転生した詠唱厨は無詠唱主義の魔法世界をぶち壊す

お芋ぷりん

第1話 詠唱はロマンだろうがァァァァ!!

「あぁっ、アスティオンが不良になってしまうぅぅ~~! いったいどこで育て方を間違えたのかしらぁぁぁぁ!」


 六歳の誕生日を迎えたある日。

 俺はなぜか母に大泣きされていた。まるで世界の終わりを見たかのような絶望っぷりだった。


「私の息子が、よもや興味を持つとは――我がエッジロード家の恥だ!」

「ァアン?」

「……なんだその目は」

「別になにも」


 そんな母の背中をさすりながら、父が怒気を滲ませ睨んでくる。

 怒りを通り越して、もはや殺意すら感じる。とても息子に向ける目じゃないだろう。


「うぅぅ……」

「先日雷に打たれたのが不味かったんだろう……もう一度治療師に診てもらおう」

「っ、ええ。そうねアナタ」

「アスティオン、説教は保留だ。そこでじっとしていろ」

「はぁい」


 父は最後まで不機嫌そうだったが、未だ泣きじゃくる母を連れて部屋を出て行った。

 そして、俺だけがポツンと取り残される。


「詠唱魔法の何がそこまでいけないんだ……」


 俺は何も悪くないが、何故ここまで責められるのかはまるで理解できん。だがキッカケ自体は分かる。

 あれはそう、が魔法の勉強を始めた三〇分前の事だ――




「かあさま、無詠唱とは何なのですか?」


 母の力を借り、自分の魔力を感知した後。

 無詠唱魔法を教えあげると張り切っていた母に尋ねると、なぜか渋い顔をされた。額から汗が垂れてすらいる。


「……かあさま?」

「それは……その、あれよ。なにもしなくてもドバーッて魔法を出せるって意味で」

「?」


 僕は首を傾げた。

 どうして曖昧な言い方をするんだろうか。

 葛藤したように下唇を噛んだ母は渋々といった様子で口を開く。


「…………だ、だからっ、呪文の詠唱が必要ないって意味よ!」

「呪文の、詠唱……!」


 不思議だった。

 単語の意味すら知らない筈なのに。

 僕の胸は今にも破裂しそうなくらい高鳴っていて。


 だからつい、言ってしまったのだ。


「詠唱がひつような魔法があるのですね! かあさま! 僕、そちらに興味が――」

「やめなさいッ!!!!」


 すると、ピシャリ。

 乱暴に机を叩いて、母が怒鳴った。


「かあ、さま……?」


 いつも笑っていて、平民の使用人にも優しい母が、今この時ばかりは狂暴な魔物のように怖かった。

 何故自分は怒られているのか? 何か気に障る事でもしたのだろうか?

 不安と混乱が全身を縛り付ける中、母が言った。


「あんな、我が家には必要ありませんッ!!!!」


 その瞬間。

 僕の中で、何かが音を立てて――ブチ切れた。



「ンだとゴラァ!! 詠唱はロマンだろうがァァァァァァァァッ!!!!」


 そうして、僕は。

 いや――は、詠唱を馬鹿にした母の胸倉を力の限り掴み上げていた。




 ――その後、騒ぎを聞きつけた父に母が事情を話し、現在に至る。


 ちなみにキャラが変貌しているのは、何も早すぎる反抗期って訳じゃない。

 俺はいわゆる転生者なのだ。

 母が“詠唱”を馬鹿にしたその瞬間、俺は前世の自分を思い出した。


 すなわち伯爵家の息子アスティオン・エッジロードではなく、こことは別の世界で生きていた日本人としての記憶を。


「キレて前世思い出すとか。我ながら執念深いな」


 ベッドに寝転がり、目を閉じる。

 前世の俺はサラリーマンでオタクだった。それも厨二病全開の呪文を唱えて放つ技が大好物の。


 それこそ、ス〇イヤーズの“ド〇グスレ〇ブ”だったり!

 BL〇ACHの“〇棺”だったり!

 とにかく聴いてて鳥肌が立つような、美しくカッコいい詠唱を愛していたのだ。


 そして自分で言うのもなんだが、かなりの変人だったと思う。

 どうしても詠唱した魔法を放ちたくてオカルトに頼ったほどだ。自分の中の魔力を意識してみたり、ネットで買った魔力開発薬なる物を飲んでは「魔力よ芽生えよ!」と筋トレしまくったりもしていた。


 それでも、俺の夢はついぞ叶わなかった。

 だがまだ希望がある。


「ここには魔法があるんだよな。前世には無かったファンタジーが」


 天井に手のひらを掲げ、ギュッと握り込む。

 届かなかった理想が、いま目の前にある。胸の鼓動が早まり、全身の血が駆け巡っているのを感じる。


……今度こそ、どんな手を使ってでも呪文を詠唱して魔法を使いまくってやる。そうと決まれば――」


 俺はベッドから跳び起きる。


「なんで詠唱魔法がこの世界で忌避きひされてるのか……まずそっから調べないとな」


 前世から夢を実現する為、俺は言い付けを破り屋敷の書庫に向かった。


 ◆◇◆


 調べた結果――俺は愕然とした。


「なん、だと…………」


 手に持っていた魔法教本が滑り落ちる。そこには、俺を絶望の淵に叩き落とす内容が書かれていた。


「……詠唱魔法が、無能扱いされてるだとォッ!?」


 ショックのあまり、俺の意識は遠のいた。


「――はっ!?」


 そしてすぐ目覚める。

 教本を手に取り、改めて中身に目を通す。


「『詠唱魔法は無駄が多く、無詠唱魔法により高速化した現代戦では全く使い物になりません。この世界は無詠唱が全てです。それにほら、カッコいいでしょ?』だぁ? ふざっっ――けんなァッ!!」


 俺は国語辞典くらいの教本を両手で引き裂いてやった。

 この著者、俺にケンカ売ってんのか!?


「どう考えても詠唱した方がカッコいいだろ!」


 どうやらこの世界じゃ、速くて隙のない“無詠唱魔法”が主流なようで、隙の大きい“詠唱魔法”は主に『戦闘に使えない』という理由で時代遅れの烙印を押されているようだった。


 確かにそれは否めない。

 詠唱し終えるまで無防備だし、中断すれば最初からやり直し。

 特撮モノじゃ、ほとんどの悪役がヒーローの変身中には攻撃しないが、それはお約束ってもので。


「詠唱による魔法イメージの具体化を、無詠唱は脳内で完結してる。だから速いし、隙がないっ……」


 悔しいが、詠唱魔法が淘汰されるのはむしろ自然の摂理だろう。今の扱いは、さしずめ魔法入門——初心者向けの魔法といったところだ。


 何よりも面子を重視する貴族界において、詠唱魔法を使う事自体が大きな恥。無詠唱魔法を“どれだけ上手く扱えるか”で社会的地位ステータスが決まるらしい。


「要は貴族にふさわしくないって事ね……」


 二人両親が怒る理由は分かった。

 しかし、だ。


「なんでないんだ!? 長文詠唱で威力が増したり、どこぞの魔王の力を借りたりできる設定がッッ!」


 この世界は間違っている!!

 さっきの教本には、詠唱のメリットがどこにも書かれていなかった。


「それでも俺は、魔法を詠唱したいんだよぉおおっ!!」


 弱くてもカッコよければそれでいいのだ。

 ならどうするか?


 高速詠唱は美学に反する。

 無詠唱で身を守るのもダメだ。なんか負けた気がする!

 攻撃を避けるのもなんか違う。詠唱は堂々としたい!


「何かないか、何かないか~!? 詠唱を邪魔されずに魔法を放つ方法は~!?」


 前世の知識を総動員しつつ、部屋の中をグルグルグルグル歩き回り、


「――だッ!?」


 本棚に頭をぶつけてしまった。

 上に山積みされていた本が衝撃で崩れ、頭に落ちてくる。


「いっでぇ……」


 本に埋もれた俺は頭を擦りつつ起き上がる。幸いにも怪我はない。たんこぶができるような事もなかった。


「……待てよ? ?」


 だが代わりに、俺の頭には一つの解決策が浮かんでいた。


「そうだっ! 何やっても邪魔されるなら、いっその事――!!!!」


 すなわち筋肉。

 同じ戦闘民族を苦しめた伝説の悪魔のように、鍛え上げた無敵の肉体であらゆる攻撃を防げるようになれば良いのだ!


「方針は決まった! 詠唱を否定する此処にもう用はない!」


 片付けする時間すら惜しく、俺は散らばった本を放置して食糧庫に向かった。鞄に詰められるだけ食べ物と回復ポーションを入れ、武器庫でナイフを一振り頂戴し、屋敷を飛び出す。


「――アスティオン! どこに行くつもりだ!!」


 背後から怒鳴られ、俺は振り返った。

 恐らく俺を見た使用人が報告したのだろう。血相を変えた父がそこにいた。傍らには目元を赤く腫らしたままの母の姿もある。


「俺は詠唱魔法を極めるために山に籠る! しばらく探さないでくれ!」


 そう告げて、俺は再び走り出した。

 修行と言えば古来から山籠もりと決まっている。


「な、なに考えてるの! 貴方まだ子供でしょ? できっこないわ!」

「馬鹿な真似は止せ! 戻ってきて無詠唱魔法を覚えるんだ!!」


 我ながら無謀だと思う。

 だが――この胸に燻る詠唱欲求を止める事はできない。どうしても俺は、この世界でカッコいい呪文を詠唱して魔法を放ちたいのだ!


「断る! 俺は、詠唱魔法を愛してんだよぉぉおおおお!!」

「アスティオォォォォン!?」


 流石に魔法で息子を撃つ勇気がなかったのか。あるいは完全に見放されたのか。

 俺は母の絶叫を背に受けながら、我が家を後にした。


 休憩を挟みつつ走る事、二時間。

 俺はエッジロード領の南端にある山林地帯に足を踏み入れていた。魔物が多数生息しているらしく、両親には絶対に入るなと厳命された覚えがある。


「まあなんとかなるだろ」


 昔からよ○この無人島生活は割とよく見てたし。

 あの時の思い出とノリ!

 そして詠唱魔法に懸ける執念さえあれば、多分いける……!


 俺は前世の知識を頼りに飲み水を確保し、雨風を防げそうな大樹の下に簡単な寝床を作り上げた。

 そうこうしてる内に空が暗くなり、魔物除けも兼ねて焚火たきびいた。無詠唱魔法で火を点けられれば楽だが、習う前に逃げたし、使えても使う気はない。


 家から拝借したパンと干し肉を胃に収め、明日に備えてさっさと寝る事にする。


「本格的な修行は明日から……おやすみす」


 ◆◇◆


 ――修行一日目。


 まずは全ての基本、体力作りだ。

 ひとまず限界まで走ってみる。何事も限界を知らねば始まらない。体感で五キロくらい走ったところで、普通に吐いた。タイミングの悪い事にイノシシに遭遇し、更に走らされた。


 おのれイノシシめ。強くなったら、ぼたん鍋にして喰ってやる。


 ――修行二日目。


 体力トレーニングに合わせて筋トレを始めた。

 スクワット、腕立て、腹筋、プランク。初心者が知ってそうなメニューを一通り限界までこなす。


 後は食後に回復ポーションをちびちび飲み、筋肉の超回復とやらを狙う。破壊と再生。今の貧弱な体を無敵に作り変えるのだ。


 ――修行五日目。


 ほんの少しだけ余裕が出てきた。

 なので、いつものメニューに滝登りを加えた。鯉の滝登り。前世の言葉だ。出世に興味はないが、なんか強くなれそうと思いやってみた。


 途中、身の丈以上の枝葉が流れてきたので試しに拳を突き上げる。なんだか無性に胸の奥が疼いたのだ。

 結果、滝が僅かに割れた。


 ――修行一ヵ月目。


 うさぎを走って捕らえると、狼の魔物にロックオンされた。

 今までは遭遇すると逃げていたが、今日ばかりは日々逞しくなっていく体を試してみたかった。


 狼の引っ搔き攻撃をあえて胸板で受けると、なんと狼の爪が粉々に。驚いたのは向こうも同じ。すかさず拳を叩き込むと、狼が地面をバウンドして沈黙した。


 ――修行一年目(うろ覚え)。


 一度家に戻ることにした。端的に言うと、伸び悩んでいたのだ。

 やはりというべきか、両親にこっぴどく叱られた。ご機嫌を取るべく、「無詠唱魔法の良さを直接体に叩き込んでくれ!」とダメもとで頼んでみる。


 すると、あら意外。

 喜び勇んで色んな魔法を放ってきた。俺もおかしいが、この両親も相当イカれている。だが修行の成果か、俺は火傷しか負わなかった。


 俺は、着実に強くなってきている。

 …………てか服だけ消し飛ぶとか、それどんなエロ漫画だよ。


 ――修行五年目。


 領内に被害をもたらすドラゴンを倒した。

 方法は至って簡単。跳んで殴り落とし、殴って殴りまくるだけ。炎のブレスも最早そよ風と同じ。


 裸にはされたが、良質な竜肉タンパク質を摂取できたので良しとする。ピクピクと小躍りする筋肉を見ると、なんだか嬉しくなった。

 そろそろ詠唱するにふさわしい肉体になってきた気がする。


 ――――そして、修行九年目。


「み、見事だ……儂のとっておきの【エクスプロージョン】を防ぐと、は――ッ」


 俺は王国で一、二を争う魔法使いの一撃を難なく防げるようになっていた。

 戦いを終え、美しく引き締まった肉体を一瞥して、ほぅっと息を吐く。


「良い仕上がりだ」


 遂に俺は――――詠唱魔法を極めた。


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