第31話 情報収集

 「昨日ケールス王と謁見して気になる話題があった」

昨日は帰りも遅かったので、フラナに何とか竜舎に戻ってもらい謝ってからは比較的早くに寝たが、今日からは気を引き締めて現状の問題点への解決策を探さないといけない。


「エーデ国に魔物使いが来てから、魔物による被害が大幅に減ったという話だ」

フラナとの正式な結婚はこの件が落ち着いてからにしたい。

国民に伝えるにしても、国民も不穏なままでは祝い事を祝う気持ちにはなれないだろう。


「ヴィッセンの聞いたという話と似たような話題ですね」

魔物使いという名称はおとぎ話などで使われる言葉で、少なくともイル達は魔物使いという職業の人間に現実に会った事もなければ、そういう職業の人間が実在するという話も初めて聞いた。

竜も魔物という事であれば、竜騎士団は魔物使いという事になるだろうが。


「俺が襲われた件もあるし、昨今の大量の魔物の度重なる襲撃にエーデ国が関わっている可能性はあると思う。それが、この国を狙ったものなのか、自分達の国から魔物への被害を減らした結果、こちらに魔物が流れてきたのかは、判断が難しいが」

しかし、イルが襲われた件も考慮すると、偶発的な流れでこの国に魔物が流れてしまったというよりは、人為的にこの国を狙ってると思った方が自然だ。


「それに、あの外交の時に少し違和感もあった。副団長は、以前エーデ国に行った事があったな」

突然襲われた為、違和感を覚えた事を忘れていたが、思い返せば城に入った時に幾つもの違和感があった。


「以前私が行った際は積極的にこちらと外交をするといった感触は得られませんでしたが、敵意も感じる事もなく、中立でいたい。というような感じに見受けられました」

この国で騎士を務め、竜騎士となってからも長く務める副団長はイルよりも外交等で他国に同席した数も多かった。


「イル様が気になるのであれば、私がエーデ国へ行って探ってきましょうか?」

イルは襲撃された時に初めてエーデ国へ行ったから、エーデ国の人達の事を伝聞程度しか知らない。

以前、直接訪れた事がある副団長ならイルが感じた違和感が気のせいなのかどうかを見極める事は出来るだろう。


「俺が行ってきてやろうか?」

しかし危険な任務であるし、逆に顔が割れている副団長が行く事がどうなのか。という問題がある。そう思慮していたイルにアルクが自ら名乗りを上げた。

「直接謁見した事はないが、まぁ、遠目からは確認してる。魔物の襲撃が減ったのなら、街の連中も当然それを実感しているはずだ」


副団長とは違って城内での謁見等の行事には加わらなかったが、アルクも護衛役としてエーデ国に行った事があった。

「しかし、竜騎士の皆さんは顔を把握されている可能性が高いのではないでしょうか?」

アルクにエーデ国での情報収集を頼もうと思ったら、いつから話を聞いていたのかヴィッセンが話に割って入ってきた。


「留守中に襲われたりした事も考えると竜舎は監視されている可能性が高いかと思われます。エーデ国からであれば、それ程難しくはないと考えます。特に竜は体が大きいので、監視要員さえ確保していれば、竜騎士の数や留守の把握などは難しくありません」

まるで作戦会議に最初から参加していたかのように発言を続けるヴィッセン。


「私であれば、城内は難しくても街の人に話を聞いて歩くのは容易かと。実際、以前も旅人として色々話を聞いたりしてました」

ヴィッセンも竜舎に出入りしているので、ヴィッセンの読み通り竜舎を中心に監視されているのであれば、ヴィッセンの顔も把握されている可能性もある。


「良いのか?お前も竜舎に顔を出している以上素性が割れている可能性はあるし、城に近付かなくても衛兵達に見つかる可能性もある。危険はあるぞ」

これだけ攻撃してきている最中に、その相手国の者が情報収集しているとバレれれば、非戦闘員だろうが関係なく命を狙われるだろう。


「度々、魔物に襲撃されるのは私自身怖いですし、竜に危険な目に合って欲しくありません。それに、魔物使いというのが本当にいるのなら、その知識を知りたいという知識的好奇心もあります」


ヴィッセンが竜の資料について調べていた時には、最近は魔物の襲来が少ないという街人達の安堵の声は聞いてきたが、魔物使いという具体的なワードは聞けていなかった。


「エーデ国のスパイで、合法的にエーデ国に帰りたいだけじゃねぇのか?」

ヴィッセンがわざわざ危険な任務に手を出す気持ちを量りかねて、アルクが口を挟んだ。


「…嫌なんです。竜が死ぬかもしれないような状況に陥るのを見るのが………」

竜騎士にとっては、竜も自分達も戦うのが普通と思っているので、怪我や瀕死の状態を観るのは悲しくとも慣れているし、だからといって戦闘から退くなんて事は、動けないような状態にならないかぎり、考える事もない。

しかし、非戦闘員のヴィッセンは違った。


人や竜が死んでもおかしくない程の怪我を負ったりする現実にヴィッセンは耐えられなかったのだ。

「それに魔物から被害を減らす方法があるのなら、それを多くの国で共有すれば、魔物の襲撃で命を奪われる人を減らす事が出来ます」


この国には竜騎士がいるから、魔物による人的被害は少ないのだろう。

だが、ヴィッセンは故郷だけでも沢山見てきた。傷つく兵士達に、逃げ惑う街の人達。

戦闘に駆り出されて多くの馬も奪われた。そんな光景を何度も何度も見てきた。


魔物達にとっては人間は食料なのだから、人間が動物を食べるように、仕方のない食物連鎖なのかもしれない。

しかし、救えない命を見るのはもう沢山だった。


「…他国では魔物による被害が深刻なのだったな」

ヴィッセンの表情からヴィッセンも故郷などで多くの悲劇を目のあたりにしたのだろうとイルは悟った。

しかし、ヴィッセンの言うように魔物の被害を減らす方法を魔物使いが知っているとして、それを全世界で共有出来る程、世界が綺麗なのかどうかは分からない。


「今一度問うが、俺達の想像どおりエーデ国が俺達を敵視しているのであれば、命の危険はある。それでも情報収集に行ってくれるという事で良いんだな?」

しかし、ヴィッセンの覚悟を尊重して、ヴィッセンを信じてみる事にした。

街の人から話を聞くのならば、顔さえ割れていなければ、ヴィッセンの方が自然と聞きだせるはずだ。


「………覚悟はしてます。もし人質的なものとされても救出はしなくて大丈夫です」

竜を研究するという道はまだ始まったばかりだが、故郷にいたら絶対に知る事が出来なかった事が沢山あった。出来れば、再び竜舎に戻ってこれる事を祈ってヴィッセンはこの国を出て行った。


「…あいつが嘘の情報を持ち帰る事も想定しておけよ」

ヴィッセンが言った事に嘘はないように聞こえた。だが悲しい事に、夢や希望を持っていた若者達が夢破れ、堕ちていった姿も何度も見てきた。


話す事の全てが嘘だと真実味は薄くなってしまうから、潜入先でも真実を交えながら話をするのは基本だ。

その基本にのっとって若い頃の話を盛りながら聞かせた。という可能性も当然考えなくてはならない。


「まずはヴィッセンが帰国するのを願おう」

しかし、今はヴィッセンの心意気が身を結ぶ事を願うばかりだ。

「正直、あの男があの様な気持ちを抱いているとは思っていませんでした」

副団長からすれば、ヴィッセンは獣医経験のある竜の研究者になりたい男。という認識でしかなった。

非戦闘員だからこそ、竜騎士団とは違った感性を持って、世の中を見てきたのだろう。



「ヴィッセンさんはエーデ国に行ったんですね…」

夜にイルの団長室に呼ばれてフラナが尋ねると、団長はフラナにヴィッセンがエーデ国へ行った事を話して聞かせた。

「そうですね、ヴィッセンさんの言う通り魔物の被害を少なくする方法が本当にあるのなら、それを共有出来たら救われる命が沢山あります」


ヴィッセンと同じく魔物に度々襲われ、それと戦う兵士達や逃げる街人達を何度か見てきたフラナも、強くそう願った。

「今は、ヴィッセンの帰りを待ちながら、他の原因もないのか調査中だ」

竜舎ではなく、あえて自室に呼んだのも監視されている可能性を考慮しての事だ。


「兵の増強もしたいんだが、竜の数は俺達でどうこう出来るわけでもないし、兵士という職を選ぶ若者も少ないのがこの国の現状だ」

良い機会だから、フラナにもこの国の事を知って欲しいと思った。

「この国には兵士の数が少ないだろ?」

この国は他の国より圧倒的に兵士といった戦闘員の数が少ないのだ。


「竜騎士がいれば多くの働きが出来る。少ない人数で城や国を守る事が出来れば、それだけ税金を少なくする事が出来る」

戦闘員の少なさで、他国よりも大幅な人件費を浮かせられる事がこの国の税金の少なさを支えている。

そして少ない税金であれば、贅沢さえ望まなければ国の人達も働き詰めにならなくても生活していける基盤を作っている。


「…兵士の数を増やせば、その分だけ将来的には増税しなくてはならなくなるという事ですね」

兵士の数が少ないのには国民の人数の少なさなども関係していて、一つだけの理由ではないが、無暗な増強は国民に負担を生じさせる結果となる。

というのが、中途半端で終わった第二王子との会議の結論だった。


「今の体勢で今まではそれ程困る事はなかった。だから、この魔物の襲撃を解決する糸口さえ見えたら、国民に負担を増やす必要もなくなる」

イルはフラナの体を抱き寄せた。

「…気持ち的には今すぐにでも婚姻を急ぎたいのだが、一連の魔物の襲撃を解決して、その報告をして国民の不安を和らげてから、結婚の儀を進めたい」


フラナは嫌がっていたのに、すぐに父親への謁見を申し込みしたのに、少しの間婚約者のままでいて欲しいと願ったのは、他でもないイル自身だ。

「その方が、皆さんにも祝福してもらえると思います」


不安な生活の中では他人の幸せを人は祝えない。良い報告を二つぶら下げて国民達には安堵して欲しいし、祝って欲しい。

「全て解決するまで、少し猶予をくれ」

これがイルなりの国民に対する誠意だった。


「…竜舎が監視されているかもしれないから、気をつけてくれ」

あのまま自室で一夜を過ごせば皆に何と言われるか分からないので、名残惜しいが、ランの所まで二人で向かった。

「ランさんがいるので大丈夫です」

フラナがランの方へ行くのを見送って、イルは団長室へ戻ろうとした。


「フラナ…?」

しかし、後ろからフラナに抱き着かれてイルは立ち止まった。

「私、いくらでも待ちます。イル様がいてくれるのならそれで充分です」

イルが結婚を待たせてる事を気にしているのはよく分かった。

けれどフラナにとっては、婚約者のままでいる事よりも、イルに何かある事だけが心配だった。


「フラナ、有難う。俺は何があっても此処に戻ってくる」

フラナが自分からこうして触れてくれる日がくるなんて夢のようだ。


「ラン、フラナの事を頼んだぞ」

出来るのならずっとこうしていたい。しかし、このままでいたらフラナの体が冷えてしまう。

「おやすみ」

イルは婚約者の事も、自分の事も、そして国民の事も全て守る。

それがこの国の第一王子として生まれ、竜騎士となった自分の責務だ。

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