第35話 闇の竜
「合図だ」
視力が一番優れているアルクが、見張り台にいる兵士の事前に取り決めた旗の振り方で合図を受け取り、それを皆に知らせた。
魔物使いは基本的に自室に籠っていて、もう一人は王の間でのさばっているとの事なので、組毎でそれぞれ分かれてすぐに竜で向かう。
国の緊急事態なので、城の破壊も辞さないと許可は貰っているので、特に魔物使いを攻めるイル達は先手必勝で城を破壊しながら、魔物使いが籠っている部屋の方へ突き進んだ。
「何だこれは…?」
魔物使いがいると思われる部屋も壊して中を開けた。
中はまるで火事でも起きているかのように煙が充満しているのに焦げついた匂いはせず、何よりまるで絶望が目の前にあるような黒い何かが煙と共に蠢いている。
「ランに、お前と俺の武器にブレスを吐かせろ!」
後ろからアルクの声がしてようやく我に返った。
これをアルクは感じ取って、帰ってきたのだろう。
「ラン、俺とアルクの武器に力を分けてくれ」
イルの動揺はランにも伝わる。
イルは自身の気持ちを落ち着けてからランにそう指令を出した。
暴れたりしないか心配していたが、何とか自分を保ってくれているようで、イルとアルクの武器に向かってブレスを吐き、光りの加護を授けてくれた。
「俺が行先を作る。ランにブレスを吐いてもらって、お前はその先を目指して剣を触れ!!」
ランも感じ取っているはずだ。この先におそらく魔物使いがいて、その奥には闇の竜がいる。
「ラン、このままでは俺は進めない。闇を浄化してくれ、そうしてくれたら俺が決着を着ける」
イルがランに指示を出している間に、アルクの弓が先に放たれて、光りの加護を受けた矢が周囲の闇を浄化しながら、煙も打ち消していた。
「ラン!」
アルクの弓が切れ目を入れた所に、ランがブレスを吐いて部屋全体を覆う闇を祓っていった。
「もう少し耐えてくれ!」
ランのブレスが道を作り、さらに放たれたアルクの弓が何かに刺さり、其処から赤い血が溢れた。
「!」
イルはまだランの加護が宿る剣を握りしめて、ランが祓った道を走って、先程血が溢れた近くへ剣を大きく振り翳した。
「お前が魔物使いか?」
此処には人質などはいないはずだが、念の為に顔を確認する。
「俺が預かる。お前はランと共に奥に行け」
傷を負った魔物使いと思われる男は、驚嘆の瞳でアルク達を見ていた。
「…やはりお前が渦の元凶か」
当然と言えば当然かのように、闇の渦の発生源はランを命の危険にさらした闇の竜で間違いなさそうだ。
「フラナがいてくれたら良かったな」
あの時もそのまま襲わずに引き返したのもフラナのおかげだったのだろう。
しかし、フラナ以外の人が近付けば竜は攻撃してくる。
「…?」
しかし、イルが近付いているのに闇の竜は攻撃をしてこなかった。
「そうか………」
闇の竜には見た事もない道具が、首、尻尾、手足など至る所につけられていて、おそらくはこの道具によって、ブレスを吐き続けさせられていたのだろう。
そんな事が続けば強靭な肉体でも耐えられるはずがない。
「………ラン、何度も悪いな、この闇を祓えるか?もうこれ以上この竜を利用させたくないんだ」
ランは賢明にブレスを吐いて、溜まりに溜まった闇を少しずつ祓っていった。
「一旦休憩しよう。頑張ってくれて有難う」
きっと数日溜められていたのであろう闇のブレスの力は、宿主が朽ちた今も漂っており、一度に全てを浄化させるのはランに負担がかかり過ぎる。
「そいつは何か話したか?」
ランを休憩させて、魔物使いを見張っているアルクの元へ戻った。
「こいつは魔物使いじゃない、弱っていた闇の竜を自作の道具で縛って、魔物達を避け、襲わせた、ただのクソ野郎だ」
竜がいたのならば、その気配を感じ取って大多数の魔物はその国を避けるようになる。
秘匿なんて嘘ぶいて、実際は何もしてなかったわけだ。
そして、闇の竜から力を吐き出させて、その力で今度は他の魔物達を縛りつけて、シュペールを襲わせた。
「団長、王子を語っていた男は無事に捕獲し、今は人質となっている王達の救出に取り掛かっている所です」
今度は副団長が、あの日イルを襲ってきた男を連れてやって来た。
「…皆、無事であれば良いが。さて、お前達は随分と俺達を敵視してるようだが、何が目的だ?」
魔物使いも、王子を語った男も見覚えのない二人組だった。
そんな男達に何故執拗に狙われていたのかが、いまだに分からない。
「お前は!お前は覚えてもいないだろう無数に殺した兵士の家族だ!!」
そういう事ならば、顔に見覚えがなくても仕方がないし、竜騎士団長として生きてきたからには血を流さずに竜騎士団長として暮らしているのは、名ばかりのお飾りという事に繋がる。
「…そうだな、戦闘で沢山の兵士達の命を奪った事は事実だ。貴殿らにとって大切な家族を奪った事も事実。申し訳なかった」
謝ってすむ話ではない事は分かっている。しかし、積極的に自分達から戦争を仕掛ける事はイルの代ではまだないが、攻め込まれたからには生きる為、国を守る為に、相手の命を奪うのがイル達の仕事であるのも事実だ。
「だからといって道具のように、闇の竜を好きなように使って良い事にはならない」
魔物達だって攻撃してこなければ、無暗に倒したいわけではない。
自分達の復讐を果たす為に、国を巻き込み、竜や魔物を使うような行為は許されない。
ランが呼んでるような気がして、ランの方へ向かった。
「ラン、どうした?何処か痛むのか?」
ランはイルが来たのを確認すると、城内に響き渡るような咆哮をあげて、ブレスを放った。
もしも闇の竜がまだ生きていれば、対抗出来ただろうが、もう命を落としてしまった闇の竜は体毎、ランの吐いたブレスで浄化されていった。
もしも、誰かと相棒になっていれば、こんな事にはならなかったのか。と思わずにはいられない。
「浄化はある程度終わった。後は、こちらの国で頼む」
イルは幻だったかのように塵と消えた闇の竜を見届け、騎士団長の元へ報告に行った。
「イル王子、この度はこちらの国の不手際で二回もご面倒おかけして申し訳ありませんでした。無事に囚われた方達を解放する事が出来ました」
竜騎士達も手伝い、王達の事を救出する事も出来たようで何よりだ。
「ラン、今日はこちらに泊めさせてもらうか?」
他の竜や竜騎士達も確認出来ていないが、ランを始め消耗の激しい竜達は此処で泊めてもらう事も検討しなくてはならないだろう。
「早く帰りたいのか?誰かに会いたいんだろ?実は俺もだ」
ランは此処でやるべき事は終わったとでも言わんばかりに、もう飛び上がってしまった。
「副団長達の組は後処理を頼む。俺達は先に帰るぞ」
上空から副団長達に指示を出して、ラン達は先に自国へと帰る。
闇の竜は体毎浄化されて問題はないだろう、魔物使い達は復讐の為に大罪を多く犯した。
それをどう償わせるのかは、狙った対象が自分達とはいえ、エーデ国で起こった事だから彼等に任せる事とした。
落ち着かない最近の日々には終止符が打たれたと言っても良いだろう。
全てが落ち着いたら休息よりも、フラナに会いたいと思うのはイルもランも同じだったらしい。
道具として使っている。それはお前達も同じだと、あいつらは思っているかもしれない。
確かに戦いにこうして何度もランを使っている。
だけど、竜騎士団やシュペールの国の人達はそうして戦ってくれる竜に対しての敬意を忘れずに、愛しむ気持ちを忘れないと今一度心に誓った。
「いつも有難うな、帰ったら豪華食を頼むからな!」
人にも竜にも頑張ったらご褒美が必要だ。そして今は誰よりもあの人に会いたい。
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