第5話「祓魔師とは」
「祓魔師」
今しがたの櫻の告白を噛みしめるように、正也はその単語を反芻する。
「そうだ」
「エクソ、シスト」
「ん?」
「祓魔師とは、何だ」
聞かれ、櫻の目が皿のように丸くなっていく。
それと比例して、正也は怪訝な目に変わっていった。
「何だよ」
「君……え?」
「だから、何なんだよ」
「いや、なるほど。そういうことか」
櫻は顎に手を当て、俯きがちに考え込みながら黒板の前をふらふらと往復し始める。
「確かに君からはあまり血の匂いがしない。そういう教育を受けてこなかったんだな。なるほど」
「何の話だ」
櫻は立ち止まり、真剣な表情でチョークを手に取った。
「今から祓魔師のことを説明してやる、という話だ」
櫻はそう言い、カッカッカッと黒板に文字を書き始める。
手持無沙汰の正也は、そんな彼女の後ろ姿をじとっと見つめているのだった。
「帰っていいですか」
「だめだ」
「何の時間ですかこれ」
「君が私の板書が終わるのを待つ時間だ」
「無理やり連れてこられて、待たされるのか」
「待たされたのは私もだ」
櫻のその一言が引っかかり、正也は首を捻る。
「どういう意味ですか」
「この三日間、ずっと待ってたんだぞ」
そう言う櫻の声は、僅かに震えていた。
しかし、板書をする手を止め、振り返って櫻は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「我慢出来なくなった君が、私を襲いに来るのをね」
一拍置いてやっと言葉の意味を理解し、正也は赤面する。
「そんなことッ、するわけないでしょ!」
「どうだか。あのときは随分幸せそうにしていたが?」
「……あんた、気が触れてる」
「よく言われるよ」
音も言葉も止まり、正也は黒板に視線を移す。
そして、今度は彼が目を丸くした。
『封呪庁(ふうじゅちょう)……人と敵対するあらゆる怪異の消滅を目的とする組織』
「この封呪庁は近代に入ってからより現実的な脅威に対処するようになった」
「現実、的な」
「つまり君みたいな吸血鬼のことだ」
櫻は真剣な表情を保ったまま、一歩横へ動く。
すると、『封呪庁』の下に『祓魔師』という単語が現れた。
「要するに封呪庁の下の私たち祓魔師は、国家公認の極秘エージェントということだ」
「戦う、のか?」
「そういうことだ」
「どうやって?」
櫻はしばし正也を見つめ、それから目を閉じると、自らの首筋にそっと手を当てた。
次の瞬間、青白い光が教室に広がる。
「なっ⁉」
しばしの発光の後、正也は目を開ける。
そこには、自分の身長の半分程はありそうな太刀を握った櫻の姿があった。
「こういう対吸血用の武器でな」
慣れた手付きでそれを軽く振って見せる櫻は、その切っ先を心底興味無さそうな目で見つめた。
「私たちは日夜、吸血鬼の脅威から人間を守るために戦っているというわけだ」
正也は呆気に取られる。
あまりに大きなスケールの話に、理解が追い付かない。
「まず祓魔師って、響きがカッコイイよな」という櫻の軽口も、耳に入ってこなかった。
「俺は」
「ん?」
「俺は、殺されるのか」
しかし櫻は、大袈裟に人差し指を左右に振って見せた。
「ノンノン。最初からそのつもりなら君が入学してきた一年前にそうしている」
「じゃあ、祓魔師のあんたが、俺に何の用なんですか」
「やっと、話が繋がるな」
櫻は太刀を降ろし、振り向く。
正也には彼女のその姿が、現実味が薄れてしまう程凛々しく見えた。
「私と契約してほしい」
正也は息を呑む。
そんな正也を、さもありなんという表情で櫻は見下ろす。
「私の美味しい血と君の力の、交換だ」
そう言って、赤い唇を妖艶に舐め上げた。
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