第4話「贄は家族に殺された」
「アッシュ家の贄に、ようこそ」
「まるで歓迎されてるみたいですね」
「大きな戦力は、大歓迎」
彼の言葉をきっかけに、庭で多くの光を放ちながら駆け巡っていた光精霊たちが動きを緩めたことに気づく。
自分が彼に慰められている幼子のように見えているのだと気づき、顔に羞恥の熱が溜まり始める。
「アッシュ家の生贄になったんだよ? もっと怖がってくれても……」
「家族に殺されることよりも、怖いことはありません」
顔を火照らす要因となっている、熱の逃がし方が分からなくて焦った。
けれど、私は感情を抑え込むのが得意だったことを思い出して、冷静になろうと試みる。
「贄がアッシュ家に懐くのは、当然のことかなと」
でも、見上げた彼が柔らかな笑みを浮かべていたことに安堵し、無理に表情を作り込まなくてもいいのかなと思った。
「調子が狂うね」
彼は、より一層朗らかな笑みで私を見つめてくる。
「アッシュ家は長い年月……シャロ家と対立をしてる」
ようやく彼の手が私の頭から離れ、私は自由を得る。
「アッシュ家の人間は、精霊たちとの縁を切りたいと思ってる」
「どういう意味……」
「魔法使いは、精霊の力を借りなくても生きていける」
彼は私と目を合わせてくれなくなり、開きっぱなしの扉の向こうに広がる庭へと目を向けた。
空から降り注ぐ雨を受けながら、精霊たちは楽しそうに動き回る。
「精霊のいなかった……魔法使いだけの世界に戻ろうって話」
どんな表情で、その言葉を声にしたのか。
ベッドに留まったままの私に彼の表情を確認することはできず、彼の傍に寄り添うために足へと力を込めた。
「精霊から寵愛されているシャロ家の双子には、酷な話かもしれないけど……」
「贄は贄らしく、ご命令に従います」
「……精霊と別れることになるって言ってるのに、贄様は強気だね」
ゆっくりとベッドから起き上がり、石材の上に足を下ろした。
石材の感触が足裏に心地よく伝わってくるけれど、素足で歩くには肌寒いかもしれない。
「お名前を、お伺いしても?」
まだ冷たいと口にしていないはずなのに、振り返った彼は私が足を冷やしていることに気づいた。
「
声は優しいのに、言葉には確固たる芯を感じた。
「エグバート・アッシュです」
見た目だけで非常に柔らかそうに思える獣毛のルームシューズを手にし、エグバートさんはベッドで体を休めていた私の元へと戻ってきた。
「
「シャロ家のほかに、精霊と縁を結ぶことができる十四の家系のこと……ですよね」
エグバートさんの視線がじっと足元を見つめているのに気づいて、一瞬だけ履くのを躊躇ってしまった。でも、ここで私を陥れる何かが待っているわけがないと彼を信じ、片足をルームシューズに滑り込ませた。
「その十四の家系は、精霊との付き合いを許してくれたシャロ家に多大な恩義がある」
ふわりと足を包み込むような感触に、足がひやりとした冷たさを感じることはないのだと体が喜びを訴えてくる。
「国民は皆、シャロ家を愛してる」
私を見つめる瞳に戸惑ってしまうけど、それは自分の気持ちを留めておく理由にしてはいけない。
自分の気持ちを伝えるために、私はしっかりと彼の瞳を見つめた。
「
柔らかく笑んでくれたエグバートさんは、私を庭園へと繋がる出入り口まで案内してくれた。次に私を待っていたのは、高級そうな革で作られた靴。
「夜風は冷えるから、体調が悪くなったら声をかけて」
次から次に与えられる高級感ある生活に不慣れなことを察してくれたのか、エグバートさんは私に自由を与えた。
「触れてあげて、精霊たちに」
傘を差し出され、庭に出てもいいと許可をくれる。
すると、庭を駆け回っていた三体の精霊が私の元へと駆け寄ってきた。
「わっ」
「ははっ、シャロ家の魔女様を歓迎しているのかな」
「あったかい……」
「触るのは初めて?」
「随分……久しぶりのことで」
妹と二人きりで過ごすときだけが、唯一の精霊との触れ合いを許される時間だった。
頻繁に訪れることのない時間は、私と精霊との距離を自然と遠ざけてしまっていた。
「だったら可愛がってあげて。シャロ家の魔女様に会えて、喜んでいるはずだから」
エグバートさんの言葉通り、自分の元に来てくれた光精霊を愛でるように優しく撫でる。
「慕われてるね」
彼の声の質が変わったことに気づき、彼に視線を向けると彼は独りぼっち。
庭には多くの光精霊がアッシュ家を明るく照らすために存在しているのに、彼の元に駆け寄る精霊は一体もいない。
「さすがシャロ家の魔女」
私に尊敬の眼差しを向けてくるような彼の優しさに、いたたまれない気持ちを覚えた。
「俺は、光精霊に懐かれてなくてね」
光精霊以外に頼りにする光は、部屋を灯す燭台くらいしかない心もとない環境下。
それでも、エグバートさんの寂しそうな顔が分かってしまった。
彼は微笑んでいるつもりなのかもしれないけれど、それは双子の妹が得意な作り笑顔に似ているような気がした。
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