1-1 三人

1-1 三人


首都ヘルヴェナイトに程近い小さな集落で起こった事件の顛末はこうだ。

野盗が夜半に襲撃をかけ、陵辱の限りを尽くして暴力を振り撒いた。


村の壊滅の調査を担ったマコトは周辺を探索している。

かたわらで従者のセツナがクンクンと匂いを嗅ぎ索敵を行っている。

セツナは獣人、氷狼族だ。

鼻が効き匂いの残滓から現在の状況を読み解くことを得意としている。

「セツナ、どうだ?残党……もしくは生存者はいるか」

マコトはもう動くことがなくなった右手を腰にあて、煙草を吸った。

煙が静寂に吸い込まれて消えた。

「血の匂いが強すぎて、どうも」

諦めた表情で首をふるセツナと呼ばれる少女。

「探索範囲を広げるか」

「危険です」

そんなマコトとセツナの会話。

緊迫した空気を纏うのは仕方のないことだ。

村の状況を認めて二人はこの調査任務の危険度を二段階引き上げざるを得なかったからだ。

ある家屋の中では主人と思われる男性が肩口から一刀で切り伏せられおり、夫人と思われる人は辱められていた。

凄惨。

そんな言葉をセツナは飲み込む。

とにかくこの近辺では暴力を持って快楽を求める集団がいることの証左。

否が応でも右手に握るナイフに力がこもる。

「しかし現状これでは……な。なにか情報を持ち帰らん限り任務を果たしたことにはならん」

マコトは遠い目をしながらそう言った。

煙草の煙が他人の様に燻る。

「行こう」

決心した二人の一歩には、決意もあった。



「人の匂いです――近い。たぶん生きてます」

緊迫感の溢れる、セツナのそんな言葉。

見ると横たわる幼い少年。

所々に小さな外傷はあるが命に届く傷ではない。

だが衰弱している。

息は浅く脂汗がすごい。

「生存者か」

マコトがすぐさま脈を計り外傷を診ていく。

「直ちに死ぬことはないが、急いだ方がいいな」

マコトのそんな言葉に、セツナは無言で首を縦に振った。

二人の信頼関係にはそれだけで通じるなにかがあるらしい。


「生き残り、とみていいんでしょうか」

ギルドに帰る道すがら、セツナは独り言にも近いトーンでそう言った。

今朝から始めた探索であったが、すでに日は暮れようとしている。

背負う小さな少年は夜露に濡れたのか、体温が低い。

「現状でわかってることは、惨状に残った少年、ということだけ。判断材料には少ないが、なにか事情を知ってはいるさ」

マコトの言葉はセツナに言っているようでもあり、自分自身に言っているようでもあった。

煙草を一口。

煙が夜に溶けていく。



ギルドには急患を治療する施設が昼夜問わず併設されている。

充分といえる施設ではないのは誰の目にも明らかではあったが、少なくともリルスの命を繋ぐには充足された設備ではあった。

外傷以外に怪我らしいものは見当たらない。

⸻ただ様子は剣呑ではある。

何かを呟く様に、うなされる様。

峠を越えてなお脂汗が引かない表情。

それだけで集落が襲った凄惨さが測れるというものだ。

「どうだ?」

ギルドに詰めていた受付嬢はそう声がかかって振り返った。

左手に煙草。

今目の前で眠る少年を助けた冒険者である、マコトだった。

「マコトさんの診断通り命に別状はありません」

「なによりだな」

マコトに取っては救った命であるし、情報源でもある。

またそんなことは度外視で、若い命が無くなるのは後味が悪い。

後日調査だけではあるが胸糞の悪くなる現場だった。

この少年の行末が危ぶまれる。

「目は覚ましそうか」

「うなされてます。余程怖い目にあったのでしょう」

そんな受付嬢の言葉を、マコトは喫煙することで返事した。

煙と沈黙が病室を支配する。

「念の為いつもの魔素検査を行います。マコトさんは彼が眼を覚ますまで休んでください」

ギルド受付嬢はマコトを慮りそう言った。

ややあって頷いたマコトは、結局言葉を発せず病室を後にした。


「ご主人様、彼の様子は?」

セツナが今扉を閉めたマコトに問うた。

「死にはしないが、ストレスがあるようだ」

吐き出す煙が、濃い。

事の重さを表しているように、セツナには思えた。

「では我々は?」

「待機だ。休めとさ」

歴戦の冒険者二人は、その言葉に頷きあって歩を進める。

風が冷えてきた。

夜がそこまで来ているようだった。



◇◇◇


ヘルヴェナイト周辺部における強盗行為の調査報告書4


先見調査の結果から腕利の冒険者へ調査依頼へ変更。ギルド内危険度は4に再設定され『紫煙の狩人』へ依頼。

同日受理。

翌日より探索開始。


周辺探知範囲に優れる従者を伴う紫煙の狩人は見込み通りの探索成果を持ち帰った。

なおその際一名の集落の生き残りと思しき少年を保護。

多数の怪我が認められたため、現在ギルド内にて治療中。

生死の心配はないが絶えずうなされる様子が記録されている。


最後に念の為に魔素検査を実施。

体内魔素量、質、ともに外見から読み取れる年齢相当の範囲の中、検知された魔素属性は『闇』であった。


検閲レベル4

何かを書きなぐり塗りつぶした跡


予後検査待機中。

本部よりの指示を求むものなり。

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