第3話 詠唱ぼっち

「――あの子、絶対浮きますよ!? 断言します!」


 アスティオンが退出した後。

 面接場は、ちょっとした騒ぎになっていた。


「全くですな。騎士科を希望すれば、ワタシ含め皆歓迎したものを……心を病む前に、転科を勧めるべきだ」


 捲し立てた若い女性講師に、渋めの男性講師が静かに頷く。


「ただでさえ今年は、あのリエナブル家の次男が入学したというのに……衝突するのは目に見えています! 何故すぐに止めなかったのですか!」

「…………だって、仕方ないじゃん」


 俯いたニブルスがボソッと呟き、


「あんな強気なんじゃもぉ~ん!? 貴族だし、フツー無詠唱魔法に自信あると思うじゃぁ~んっ!」


 駄々をこねるようにぶっちゃけた。更にその場でジタバタ。

 周りの講師たちがニブルスに白い目を向ける。


「なのに詠唱魔法きとか、もうほんとッ……誰が予想できるんじゃぁ!!」

「……だから追いかけられなかったと?」

「うむ。だからワシだけ責められるのははなはだだおかしいっ」

「威張る事じゃないでしょうっ」


 だが実際、この場にいる講師たちもニブルスと同じ理由で動けなかったのだ。誰も彼を責められない。

 悪いとすれば、それは魔法界の一般常識に土足で踏み入ってきたアスティオン・エッジロードただ一人である。


「ま、なるようになるじゃろ~」

「なんて無責任な……ハラルド、貴方も何か言ったらどうです。、魔法科一年の講師でしょう?」


 呆れた女性講師が壁際に立ち尽くす優男に話を振る。


「まあまあ。あんな子が居てもいいじゃありませんか」


 男にしては長い緑髪をかき上げながら、ハラルドはサラリと言った。


「ちゃんとフォロー頼みますよ?」

「入学当初はみな尖っているものです。クラスが円満に回るようサポートしますよ。使、ね」



 ◆◇◆



 先日の入学試験に合格した俺は無事に入学を果たし、学院の男子寮に入った。

 宛がわれた部屋にはベッドが一つ。贅沢にも一人一室のようだ。これで伸び伸び筋トレができる。


 入学式は明日。

 俺は日課である筋トレとボイトレを済ませ、早々にベッドに入った。


「ふふ、ようやく詠唱魔法を披露できる……楽しみだな」


 無詠唱主義のこの世界は、今日まで詠唱魔法を否定し続けてきた。

 だがそれは――俺が居なかったからに他ならない。

 明日からは俺が伝道師となって、詠唱魔法の素晴らしさを世に広めてやる。


 その為にも、まずは明日の自己紹介だ。

 皆に気さくな男だと知ってもらい、布教する下地を整えよう。


 そして翌日――登校日。





「…………」


 俺ことアスティオン・エッジロードは、早くもクラスで孤立した。


 教室には俺含め三〇人。長机にはそれぞれ二人ずつ座る事ができる。

 ……が、教室後方で座る俺の周りには誰もいなかった。詠唱好きには見えない同級生でも居ない限りは。


「時代は無詠唱魔法でしょ」

「今どき詠唱魔法とか。ふっる〜い」

「しかもマント着てカッコつけてるし……ぷっ」


 今は休憩時間だが、同級生の大半が遠巻きに俺を眺めて笑っていた。

 まさか、この風情を理解できないとは。

 魔法使いといえば、マントが常識だろうに。


 ……これが、『自分の異常さを学んでらっしゃい』という言葉の真意ですか、母上。

 いくら馬鹿でも、ぼっちは流石にこたえます。


「精神面はまだまだ鍛える余地がありそうだな」


 思わず溜息が出る。

 今でこそぼっちこんなだが、最初は違ったのだ。

 

 教室に入ってすぐ、俺に気付いた女子たちに熱い視線を注がれた。しかも「カッコいい!」とか「やだ、血管浮き出てるぅっ!」とかチヤホヤされた。

 女と詠唱魔法。どちらかを選べと問われれば迷わず後者を選ぶ。それほど女に興味がない。

 が……意外と悪くない気分だった。


 ――なのに!


 いざ俺が気さくに自己紹介を始めると、クラスの空気は止まった。



『——詠唱魔法の使い手、アスティオン・エッジロードだ。ここには詠唱魔法を布教しに来た。趣味は詠唱、特技も詠唱だ。魔法界には詠唱魔法を軽んじる者が多いと聞くが、目をつぶろう。いずれ俺の奏でる言霊の虜になるんだからな。皆、よろしく!』


 何事も最初が肝心。

 俺という存在を理解してもらうには、やはり“詠唱好き”である事実を全面的に押し出すべきだと思った。


 ……思ったのだが。


『『アッハハハハハハハッ!!!!』』


 俺は同級生たちから爆笑をプレゼントされた。

 主に同じ貴族から。


『オイオイ冗談だろっ! 詠唱魔法が特技とか、オレなら恥ずかしくて学院いけねーよ!』

『無詠唱使えないのぉ? え、一五にもなってぇ? ブフォッ、ダサすぎでしょ!』


 それからは嘲笑の嵐だ。

 担任のハラルド・バーカス先生が止めてくれなかったら、俺は笑われるだけで一生を終えていたに違いない。



「詠唱魔法への当たりがここまで強いなんてな……これからどうするか」


 貴族は基本プライドが邪魔して近付いてこないだろう。

 布教しやすいという点では平民の同級生が一番だが、もし詠唱魔法に興味があっても、俺に話し掛ける事でお貴族様に目を付けられかねない。


 ……あり? これもしかして詰んだ?


「――やぁ、アスティオン・エッジロード」


 ちょうどその時、頭上から爽やかな男の声が聴こえた。

 教室内に緊張が走る。


 なんだ、居るじゃないか。この状況でも話し掛けてくれる優しい奴が。

 俺は顔を上げて、親切で勇気のある同級生の顔を拝見する。


「……んーと、確かヴァイス・リエナブル君だっけ」

「言葉を慎みなよ。侯爵家のボクと伯爵家のキミが対等だとでも思っているのかい?」


 高慢ちきな台詞を吐き出したのは――なんと言うか、赤色の男だった。

 元々赤と黒の制服に加えて、瞳と短い髪も燃えるような赤。

 自己紹介じゃ、“絶縁”? のリエナブル家がどうとか言ってた気がする。


 後ろにいる取り巻き二人は知らん。


「いや? 別にどうでもよくない?」

「なっ」


 ヴァイス君が息を呑むと同時に、教室が一瞬ざわつく。


「んで何? もしかしてっ、詠唱魔法に興味があるのか!?」

「そんなわけないだろう! 貴族の癖に詠唱魔法が趣味とほざくキミを笑いに来たんだ!」


 目の前のテーブルを乱暴に叩くヴァイス君。

 随分いらついてる。さては肉を喰ってないな?


「おおかたクラスの注目を集める腹積もりだろうけど、嘘をかない方が賢明だったね。普通にしてれば、今頃は誰かと談笑できていただろうに……ハハハハハ!」

「無詠唱魔法を使えたら、の話ですけどね!」

「確かに!」


 ヴァイス君が甲高く笑い始め、取り巻きたちも合唱するように俺を侮蔑してくる。

 色々と間違っているが、これだけは先に訂正宣言しておこう。


「本気だぞ」

「は?」

「俺は詠唱魔法が好きだ、愛してる。この世界の誰よりも……!」


 身振り手振りを加え、力強く言い放つ。

 それだけで、騒がしかった俺の周りは静かになっていた。

 やがて、ヴァイス君が息を吹き返したように言葉を漏らす。


「……き、気持ち悪」

「なにが?」


 俺が笑顔で返したその時、予鈴が鳴った。

 担任のハラルド先生が教室に入ってくる。


「授業を始めますよ~。席についてくださーい」

「チッ」


 ヴァイス君は俺を睨みつけると、自分の席に戻っていった。取り巻きも遅れて付いて行く。


「あれ……俺、気持ち悪いの?」


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