第5話「精霊」

「俺は精霊と縁を切る派閥の筆頭家系なのに、この有様」


 光精霊から発せられる光を、エグバートさんの元に届けようと思った。

 でも、光精霊は、私の手の中に留まりたいと合図をくれる。


「いつか……シャロ家との戦争が起きる可能性があるのに」


 エグバートさんは、精霊を自分に近づけてほしくないのかもしれない。

 自ら光精霊と距離を取ろうとしているような仕草を見て、私は精霊の光精霊をそっと抱きかかえた。


「精霊と縁を切るか、縁を結び続けるか……決着をつける日が来るんですね」

「さすが、シャロ家の魔女様。察しがいい」


 すると、エグバートさんの視線が、私の抱きかかえている光精霊に向いていることに気づく。

 一方で光精霊は、私の瞳を覗き込むようにじっと見つめてくる。


「穏便に事を進めたいと思ってても、殺気立ってる家系があるのも事実……」

「エグバートさんは、怖いですか」


 光精霊に向けていた視線が上へ上へと向かい、エグバートさんは私と視線を交えてくる。


「戦争が起きるかではなく、精霊と関わることが」


 瞳が震えるという表現は可笑しいかもしれないけれど、エグバートさんの瞳が揺れたような気がした。

 光精霊が伝えたい想いを秘めているということに、彼は気づいていない。


「光精霊は、エグバートさんのことを嫌ってはいませんよ」


 雨音が心地よく響き、人間だけでなく精霊の心も穏やかになっているのを感じる。


「怖がらないでください、エグバートさん」


 エグバートさんのような綺麗な笑みを浮かべることができているかと問われたら、途端に自信を失ってしまう。

 それでも精霊とエグバートさんの気持ちがすれ違ったりしないように、エグバートさんに安心してもらえるような笑みを心がける。


「……だから、シャロの魔女様に関わるのは嫌だったんだよね」


 エグバートさんは嫌と言葉にしたけれど、そこに不快感は一切ない。

 精霊の光精霊を慈しむような優しい笑みを浮かべたエグバートさんを、どうしても独りにさせたくないと思った。


「この子たちを、殺戮の道具に使いたくないなぁ」


 庭の木々が雨に濡れて、しっとりと輝いているのを光精霊たちから発せられる光が教えてくれる。


「それでも、アッシュ家は精霊との縁を切らなければいけない事情を抱えているのですね」


 エグバートさんは光精霊を自分の掌へと招くと、私に懐いていた光精霊は彼の元へと旅立った。

 精霊を抱き潰してしまわないように、エグバートさんは優しく光精霊を包み込んだ。


「そろそろ、その事情を話す時間をくれませんか」


 どこかから聞こえてきた男性の声に振り向くと、そこには紺を基調とした上着を羽織った黒髪の男の子がいた。

 彼が登場することで、静かだった雨の音が急に激しさを増していく。


「シャロ家の魔女様、連れていきますよ」

「ユウ、ステラちゃんは目が覚めたばかりで……」

「魔女様の力を借りなかったら、犠牲者が増える」


 きちんと西洋の服を着こなしているエグバートさんと違って、彼は服を着崩しているのが印象的だった。

 そこにだらしなさというものは感じられず、彼はお洒落に服を着崩す方法を知っているのだと思った。


「初めまして、ステラ・シャロ様」


 彼は私にかしずくように跪いて、私を見上げた。


森契の盟シルヴァン・アコードの一人、ユウ・ヘイルと申します」


 森契の盟シルヴァン・アコードと顔を合わせるのは初めて会うはずなのに、初めてという感覚を得られない。

 それは私たちが長きに渡って、精霊という存在を介して強い絆を結んできたからなのか。


「どうか力なき我らをお救いください」


 彼の言葉に何を返せばいいのか戸惑っているうちに、ユウさんは次なる言葉を用意してきた。


「シャロ家の魔女様」

「ユウ」


 エグバートさんはユウさんを咎めるように名を呼ぶけれど、ユウさんに悪びれた様子は感じられない。

 エグバートさんは落ち着いた様子のユウさんの態度に苦笑しているのを見て、二人の仲の良さが一瞬にして伝わってくる。


「体が弱いエグバートくんは、おとなしく留守番しててもいいですよ」

「明日明後日、死ぬわけじゃないんだから……」


 ユウさんは跪くのをやめて、エグバートさんから光精霊を奪うために立ち上がった。


「今日は、おまえと契約したい」


 ユウさんの言葉を受けた光精霊は首を縦に振り、了承の意を示す。

 ただそれだけのやりとりで、ユウさんが事前に用意していた契約札エテル・カードの中へと光精霊が吸い込まれていく。

 契約札エテル・カードが、精霊との契約が成立したことを示すために神秘的な輝きを放つ。


「次は、ステラ様の番」


 いとも簡単に、人と精霊の契約の儀を終わらせたユウさんは私の方を振り返った。


「自分が縁を結んだ精霊、解放してやって」


 初めての挨拶のときは敬語を使っていたユウさんだったけれど、こういう喋り方の方が彼らしいのかなと察した。


「黙らなくても、情報はいろいろもらってる」

「クレアちゃんに、ですか」

「ステラ様をお預かりするんだから、情報はもらわないとな」


 私の目の高さに合わせて、ユウさんは少しだけ屈んだ。


「精霊と仲良くできないなんて嘘。本当は、妹のクレア様よりも」


 先程まで光精霊に触れていたユウさんの指は温かく、その熱ある指で私の頬にユウさんは触れてくる。


「精霊と仲良くできる才溢れた魔女、だってこと」


 この言葉を受けて、双子の妹のクレアがアッシュ家に双子の姉を託したということが証明された。

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