第6章「願いと痛み、田んぼと火」

第37話「自由の拘束」

 櫻はいつも、同じ夢を見ていた。

 神殿、棺、自分が知っているはずのない景色。

 幼い櫻は、いつも“棺”に手を伸ばした。


 自由への渇望に駆られて。


『この人は閉じ込められているんだ』


『可哀想に、出してあげなきゃ』


『自由を、一緒に知りたい』


 それは、祓魔師の名家に生まれ、人生の全てを戦いに縛られてきた少女の願望だった。


 棺から噴き出した、煙のような、悪魔のような、禍々しい男。


「名を、若い祓魔師よ」


 男は櫻にとって邪悪そのもののようでいて、しかし同時に、価値の計り知れない存在のようでもあった。


「お前が強い意志で名を言えば、力を借りられる」


 男は櫻に手を差し伸べる。


「霊気に満ちたこの世界で、生きていられる」


 男のその手が微かに、躊躇いがちに震える。


 櫻はその手の震えを見たことがあった。


 初めて吸血鬼を殺したとき、同じように震えた。


「お前は誰にも、愛されていないのだろう?」


 しかし、ただ怖くて震えていたのではなかった。


「共に新しい世界を見たくはないか」


 きっといつか、この力で自由を手に入れることが出来ると、


 期待していた。


『私をここから連れ出して』


『どこか遠くへ。何にも縛られない場所へ連れて行って』


「私は、神野、櫻」


 櫻は潤んだ瞳で男を見上げ、祈るように手を組んだ。


「自由を、ください」


 櫻の夢は現実だった。


 そして、自由だけは手に入らなかった。

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