第2話 詠唱魔法です(キリッ)

「学校に行く」


 一五歳となった俺が希望を言うと、母上は不機嫌そうに紅茶を啜った。


「ダメ」

「なんでよ」

「家の名誉を汚す気? 行っても爪弾つまはじきに遭うだけよ」

「…………でしょうね」


 母上は一切笑わなくなっていた。

 無詠唱魔法を覚えないばかりか、修行相手としてこき使ってきた所為か、息子への愛情はすっかり枯れ果ててしまったらしい。


 ちょっと申し訳ない。


「だいたい、十年近くまともに人と喋ってない貴方が他人とコミュニケーションを取れると思うの?」

「そ、それは……」


 的確すぎるご指摘だ。

 強気で押したいのに思わずたじろいでしまう。


「冗談はその体だけにしなさい」


 鋭い視線で俺を下から上まで舐めるように眺めながら、母上が毒づいた。


 今朝――散髪ついでに姿見と向き合った結果、ひとつ確信した。

 俺はイケメンだった。

 

 身長は一七五センチほど。白い肌に金の眼。

 胸元まで伸びていた銀髪をざっくり切り、ミディアムヘアに整えた。鏡越しで見た自分は、どうしようもなく俺の厨二心を刺激してくる。


 そして、一分の無駄なく引き締まった体つき。その美しさは、まさに彫刻。この九年、黙々と鍛え続けた成果がよく出ていた。


「…………」


 ……というか、母上。

 視線がなんか熱っぽいんですが。

 気の所為ですかね?


 ひとまず気を取り直す意味もかねて、咳払いを一つ。


「将来の為にも行っときたいんだよ。この年で友達が一人も居ないのは、流石にな……うん、ヤバいだろ?」


 と、当たり障りのない理由を答えておく。

 だがもちろん、本音は違う。


 俺の肉体は、詠唱魔法を使うにふさわしい仕上がりになった。

 ならば次だ。

 修業を終えてから、俺は思い直した。必要なのは、成果を披露する場なのだと。


 これがなければ、真に詠唱魔法を極めた事にはならない。


 単に魔法を唱えるだけなら家でも出来るだろう。

 だがそうではない、そうではないのだ!

 できるだけ大勢の人に、今まで磨き上げてきた詠唱魔法を観て、聴いて、感じてもらいたい!


 そしてどうせなら、無詠唱で凝り固まった奴等に詠唱の素晴らしさを知ってもらいたかった。

 そこで、いかにも布教しやすそうな学校を選んだ訳だ。


「……そうねぇ」


 三二歳ながら未だに若く美しい母上が悩ましげに溜息を漏らし、


「――いいわ。許します」


 意外なほどアッサリと許可を出してくれた。


「…………ほんとに?」


 俺はてっきり否定されるものだとばかり……


「あの人は私が説得してあげる。愛する息子の為だもの。きっと分かってくれるわ」

「は、母上……!」


 母上は、俺にとびっきり笑顔を向けてくれた。

 前世を知って以来、見る事が叶わなくなった慈しみあふれる表情を。

 俺は感動に打ち震えた。


 といっても、具体的に覚えていないが。


「入学試験まであまり日はないけど、特に問題ない筈よ」

「試験があるのか。不安だ……まるで体しか鍛えてこなかったし」

「心配ないわ。だって――」


 ◆◇◆


 ……一ヵ月後。


「ここがモードリアム王立学院か」


 早朝からエッジロード領を離れ、馬車を使わず走ること二時間。

 パリッとした制服に袖を通した俺は、豪邸と見紛うほど大きい校舎の前に立っていた。辺りには、入学試験を受けに来た男女がチラホラいる。


 校舎は王都の中に存在するのだが、今年入学する生徒の中で、今日まで“セントフィリア王国”の名を知らなかったのは恐らく俺しかいまい。

 俺はつい先程、学院のパンフレットで知った。


「受験生の方はこの先の講堂でお待ちください~」


 女性教員の案内に従い、俺は自作のマントをバサッと翻し講堂に入っていく。

 中は大学の教室くらいの広さだった。制服を着た大勢の男女がまばらに席についている。貴族を恐れ、平民が距離を取っているのだろう。


 俺は入り口に近い席に向かい、空気イスをしながら待つ。

 一人、また一人と名前を呼ばれ、講堂を後にしていく。緊張している者は少ない。それもその筈だ。

 何故なら入学試験とは――


「アスティオン・エッジロード。こちらへ」


 男性教員に呼ばれ、俺は席を立った。



「これより入学試験を始める」


 薄暗い部屋に、老いた男の声が響く。正面の机には面接官らしき初老の男。照明の魔導具に照らされる中、俺は部屋の中央にいた。


「……と言っても、ただの面接じゃ。あくまで意思確認の場ゆえ、気を楽にの」


 そう言われて、ただの面接だった記憶は全くないが。

 一応「はい」とだけ答えておく。


「ワシはニブルス・ブラトニル。この学院の校長じゃ」


 おぉ、中々にイタカッコいい名前だ。

 俺の名前アスティオンと負けずとも劣らない。ちなみに俺は、無詠唱魔法にちなんだ名前らしい。意味は知らん。


「知っての通り、ここは若手育成の場での。若者に選択肢を与えるべく、様々な学科を取り揃えておる。騎士科、魔法科、鍛冶科……他にも沢山じゃ。今この場には、その道に精通した講師もおる故、質問があれば遠慮なく尋ねるとよい」


 立派に伸びた白髭を触りながら、ニブルスが笑みを浮かべる。

 成程どうりで。

 やけに視線や息遣いを感じると思った。


「……ところで、なぜ椅子に座らぬ?」

「見て分かりませんか? 修行ですよ」


 俺は面接中でも修行は怠らない。

 空気イス。それも片足のみで重心を支えていた。


「ほほぅ、なんと殊勝な。希望は騎士科かね?」

「――魔法科です。むしろ魔法科以外あり得ません」


 多少食い気味に断言すると、ニブルスは目を大きく見開く。


「ほっほ、で魔法科を選ぶとはのぅ」


 まさか、制服の上から鍛え上げた肉体を見抜くとは。

 この爺さん……出来る!


「学院生活は三年続く。もし挫折しても、途中の学科変更は可能なのでな。安心して勉学に励むがよい」

「挫折するのは、むしろ周りの奴等かもしれませんがね」

「強気じゃのぅ」


 そう、これから魔法科の連中は知る事になる。

 詠唱魔法使いアスティオン・エッジロードが紡ぐ詠唱の素晴らしさを!


「君の成長を期待しておる。面接はこれにて終了じゃ。退席して構わぬ。ようこそ――モードリアム王立学院へ」


 俺は腰を上げ、「ありがとうございました」と一礼して出口に向かった。

 家を出る前、母上が言った言葉が不意に頭をよぎる。


 『自分の異常さを学んでらっしゃい』


 その所為で、面接で落とされるんじゃないかと内心ヒヤヒヤした。

 なんだよ、全く問題ないじゃないか。


「――あぁ、一つ聞き忘れておった」

「ッ」


 扉に手を掛けたところで、背後から声が掛かった。


「君の好きな魔法はなにかね」


 なんだそんな事か。

 のちにソレは、魔法界の歴史に俺の名とワンセットで刻まれる事になるだろう。先生がたには、その最初の証人になってもらおう。


 俺は肩越しに振り返り、不敵な笑みを見せつける。


「詠唱魔法です」

「え」


 キリッ、と効果音が出そうなほど激しく決まったっ……!


「では失礼します」


 俺はその場を後にしたのだった。







「…………え、詠唱魔法ぉ!?」


 うん? 後ろでなんか聴こえた気がする。


「まあ良いか」

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