第30話 再会
マイルが届けたイルの手紙には、自分の竜である黄金の竜でフラナと共に国を訪れたい事、竜を連れたままで城内へ留まる許可が欲しい事、それが無理であれば、場所を指定してもらえれば竜は其処へいてもらう事など、何点かのお願い事が記されていた。
「…父は手紙で何と?」
イルから父宛てで、訪問したい旨の書簡をマイルに届けてもらった事は聞いていたが、それに対して父がどんな返事をしたのかは聞いていなかった。
「フラナが無事で安心したと書かれていたし、訪問を歓迎すると返事をくれた。だから、そんなに緊張するな」
フラナも乗っている状態で、マイルのように全速で行く事は出来ないので、マイルよりは時間がかかるが、ランと共であれば馬で行くよりは格段に少ない時間でフラナの国へ行ける。
「………旗を出します」
空から見上げた事はなかった、見慣れた景色が見えてきた。
フラナは父の手紙に同封されていたという、竜で来る際の合図としてセリュー国の紋章が描かれた旗を掲げ、目印とした。
「私は、シュペール国から来たスヴァルゲ・イルと言うものだ。ケールス王には訪問の許可を貰っている。謁見をお願いしたい」
フラナは見覚えのある兵士に旗を手渡した。
「ラン、俺達は少し話をしてくるから、此処で大人しくしていてくれ。暴れるなよ」
ケールス王は城内へランを入れる事を許可してくれたので、中庭でランには待ってもらう。
少し待った後で、兵士達がイルとフラナを案内してくれた。
「…シュリ、無事で良かった………」
この国でつけられたフラナの本名、今はもう自分が呼ばれていたかの記憶さえ曖昧に感じてしまう程だ。
「お父様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
フラナは謝る事しか出来ない。これまで育ててくれたのに、婚約破棄という形でこの国を裏切る事になり、出て行った事をどう詫びれば良いのか。
「お前が無事ならそれで良いんだ」
フラナがこの国を出た時に、もう我が娘の事をこの目で見る事はないのだと覚悟していた。
「………シュリ、イル君と二人で話をさせてくれ。久々に城内でも見ていると良い」
そう退出を促されて、フラナは父とイルに頭を下げてから部屋を出た。
「城に竜を入れる事を許すなんてとんでもない話ですわ」
この声はすぐに誰か分かる。セリュー国の王妃その人だ。
「………ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
母に決められた婚約、セリュー国より遠くへ追いやりたいのが目に見えたような婚約だった。
それでも決められた道に従えずに、この国に迷惑をかけて、母の面子を潰してしまった。
「貴方が突然消えて、本当に大変でした。迷惑かけまくったあげく竜と一緒に帰ってくるなんてどんな考えをしてるのかしら」
謝罪以外にフラナが出来る事は何もない。
二度と会いたくなかったこの人に頭を下げるのみだ。
「あの子が、結婚してこの国を離れる前に竜を見たい。と言い出したのを昨日ように覚えています」
二人きりなった謁見室では、王がフラナの旅立ちを話してくれた。
「結婚したら自由はなくなるから、今の内に自分がしたい事をしたいのだと相談されました」
セリュー国に竜が襲ってきた事があり、それを見てから竜に興味を持ったのだという。
「しかし、竜騎士団を有する貴方達の国は此処から遠く、独身の女性が旅を出来る距離ではありませんでした」
既に婚約が決まっている身で、遠くの国に意味もなく行くという行為は不貞などあらぬ疑いをかけられる事もある。
「それで、この国を捨てる位の覚悟があるのなら全てを捨てて、シュペール国を目指しなさいと言いました」
イルは、フラナは婚約が迫ってきて逃げ出したのだと思っていたが、父にだけは相談して決断したのだった。
「あの子は、この国には二度と戻れなくても竜をもう一度この目で見たいと言いました。あの子はずっと日陰のように生きていました。そんなあの子が、そんな覚悟を持つ程に興味を持つ事が出来たのなら、このまま結婚して、また人形のように生きていくのなら、例えシュペール国まで辿り着けなくても幸せなのではないかと…思って、最低限の物だけ持たせて見送りました」
父として、その決断はどれだけ難しく、また身を切るような想いだった事だろう。
辿り着けるあてもない旅路へと愛する娘を見送り、そして婚約破棄という問題にも立ち向かわなくてはならかった。
「あの子が貴方の元へ辿り着いて、貴方のような方に見初められたのならあの日見送った甲斐があります」
生きているのかも、死んでいるのかも分からない日々の中で、マイルが竜に乗り城にやって来て大騒ぎになった際に、王だけはもしかしたら、という想いがあった。
「…どうか、あの子の事をよろしくお願いします」
王はゆっくりと頭を下げた。黄金の竜にイルと共に乗ってやってきた我が子の姿を見て、あの子の夢は叶ったのだと確信した。
「フラナは公私共に自分を支えてくれています。これからは自分が彼女を守ります」
イルは思わずフラナと言ってしまって、その言葉に王が顔を上げた。
「フラナ?あの子はそちらではフラナと名乗ってるのですか?」
その声は驚きに満ちていた。偽名を名乗っている事が良くなかったのだろうか。
「はい、こちらではフラナと自ら名乗っていました」
王は大きく息を吸った。
「………実は、まだあの子に言えてないのですが、あの子の母親はあの子を産んですぐに亡くなりました。その時に、フラナと声を掛けてそのまま息を引き取りました」
フラナからは、母は自分を生んですぐに森へ帰ったと聞いていたが、それはまだ幼かったフラナの為についた優しい嘘だった。
「…フラナと名付けてあげられたら良かったのですが、こちらの風習で名前は何番目の生まれかによって規定の名前が用意されていて、それを命名するのが習わしとなっているので…フラナと名付ける事は許されませんでした」
庶民は自由に名をつけられるが、王族故の厳格な風習が続いているとの事だ。
「あの子の母とは森ではぐれた時に出会って、私が半ば無理に城内へ来るように促しました。しかし、森で暮らしていた彼女に城内での生活は合わなかったようで、森へ帰ろうとしていた矢先、妊娠が分かり、そのまま………」
父にとっては、フラナの母の事、そしてフラナの事に罪悪感を抱えていたのであろう。
「久々に見たあの子は母親そっくりでした。あの子を連れて帰ってきてくれて有難うございます」
きっと竜が見れても一人だったら、この国に戻ってくる事もなかっただろう。
フラナの母の事はフラナもまだ知らない事であり、タイミングを見ながらイルの方から話をするという事で落ち着いた。
「そういえば、シュペール国はエーデ国とは近隣国ですな。外交などはされているのですか?」
エーデ国とは、外交に行ったイルを襲ってきた国だ。どうしてその名が、こんなに離れたこの国の王から出るのかイルにも緊張が走った。
「いえ、あまり外交はしてませんが、何か?」
動揺は努めて隠しながらも、訪ねてきた理由が知りたくて聞き返した。
「最近、魔物使いが来たそうで、魔物による被害が大幅に減ったと聞いております。我が国も毎年魔物には度々襲われており、それに効果的な策があるのなら伝授して頂きたいと思ったのです…」
魔物による被害が減ったという話は、ヴィッセンが旅をしていた時に聞いたとは報告があったが、魔物使いという存在は知らなかった。
「魔物使い?それは気になりますね、そちらの情報が入りましたら、ぜひこちらにも報告させて頂きます」
冷静を装い、無難な返答を返した。
「今日はこのままお帰りに?」
気になる情報を思わぬ形で仕入れたし、あまり良い思い出のなさそうなフラナを一人にさせるのも不安なので、そろそろお暇の時間だ。
「現在、私達も魔物の対応には苦慮している所で、今日は帰らせて頂きます。本日はどうも有難うございました」
王には礼を告げて謁見室を出ると、兵士がフラナは竜の所で待っていると伝言を伝えてくれた。
やはり、久々の我が家を見て回るような気分ではなかったのだろう。
「フラナ、待たせたな」
ランの側で人形みたいな顔で俯くフラナに声を掛けた。
「父君から結婚の許可は取れたぞ。俺達の国に帰ろう」
もう何も心配する必要はない。イルはフラナを抱き抱えて、ランに座らせた。
「イル様、遠い所まで有難うございました」
フラナの礼を聞きながら、イルもランに乗った。
「これで何も心配ないだろう。とはいえ、戦況が良いとは言えないが、一緒にいてくれ」
そう問われた言葉に、これで心から頷く事が出来る。
「はい、私も頑張ります」
ランが飛び上がる。黄金の鱗が夕日に照らされて、それはとても綺麗だった。
夕日に照らされながら黄金の竜が飛び上がり、竜騎士団長と我が子を乗せて遠くへ消えていく姿を父はしばらく眺めていた。
「皆!待たせたな、俺はフラナと結婚するぞ!!」
ランに頑張って飛んでもらい、竜舎に戻ってくるなり、竜舎にいた竜騎士達に向かってイルは宣言をした。
「って、皆知ってますよ」
しかし副団長には最初に話してあり、マイルにも使者として行ったので話さないわけにもいかずに、ある程度知れ渡っていた。
それに直接知らされていなかった者達からしても、ようやくくっついたか、程度の雰囲気だった。
「何だ、皆驚きが少ないな。久々の明るい話題だ、もっと喜んでくれ」
別に今更…みたいな竜騎士達の反応にイルは不満げだ。
「…イル様、そんな止めてください」
フラナは突然の結婚宣言に照れて、イルを止めた。
「まぁ、俺も王子だからな、結婚したという報告は皆にしないわけにはいかないだろう。式はもう少し先になるが、待っててくれ」
しかし、元来気を使えるタイプでもないイルは、恥ずかしがるフラナを無視して話を進める。
「あの~、デリカシーのない男は嫌われますよ」
顔を真っ赤にしているフラナが可哀相になってきたので、マイルが助け舟を出す。
「あ~、ほら~~~。団長が無粋だからですよ」
イルが先にランから降りた途端にフラナは一人でランと共に飛び上がってしまった。
「あ!だから、ランに一人で乗るのは駄目だって言っただろ!!」
こうなるとランはあまりイルの言う事を聞いてくれない。
「おい、マイルお前早くフラナを連れ戻してこい」
あまり従いたくない、どうでも良い上司命令過ぎてマイルは特にやる気が出なかった。
そのせいもあってか、その日しばらくフラナはランの上から降りてこなかった。
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