第5話「誰を信じるか」

(平和な世界を取り戻すために、精霊がいる)


 敵の攻撃を巧みにかわしながら、反撃を繰り出していく水精霊。

 精霊の装いをした幻は、アスマさんを守るために防御の構えを取ったように見えた。

 でも、こちらの攻撃速度は彼らの防御を上回り、私たちは散っていく霧たちをも容赦なく攻め込んでいく。


「終わりにしましょう、アスマさん」


 私の心には、少しの迷いもない。

 一方のアスマさんは攻撃を続ける中で、わずかな隙が生まれたようだった。

 幻想が数を減らした隙を見逃さず、精霊の容姿を真似ていた幻がわずかに揺らいだ瞬間を狙った。


「私たちの日常を、返してください」


 水精霊は何もないところから水を誕生させ、幻想に向かって一直線に一撃を加えた。

 闇を貫くような水流が放たれ、アスマさんが作り出した幻想を圧倒した。


「っ」


 すると、まるで硝子の破片が飛び散るように、世界ががらりと音もなく崩れ去り始めた。

 雷鳴が轟き、雨が激しく降り注ぐ中での戦闘のはずだった。

 でも、目に映し出される色は、空の青だった。


「ここ……は……」


 激しい雨は降り注いでおらず、雲一つない青い空が広がっている。


「降参」


 反抗する意志のないアスマさんは、ゆっくりとした足取りで両手を上げながら姿を見せた。


「……フェリーくんに成り代わるって、いい作戦だと思ったんだけどな」


 アスマさんが冷たい廊下の床に膝をつき、戦いの終わりを告げる弱々しい声を漏らした。


「水精霊、ありがとう」


 力を貸してくれた精霊に、礼の気持ちを述べる。

 水精霊は一瞬にして姿を消したけど、自分の中に水精霊の存在を感じる。

 水精霊がシャロ家の魔女を選んでくれたことに、唇を噛み締める。


「アスマさん、お怪我は……」

「血すら流せないって、かっこ悪いね」

「大丈夫……なんですね」

「どこも……怪我すらできないくらい、一戦から退いてたから」


 アスマさんが動きを見せなかったことが気になったけれど、彼の体からが血を溢れ出ていないことを確認する。


「あの、血の海に寝そべっていた俺自体が幻だったから……」


 彼の体から血が溢れ出していないことに安堵の気持ちが生まれるのに、その喜びを思い切り表現することができない。


「炎精霊、静かに眠ってください」


 幻想を介した、アスマさんの攻撃の手が緩んだ。

 フェリーさんは、魔物へと変貌を遂げた炎精霊との戦いに目を向ける。


「炎精霊、お疲れ様でした」


 フェリーさんが力を借りている地精霊の鋭い爪が、確かに魔物の体を捉えた。


「本当に、本当に、ありがとう」


 物語に出てくる巨人のような容姿をしている地精霊の攻撃が、一切の手加減なく降り注ぐ。

 だけど、防戦一方になっていた炎精霊は力尽きた。


「っ、炎精霊……」


 致命的な一撃を受けた炎精霊は倒れ、世界は再び平穏を取り戻したはずだった。

 今まで戦っていた世界の天候と、視界に飛び込んでくる天候に差がありすぎて、何が起きているのか判断することすら難しい中、一体の炎精霊は命を落とした。


「ステラ」

「ユウ……」


 かつての仲間炎精霊が魔物に変貌した瞬間に、胸を貫くような衝撃を受けた。

 今までは陰と戦っていた印象が強かったけれど、人間に力を貸してくれた精霊と戦っていたのだと思うと苦しみの感情が一瞬にして心を蝕んでいく。


「もう終わった。大丈夫だ」

「っ、ぅ……」


 亡くなった炎精霊のこと想い、深い後悔に襲われて涙が止まらなくなった。

 相変わらず、涙だけは流すことのできる自分には戸惑う。

 自分に感情が宿っていることに驚いたけれど、ユウに肩を抱かれた私は亡き精霊のために涙を流すことを選んだ。


「ノーナさん、ですね」


 私が泣き止むまでの間、フェリーさんが呆然としたままのノーナとのやりとりを進めていく。

 彼女の姿は、もうステラ・シャロの体を成していない。

 彼女は、本来の魔法学園の生徒であるノーナの容姿を取り戻した。


「殺人の罪で、警察に連行します」


 ノーナは虚ろな表情をしていて、目は充血していた。


「私は……アスマ様に言われたから……」


 体に力を入れることができない彼女は、ぽつりぽつりと言葉を溢れさせる。


「アスマ様が、幸せになれるって言ったから……」

「人の命を奪ってでも、ですか」


 精霊を想って涙を流したいけれど、いつまでもユウの厚意に甘んじるわけにはいかない。

 誰かに涙を拭ってもらうのではなく、自身の手で涙を拭って、罪を犯し続けてきたノーナと向き合う。


「だって……ユウくんに好意を寄せる人がいたら、私は幸せになれない……」


 ぼやけた視界ではなく、しっかりと目を見開いて現実を向き合う。

 涙が落ち着きを見せ始め、ノーナに歩み寄っていく。


「ユウくんに想いを寄せる子が、この世で私一人になるまで命を奪わなきゃ……」


 教室で言葉を交わし合ったときのノーナとは違って、私に悪意に満ちた目を向けてくる。


「だから、人を殺す方法を教えてもらったの」


 言葉を交わすことすら不快に想っている彼女は、私を拒絶するために視線を逸らした。


「幸せになるために、人を殺して何が悪いの……?」


 無表情のまま、床との睨めっこを続けていく。


「だって、このままだと、ユウくんはほかの女のものになっちゃう」


 どうでも良さそうな態度で、少しも反省の色が見えてこない。


「アスマ様は、私を幸せにしてくれた……国民を幸せにするのが、森契の盟シルヴァン・アコードに与えられた使命でしょ……?」


 床をじっと見つめながら、彼女は手を擦り合わせていく。


「国民を見捨てた、シャロ家とは違う!」


 荒れた呼吸で胸を上下させるほどの勢いで、ノーナは言葉を吐き捨てた。


「シャロ家と森契の盟シルヴァン・アコードは治外法権……人を殺したとしても、殺人を教唆したとしても、罪には問われないんですよ」


 ノーナに向ける言葉を迷っていると、間にフェリーさんが入ってくれた。

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