少し休憩室の方でワインについてのお話をお聞きしたいのですがよろしいですか?」
「もちろんです!」
休憩室という名の小部屋で男たちが秘密の話をしたりいろんな情報交換をすることはこの国では常識だ。
なのでロゼント子爵も自分の商売を広めるチャンスと思ったのだろう。
王太子に献上されたワインとなれば価値は跳ね上がる。
「ではミランダ夫人。しばらく子爵殿をお借りしてよろしいかな?」
「え? ええ、もちろんですわ」
男の行う仕事に女は基本的に口は出せない。
「ではロゼント子爵殿。参りましょうか。」
「はい」
俺はロゼント子爵と一緒に休憩室に向かった。
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