第3話「偽物が徘徊する世界」
『心配をかけて、すみませんでした』
息を切らしたユウが、ステラの容姿をした何者かの元へと近づいてくる。
でも、本物のステラは、私。
「ユウ、それは偽物です!」
薄暗い世界に閉じ込められた本物の私が、どんなに叫び声を上げても彼には届かない。
ユウに寄り添おうとする偽物は私と瓜二つの顔をしていて、私の声、私の記憶さえも持っている。それが、最も恐ろしいことだと思った。
『謝んなって』
ユウが、ステラらしき人物の頭を撫でる。
『足手まといなのは、俺の方』
自分の無力さを嘆き、瞳を見られないようにユウは目を伏せた。
『ステラの傍にいれたらって思うけど……俺には守る力が足りなすぎ……っ』
偽物のステラらしき人物はユウとの距離を縮め、彼をそっと抱き締めた。
『ご自分を責めないでください』
聞こえてくる少女の声は温かく、私がユウだったら彼女の温かさに涙を滲ませてしまったかもしれない。
『ユウさんがいてくれるだけで、私は救われていますから』
ユウの耳元で彼女が囁くと、彼は彼女のことを思いっ切り突き放した。
『ユウさん……?』
『悪い……』
ユウは向きを変えて、そのまま教室の方向へと向かっていく。
置いていかれた偽物のステラがユウのあとを追いかけるという定番が、このあと繰り広げられた。
(誰かが、私の人生を乗っ取ろうとしている)
本物のステラは、異空間に閉じ込められている。
(誰かが、私を演じている)
偽物のステラは、森契の盟の人間に近づこうとしている。
(
精霊と縁を結ぶことのできる札に一般人が手を伸ばした理由は、恋心を成就させるため。
壁に映し出された一連の流れを受けて、偽物のステラがユウに好意を寄せていることは一目瞭然だった。
(私の体を利用すれば、両想いを成すことができる)
精霊との絆を結ぶことができる札を配り歩いている人物は、一般人の恋心を利用して、精霊との絆を引き裂く算段を整えているのだと察する。
「はぁ」
思う存分、溜め息を吐き出す。
フェリーさんが向けた冷たい眼差しを思い出して、精霊にまつわるすべてを憎んでいる人がいることを気にかけられなかった自分に愕然とする。
「
シャロ家で贄として囚われているうちに、アリドミアでは魔物の脅威に人々は晒されていた。
(シャロ家の魔女として、いち早く民間人を救わなきゃいけなかった)
そんな後悔を抱いたところで、過去に戻る呪文は魔法には存在しない。精霊ですら、過去に戻る術を持っていない。
「私に現実を、見せないために……」
雷精霊の黄金色に輝く毛並みに体を預けると、雷精霊は私の体温が下がらないように抱き寄せてくれる。
(いつも、守られてばかり……)
世の中には、魔物という人の命を奪う存在がいる。
それを妹から知らされていたら、私は贄の使命を放棄してシャロ家を飛び出していた。
シャロ家からの逃亡劇を繰り広げるよりは、まだ崖から突き落とされた方が生存確率を上げることができる。
そんな妹の配慮が伝わってくるからこそ、肩を竦めて弱い自分を露呈してしまう。
『おかえり、ステラちゃん』
『ただいま戻りました、お兄様』
壁に映された映像が切り替わり、偽物のステラがアッシュの家に戻ってきた様子を私に見せつけてくる。
『よく頑張ったね』
『いえ、私の力が及ばずに……』
偽物を迎え入れたエグバートさんの腕の中に、偽物が飛び込んでいく。
『ステラちゃん……?』
『すみません、アスマさんとフェリーさんが行方不明になって……怖くて……』
エグバートさんが突き放さないのをいいことに、偽物はエグバートさんの優しさを真正面から受け取っていく。
『二人に関しては、調査を継続するよ』
『お願いします……』
エグバートさんの愛情に包まれる偽物を直視できなくなった私は、現実から目を逸らした。
(ユウをさん付けしてる……エグバートさんのことはお兄様……)
偽物のステラが、
「本物に成りすましてるのは、一般人……」
自分の無力感を味わえば味わうほど、胸の中が苦しみの感情で支配されていく。
(苦しいからって、逃げ出せない)
シャロ家の魔女と
そのせいで、ラピスレン国の魔法使いたちは努力をやめてしまった。
(ここで諦めたら、偽物が支配する世界になる)
魔法使いが、努力をやめてしまった責任を取るつもりはない。
でも、力なき一般人を救う使命はシャロ家の魔女と森契の盟にある。
責任の所在をあらためて確認することで、自分の中に生まれる諦めの気持ちを払っていく。
「怪我をしたアスマさんは、どこに……」
アスマさんの体が消失する前に、彼の心臓が動いているのを確認した。
けれど、なぜか精霊の力で治療することが叶わず、いなくなってしまったアスマさんの容態が気にかかる。
(動いているはずの心臓も、いつ動きを止めるかわからない)
手のひらにから熱が失われていくのが分かって、誰かが死ぬという現実の恐怖が際立っていく。
「行かなきゃ」
自分に言い聞かせるように呟いたけれど、足は鉛のように重たく、動かすことができない。
本物のステラが戻らなくても、世界は順調に歩みを進めていくということを思い知らされたからかもしれない。
「私は、私を守ってくれた人を救いた……」
『ステラ様』
やっと未来への希望を口にできるようになったと思ったのに、彼女は私に暗い影を落とすために声をかけた。
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