第11話「相棒」
背筋をなぞる冷たさと同じ温度の信念が正也の中で渦巻く。
僅かに彼女を振り返る。変わらず、目が合うことは無い。
「私たち王の眷属は、神殿に眠る王を目覚めさせようとしている」
仮面の男の一言は、正也の理性の扉を叩く助けとなった。
「神殿、王? 何のことだ」
「詳しいことは彼女も知っているはずですよ。ねぇ?」
「……正也君、そいつの言うことに耳を貸すことは無い」
「ほお、まだ勝算が残っていると?」
仮面の男の挑発的な言葉にも何も言い返さず、櫻は俯いたまま押し黙る。
「地下の神殿に封印されている我らが吸血鬼の王。受肉し、復活すれば、私たちの力関係はひっくり返る。そうですよね? 神野櫻さん」
仮面の男は余裕たっぷりに櫻を見下ろす。
櫻は何も言わない。ただ、唇を噛み締めるだけだ。
「妖木正也さん」
唐突に名を呼ばれ、正也は弾かれたように顔を上げる。
仮面の男は堪えるように笑いながら、わざとらしく肩をすくめた。
「自らの欲望や力を抑圧しながら生きるのは、ひどく苦しく、そして退屈だとは思いませんか」
聞かれ、大きく目を見開く。意思に反し次々と記憶の引き出しが開かれていくのを止められない。
「全部、変わるんですよ」
仮面の男はそう言い、郷愁を噛み締めるように僅かに俯いた。
「長く、永遠に続く昼を、終わりにしたいとは思いませんか」
「俺、昼、嫌いじゃないぞ」
仮面の男はピクリと反応し、ゆっくりと顔を上げた。
「強がりですか。見苦しいですよ。あなたは、半分吸血鬼でしょう?」
「だけど、嫌いじゃないぞ。別に」
「はあ?」
「プールの授業とかは、無理だけど」
「ふふっ」
背後から、思わずといったような笑い声。
男は、仮面越しでもわかる程動揺していた。
「そういうことを言っているんじゃありません。人間が、憎くないのですか?」
「憎くはない。怖いだけだ」
正也は拳を握り続けたまま、一度深く息を吐いた。
「同じように動かないとすぐに攻撃されるし、悪い噂はすぐに広まる。同一性に執着しすぎだと思う」
「だったら、私たちと一緒に来てください。そうすれば、もう何も我慢することはありません」
「嫌だ」
「何故!」
「もう、我慢しなくて良い人に出会ったから」
正也はそう言い放ち、振り返らない。
目が合ったら、照れくさすぎて爆発しそうだった。
「退屈も、さっき終わったんだ」
仮面の男の肩からすっと力が抜けていく。信じられないといったように口を噤み、それから細く息を吸い、止めた。
「いつの時代にも、馬鹿はいるものです」
仮面の男は両手を大きく広げる。それを合図に、血人形たちは体勢を低くする。
「それについて、今更嘆くことはしません。ただ」
「もったいないとだけ、思わせてください」
勢い良く二人に向けられた両手。同時に床を蹴る血人形たち――三体。
一瞬、恐怖で足が竦む。
それでも、次の瞬間には重心を取り戻していた。
気付いていたから。
途中から、血が滴る音が止んでいたことに。
「――待たせたね」
空気が裂けた。次の瞬間、正也は突風が吹いたのかと錯覚した。
迷い無く繰り出された櫻の斬撃によって、首が飛ぶ。
――三つ。
「ねえ、相棒」
櫻は振り返る。正也は、その目に吸い込まれる。
今後一生見失うことは無いであろうそのギラつく目に、息を呑む。
「勝とうか」
血が降る。太刀の刀身が妖しく光る。
櫻のその笑みに、正也はいつもの悪戯っぽさを覚えた。
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