第6話「精霊からの愛だった」
「ノーナさんは、利用されたんです。アスマくんに」
「っ、え……だって、大丈夫だって……大丈夫だって! 精霊を使った殺人は罪には問われないって!」
「すべて嘘です」
「モス家の人間だからって、勝手なこと言うなっ!」
こんなときだけ口を閉ざして、残酷な真実を伝える役割をフェリーさんに押しつけてしまった。
でも、私が何を言ったとしても、ノーナは耳を傾けてくれない。
そう思ったからこそ、役割をフェリーさんへと託した。
「行きましょう、ノーナさん」
「嫌……やだ! 私はやってない! 私はやってないっ! やったのは精霊! 精霊がやったの!」
自分の頬や額を、自身の爪でかきむしっていく。
さすがに血は流れてこないけれど、自分で自分の顔を傷つけていく彼女を見ていられない。
「フェリーさん、ノーナを警察にお願いします」
手の甲で涙をしっかり拭い、シャロ家の魔女様として凛とした声を整える。
「かしこまりました」
「っ、なんで! なんで! なんで私だけ、愛してもらえないの!?」
ノーナとの距離が遠ざかっているはずなのに、いつまで経ってもノーナの嘆きの声が記憶に焼きついたまま離れない。
「アスマ」
「……何」
フェリーさんに拘束されたノーナが場から退場し、この場には私とユウ。
罪を犯したアスマさんだけが残された。
校舎のどこかにルドがいるのは分かっていても、彼はこの場に顔を見せないままいなくなってしまう。
直接そう言われたわけではないけど、ルドならそうすると思った。
「法で、おまえを裁くことができない。だから、アッシュ家の当主の判断を待つ」
「うん……」
アスマさんの唇が、かすかに動く。
彼の声を聞き取るだけでも大変なくらい、彼の声は弱い。
「俺は……魔女様に判断されたい……」
「ステラにできないことを遂行するのが、俺たち森契の盟に与えられた役割なんだよ」
アスマさんは、自身の美しい銀色の髪をかき上げた。
「魔女様……俺、そんなに悪いことしたのかな……」
「アスマさんは、もう精霊の力を借りることができないのでは」
果てのない青が広がる空に、真っ白な翼を持つ鳥が羽ばたいていた。
「ステラ……どういう意味だ」
「アスマさんは、精霊との絆を結ぶことができません」
私の話を信じることができなかったユウが、視線をアスマさんへと向ける。
けれど、アスマさんは向けられた視線を受け入れなかった。
「それが、アスマさんの罪でもあり……罰なのかなと」
精霊の幻精霊が羽ばたくたびに純白の羽が太陽の光を浴びて、きらきらと輝く。
「精霊が、アスマさんに恐怖を抱いています」
「……だから、
「何が悪いのか、精霊はちゃんと理解していますよ」
あまりにも窓向こうに広がる世界が美しすぎて、残酷な殺人事件が起きた後とは思えない風景が広がっている。
美しい世界にだけいられたらいいのにと願うけれど、人間はそんな美しさを手に入れることができなかった。
「精霊の力が借りれなくなったから、自分の代わりに動く都合のいい駒が必要だったんですね」
「……俺も、努力しなくなった魔法使いだから……ね」
真っ白な鳥は世界の美しさを祝福するように、青に染まる空を羽ばたいていく。
こんなにも美しい世界が広がっているのに、私たちを待つ現実は残酷すぎて重い。
「でも、精霊との絆を結べなくなったなんて、隠し切れるものじゃ……」
「だから、アスマさんに懐いていた幻精霊を利用したんです」
「契約を結んでいない精霊が、アスマに力を貸してくれた……?」
「アスマさんが魔法使いだったから、だと思います」
酷な現実を口にしているはずなのに、精霊が魔法使いに与えてくれた感情は温かなものだったと気づかされる。
「幻精霊は、アスマさんのことが大好きだったんです」
アスマさんに優しい声をかけるけど、肝心の彼に私の声は届いていないのかもしれない。
「アスマさんが怪我をしたのも、フェリーさんに成りすましたのも、先ほどの攻撃を仕掛けたようにみせかけたのも、すべて幻精霊からの愛だった」
アスマさんは幻精霊が飛ぶ姿を自身の記憶に焼きつけるように、ただただ空を舞う一羽に夢中になる。
「その愛に応えることすら、難しかったですか……?」
雲ひとつない空を、幻精霊は力強くも優雅に空を舞う。
アスマさんが現実を取り戻したことを祝福しているのか、それとも別の感情が宿っているのかは、野生の精霊から感じ取ることはできない。
「これでやっと、ソーン家から解放される……」
アスマさんは、私の問いかけに答えをくれなかった。
きらきらと輝く太陽と、青い空。
真っ白な鳥が織りなす美しい世界に、アスマさんは虚ろな眼差しを向け続ける。
「アスマさん。幻精霊は、アスマさんのことを……」
彼は懐から、何かを取り出す仕草を見せる。
「アスマさっ……」
精霊の力を借りることができないアスマさんは、小刀のような小さな刃物を喉元へ当てた。
自ら命を絶とうとするとは思ってもいなかった私は、完全に対応が遅れた。
「無駄だって」
何かしらの透明な力が働き、小刀はアスマさんの手から滑り落ちるようにして床に落ちた。
「俺の戦う力は弱いけど、守る力には長けてんだよ」
ユウが一歩前へと進み、アスマさんを見下ろしながら言葉を続けた。
「花精霊を、おまえに仕込んだ甲斐があった」
アスマさんは大きく目を見開き、その深い青の瞳を伏せた。
花精霊は命を懸けて、どんな衝撃も一度だけ必ず防ぐ力を持つ精霊。
アスマさんが自死を選ぶことを読んでいたのか、それとも単にアスマさんを仲間として大切に想っていたのか。
ユウが先を読んで行動してくれたおかげで、アスマさんの命は救われた。
「魔女様に……消えない傷を残したかったな……」
観念したアスマさんは、それ以上、感情を悟られないように黙り込んだ。
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