第12話「開戦」

 血の雨がやっと止み、時間を忘れた男女が残る。

 互いの呼吸の音だけが、この世界に確からしく存在している。

 次に二人の時間が動き出したのは、動揺の足音が空気を揺らしたときだ。


「さっきの少しの時間で、傷を塞いだのですか」


 仮面の男が問う。櫻は男の方を振り向き、太刀の切っ先を向けた。


「そういうことだ。お前らには持って生まれた高い治癒能力があるようだが、祓魔師だってそれを黙って見てるわけじゃない」

「それにしても早すぎる。一体、どうやって」

「お前らが絶望を糧にするなら、私たちは希望を糧にする」


 正也には、自信満々に言い放つ櫻のその後ろ姿から、白いオーラのようなものが立ち昇っていくのが見えた。

 それは、活力や生気が形となった瞬間。

 恐怖や戸惑いよりも先に感動が彼を襲った。


「彼と共に勝ちたいと思えた。それを力に変えただけさ」


 さらに自信に満ちていく櫻とは対照的に、男は動揺を隠すように仮面の位置を直す。


「今まで戦ってきた祓魔師で誰一人、そこまでの使い手はいませんでしたよ」

「ふっ、だろうな」


 櫻はどこか自虐的に口角を吊り上げ、男を見据えた。


「エリートと呼ばれる神野一家、私は、その次期当主だからな」

「……大丈夫ですか? そこまでご自身の情報を開示して」

「問題無い。お前はすぐに――思い出すことも出来なくなる」

「茶番は終わり、ということですか」


 仮面の男は再び祈るように両手を組む。

 直後、立ち昇る血。蠢く血人形。

 櫻は、不気味な程落ち着いた動作で太刀を自らの首に軽く当てた。


「なっ⁉」


 直後、発光。

 旧文芸部室で見たような青白い光が視界を覆い、正也は驚き、顔を覆う。

 目を開けたとき、太刀は二本の短剣へと姿を変えていた。

櫻は、その二本の短剣を今にも落としてしまいそうな程軽く握っていたのだった。


「先輩ッ!」


 しかし、次の瞬間正也の視界に飛び込んできたのは最悪の寸前の光景。

血で形作ったロングソードを握った五体の血人形たちが、櫻に向かってきていた。

 その距離は既に三メートルも無い。


「大丈夫」


 しかし、慌てて駆け出した正也に、櫻は手を向ける。

 そして、優しく突き飛ばした。


「君に私のこと、知ってほしいんだ」


「……後ろッ!」


 地面に衝突するまでの間、目の前の光景を凝視する。

 剣と剣の衝突は、瞬きの一瞬の間に起こった。

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