しあわせなお姫様

坂口衣美(エミ)

しあわせなお姫様

 むかしむかしあるところに、とてもしあわせなお姫様がいました。

 誰もがお姫様の言うことを聞きました。


「お菓子をちょうだい。甘い甘いお菓子をたくさん」


 すぐに国中から砂糖菓子が運ばれてきました。

 お姫様はそれを見て言いました。


「やっぱりいらない。おもしろい道化を連れてきて」


 すぐに評判の道化が連れられてきました。

 玉乗りを、ナイフ投げを披露する道化にお姫様は言いました。


「つまらない。どこかにやって」


 道化は国外に追放されました。


 ある日、お姫様は言いました。


「恋がしたい」


 あらゆる貴族の嫡男が、隣国の皇太子が名乗り出ました。

 お姫様は言いました。


「誰がいちばん私を好きなの」


 それを証明するために、金銀財宝が、大きな輝く宝石がお姫様に贈られました。

 お姫様は言いました。


「それが恋なの? そんなのいらない」


 お姫様は舞踏会の席から立ち上がって、庭園に向かいました。そこには素晴らしい噴水がありました。

 そのふちで羽を休めていたカラスが、お姫様を見て鳴き声を上げました。

 それはお姫様にはこう聞こえました。


「恋がしたいのなら、自由でなくちゃ」


 周りには誰もいません。お姫様は答えました。


「自由ってなに」


 カラスは鳴き声を上げました。お姫様には、それが言葉のように感じられました。カラスはこう言ったようでした。


「知らないのかい」


 お姫様は言いました。


「誰も私を止めない。あらがわない。これは自由じゃないの? どうして私は恋ができないの?」


 カアカアとカラスは鳴きました。それはお姫様には笑い声のように聞こえました。


「なにも差し出さず、得られるものには価値がない」


 お姫様は、カラスがそう言った気がしました。

 そして舞踏会の席に戻りました。そこでこう言いました。


「私はなにもいらない。だからみんなどこかへ行って」


 ご乱心、と誰かがつぶやき、お姫様は豪華なベッドのある部屋に閉じ込められました。そこでお姫様はたったひとりで窓の外を見つめました。

 

 ――なにも差し出さず……





 朝、お姫様の朝食を運んできた侍女の目に映ったのは、開いたままの窓と、床に残された黒い羽根だけでした。


 それ以来、あのお姫様の居場所は誰も知りません。




 めでたし、めでたし。

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しあわせなお姫様 坂口衣美(エミ) @sakagutiemi

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