闇に合わせて蛇は踊る

たろー

プロローグ 誓い

プロローグ 誓い


今目の前で父が斬殺され、母が犯されている。

四肢の健を刻み無抵抗の母を陵辱する賊の手際の良さを、幼いリルスは箪笥の中から見ているしかなかった。

暗く狭い衣装箪笥の中はカビ臭かったが、その匂いに混じって血の匂いが漂っていた。


かたわらで妹が震えて泣いている。


嗚咽が漏れないよう、妹の口元を押さえているのは理性なのか恐怖なのかはわからない。

眼前に広がる行為を、つぶさに、一つも見逃さない様にするのは、覚悟かもしれない。

行為の最中に何度も母と目が合った。

嬲られながら必死にリルスに何かを伝えようとする視線。

助けではない。

辛抱に近い。

例えこの後自分が助からないとしても、我が子を隠し通すという愛なのかも知れない。

リルスの壊れた心にもその愛は染み込んだが、恐怖と怒りが勝った。

愛の深さゆえの怒り、恐怖だった。


カチカチと震えで奥歯が鳴るのを必死で抑え込もうとするリルス。

腹の奥底で憎悪と血の匂いと恐れが混ざりあう。

見つかるかも知れないという懸念と、ここから飛び出して母を助けたいという義憤が渦巻きあい黒い感情になる。

頭痛がした。

吐き気も覚える。

そのどの身体の反応を努めて無視する矛盾が幼い彼を引き裂く。

「あぁ、許して……!」

母の懇願する様な声に、さらに興奮を表す賊の下卑た表情。

炎に巻かれ始めて終わりの時はいくばくもないことを知らせている。

賊どもの欲望が収まるまでは、まだしばらくかかる様だった。




息を抑え辺りが静まるのを待ってどれほどの時間がたったのだろうか。

炎の猛りと煙の苦しさに堪らずリルスと妹は箪笥から出る。

惨状。

父はとっくに絶命していた。

母は青ざめた顔で息が細く、今にも瞼を閉じそうな表情だ。

「逃げなさい」

絞り出す様にそう伝えて、母は目を閉じた。

その瞬間に母という人間が永遠に失われたことを、幼いリルスは察した。


リルスと妹は燃える集落を背に走り出した。

知らずの内にリルスは獣の様な呻き声をあげていた。

言語的な意味合いは、無い。

怨念と憎悪と恐怖の混合物がリルスを獣に変えたようだった。

森に入り手足を二、三、切った。

痛みが走ったが、リルスはそれを無視した。

むしろ痛みを歓迎したい気分だった。

やや走って、妹がうずくまり嘔吐した。

無理もない。

自分より幼い彼女のストレスたるや、測れるものではない。

妹の軽い身体を背負いリルスはなお歩いた。

途中何度も横転し、その度立ち上がるのに少なく無い時間を有した。

夜露に濡れた土の匂いを嗅いだ。

木の根に頭をぶつけたらしい妹は気絶していた。

程なく歩き続けたが、賊の追手に迫られるのはあっという間だった。

妹を握りしめる手に力が入るが、無駄な抵抗だった。

背負う妹を剥ぎ取られる拍子にリルスは弾き飛ばされた。

森の傾斜に身を預け転がり、木の根に引っかかり何かに頭をぶつけた所で気絶した。

無力感と復讐心だけを心に残して。


目が覚めた時には夜は明けていて、彼方に見える森の流線型を朝日が縁取っているのが見えた。

あちこちが痛む。

挫いたらしい足を引きずりリルスは妹の姿を探した。

その先の絶望を予感しながら。


――妹の斬殺死体を見た時、リルスは誓った。

この世の全てに復讐するという、根源的な闇の契約。

身のうちに脈打つ『なにか』を自覚した時、リルスは意識を手放した。

次に目を覚ました時は、清潔なベットの上だった。

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