第36話 役割

 「皆さんお帰りですね」

唯一残ったマイルの竜が普段と違う反応をしたのでエーデ国の方を向けば、遠くに帰還してきた竜騎士達の姿がうっすらと見えた。

「フラナ!帰ってきたら最短で結婚するぞ!!」

イルは帰還して早々に、お帰りと言う暇さえ与えずにランと何処かへ飛んで行った。


「マイル、留守の間は何もなかったか?」

イルが一人で行ったのに副団長が何も言わないところを見れば、帰還中にイルと話し合いがすんでいたのだろう。

「何もなかったですけど、団長は…?」

フラナもきっと気になってるであろう事を副団長に問いかけた。


「第二王子の所だ。すぐに帰ってくる。それより、俺達は皆休ませてもらうから、何もなかったのなら引き続き頼んだぞ」

副団長はそう言うと自分の竜が好む場所まで連れて行き、怪我の確認などをし始めた。

他の竜騎士達も同じようにし始めたので、フラナもアシスタントに入った。

「…団長も少しは休んでから行けば良かったのに、そんなに急ぎの用事が??」



「というわけで、最近の魔物の襲撃はエーデ国を牛耳ってた連中の仕業だと判明したし、その者達の処罰は彼らに任せたが、様々な報告は受けるし、元より勧めたかった外交もぜひ始めていきたいと申し出を受けている」


シュペールは竜騎士を有している事がこの世界唯一として栄えてきたが、それ以外では産業や特産といったものもなく、フラナ達のようなもの好きでもいないかぎり、観光も望めない。

隣国であるエーデ国と外交を進めて、新たなる道を模索しようとしていた時に起きた騒動だった。



「こちらに攻撃の矛先が向かなかったのは、兄さんへの私怨があったからだったんですね」

最近の魔物達の襲撃は竜舎や、竜舎がある城から近い街に限定されており、少し離れた場所に位置するこの城や街に被害がない事が不可解であったが、理由が判明すれば簡単な話であった。


「自分の父親とて、戦闘員であれば少なからず人の命は奪っているだろうに…。何も関係ない国まで巻き込んでまで復讐するなんて馬鹿げている」


イルが奴らの父を奪ったのが事実でも、それは戦闘になれば仕方ない事で、イルが他国相手であろうと必要のない殺生や、残虐行為などをするわけもなく、イルだって同じく命の危険に晒されながら戦場に立ってきた。

そして父親だって戦闘員であれば、初陣で功を成す前に散ったとかではないかぎり、誰かの大切な人を奪っているはずだ。それが戦場で避けられない宿命だ。


「というわけで心配毎もなくなった。度重なる被害で不安でいる国民達にも速やかに報告をして、そして俺達の事を祝って欲しいと願っている」

まだ細かい問題はあるが、元凶は取り除けたと思って良いだろう。あとは、エーデ国の本来のあり方を戻してもらいながら、交流を深めていければと思う。


「それで、フラナの事だが…結婚後も世話人を続けたいと言っている」

今まで世話人が結婚してもしていなくても特に問題は起きなかったのだが、フラナの場合は何せ相手が相手である。


「勿論、必要最低限の事はやってもらわないとならないだろうが、本人の意向を叶えたいと思ってる」

イルは第二王子と、同席している妻に対して深く頭を下げた。

「お前達二人には、これからも政治を中心にこの国を支えて欲しい」


竜騎士であるイルは結婚してもしなくても、竜騎士としての務めが一番である事に変わりはないが、第一王子と結婚するフラナは政治も含めて様々な事に携わっていかないといけない立場になる事になる。


「…特に奥方には、今までも負担をかけて、さらにこれからも負担をかける事になるが、竜達もフラナがいないと機嫌が悪くなるし、これからも世話人としての仕事を中心としていてくれる事が竜騎士団にとって支えとなると思う」


イルが成人して数年経っても結婚出来る見込みがない事から、次代を継ぐ子を成すというプレッシャーをかけられ、その母として、政治を仕切る第二王子の補佐として、今までこの国に尽くしてくれた。

それをこれからも求めるのは難しいと思いながら、フラナの本人の意志も、竜達にとってもそれが一番良いとイルは判断した。


「…私はこれからも、この国の為に夫を支えていきます。それに変わりはありません」

頭を下げ続けるイルに奥方は笑顔を浮かべながら、そう述べた。

「色々と負担をかけてきたのに、さらに負担をかける事になってすまないな…」


イルが結婚してフラナと結婚すれば、竜騎士団長と全ての竜と友好関係にあるという世話人であれば、その子は竜騎士になる可能性が高いだろう。

そうなれば、次代を継ぐ最有力候補とされ英才教育を受けている我が子の未来はだいぶ違う道を歩む事になる。


「今までと変わらない事をするまでです」

成人してすぐにこの国に来て、竜騎士団がいるが故に独特な習慣やしきたりがあるこの国に戸惑う事も多かったが、どういう形であれ、この国の為に生きる。そんな気概で生きてきた。


これからも同じ立ち回り役を求められても、求められなくなったとしても、この国にとって良いようにあるまでだ。ただ、息子の行く末を案じてしまうだけだ。

「………子供の未来はまだ分からない。兄は生まれた時から竜が側にいるが、それは王族の中でも稀だという」


もう数年共にいるので、妻がどの様な事を憂いているのかは察しがついた。

「俺達の子供も、兄達に生まれるかもしれない子供も、まだ先の話だ」

竜騎士になれなくても、いつかなれたとしても、この国では竜騎士にならない王子が政治の中心となって、この国を支える役割がある。

竜騎士としてこの国を守るか、政治を仕切りこの国を支えるか、その役割が違うだけだ。



帰還してきた竜騎士達が竜の状態の確認を終えて、フラナやヴィッセンのサポートを得て、竜騎士達もそれぞれ休息に入り、一人残されたマイルは竜に体を預けて団長の帰りを待っていた。

「あ、帰ってきた?」

竜の反応を見るに、団長が帰ってきたのだろう。


「ラン!今日は一日中働かせて悪かったな」

第二王子の城でも話し合いの間は休憩をとってもらい、食料も分けてはもらったが、今日は闇の竜のブレスを浄化して疲れきっていた所に、第二王子の所まで飛ばせて体力をかなり消耗させたはずだ。


「副団長からの伝言どおり、大奮発メニューありますよ!」

マイルはそう言うと、イルが副団長に伝達してもらっていた今日の疲れを癒す飛びっきりの夕食を受け取った。


「明日の朝もご馳走にしてもらおうな!」

ランの食事を見守ると、フラナにランを頼み、イルは副団長がいるであろう団長室へ戻っていった。



「流石に今日は早く寝たようだな」

夜も更けて、イルが竜舎へ来ると珍しくランは眠りについているようだ。

「…お帰りなさい」

まだ、きちんと言えていなかった挨拶をイルに投げかけた。

「ただいま」

こうやって挨拶を交わす為に、フラナは不安を抱えながら竜舎で待っていたし、イルもランと戦いに挑んだ。


「結婚してからも、フラナが世話人を続けたい意向だという事は弟達には伝えてきた。これからも奥方と共にこの国を支えてくれると思う」

どちらからというわけでもなく、寝具をかけて、暖房具を傍に置いて、ランにそっと寄り掛かった。


「世話人としての仕事以外にも最低限やってもらわないといけない事もあるだろうが、どうかよろしく頼む」

フラナはきっと本心から結婚だとか、立場とかというものは全て捨てて、此処に来たのだから、またそういったものにフラナを押し込めるのは申し訳ない気持ちもあった。


「…私で出来る事であれば精一杯務めさせて頂きます」

しかし、竜騎士団長としてこの国を守るイルと結婚するという事はフラナにも様々な事を背負わせる側面があるのも避けられない事実だった。

「何かあったら遠慮なく言ってくれ」


世話人の仕事以外の面では不安しかない。だけど、疲れていたのに帰還してすぐに第二王子の所へ行ったのは、世話人として働く事を援助してもらう為なのだろう。


「あ、私一つだけお願いがあります」

それならば、自分も自分で出来る範囲でイルや、優しくしてくれたこの国に報いたいと思う。


そんなフラナが一つだけ望んだ事があった。

それは聞けば、普段よりフラナと接している竜騎士達なら、なるほど。と言いそうな願いだった。

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