ぼくと神さまの夕焼け

夢廻 怪

ぼくと神さまの夕焼け

桂木観音展望台の秋の夕暮れ。

橙色に染まる街を見下ろすぼくの前に、黒い羽を持つ神さまが現れた。

精神世界では、黒いローブを纏った人型の姿である。


「最近の人間はわからぬ」


ぼくは尋ねる。

「なぜそう思われるのですか?」


神さまは静かに答える。

「私は無知だが、常に知を求める者よ」


その声は優しく、烏の鳴き声が寂しげに響く。

ぼくは微笑みながら言った。

「私も知りたいと常に思っています。ただ、最近は本当の情報がわからなくなりました。本当の本質とは何でしょうか、神さま」


神さまはぼくの心を見つめ、静かに頷く。

「お主も知識に飢えているのだな。だが心を失くして知を得る者は、知さえも失う。知とは痛みの上にしか立たぬからだ」



黒い羽を広げ、神さまは夕陽へ飛び立つ。

街の光は情報の粒となり、SNSや映像、人々の感情の欠片が帯のように舞う。

神さまはその光を一つひとつ観察し、意味を解釈する。

「人間はまだ、自分の深さを知らぬ」


胸の奥で微かに震える感覚

光と影の間に、本質を探す感覚

それは、思索の第一歩だった。



夜、夢枕に神さまが現れる。


「彼らは語る。だが半分は空虚、半分は真実。

 人は言葉で世界を作る。それは美しくも滑稽でもある。

 光が強すぎれば影は見えぬ。影の中でしか自分の輪郭は知れぬ」


ぼくはじっと耳を澄まし、光と影の感覚を心に取り込む。

「本質は、固定されたものではない。観察者の心と出会うことで初めて形を持つ」


その微かな振動を胸に、ぼくは思索の火種を得た。



翌朝、ぼくは街を歩く。

情報を光の粒として意識し、どこまで信じ、どこに意味があるか考える。

光の粒と影の間で、自分なりの解釈を組み立てる。


答えはまだ見えない。

けれど、考えること自体に意味があることを、胸の奥で感じていた。



夜、再び夢で神さまが現れる。

今回は情報世界をさらに具体的に観察し、ぼくの思索を見守る。


「光と影を見つめ、虚の中に真を探す――

 だが人は偏りを知らぬ。

 お主の心に映る本質は、どこまで揺れず、どこまで自由であるか」


ぼくは黙って頷く。

神さまは教えるのではなく、問いを与え、考える余地を残してくれる。



そして翌日、再び桂木観音展望台に立つぼく。

風が頬を撫で、落ち葉が舞う。

神さまは空を切るように飛び、静かに見守る。


「お主は考え、見つめ、意味を組み立てたな。

 本質は揺れ動く。固定されず、流れる。

 しかし、観察し、考え、感じることで、少しずつその輪郭は見えてくる」


ぼくは深く息をつき、街の光を見下ろす。

光の粒が、少しだけ意味を持って胸に届く。

答えはまだ遠い。

けれど、考えること自体が、本質に触れる道である――

そう、心から感じた。


神さまは空へと飛び去る。

ぼくはその背中を見送り、日常の中で、再び思索を続けることを決めた。

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