第29話 使者

 「団長、今はまだ婚約中ですから過度なスキンシップは控えるべきかと」

朝食を終えて団長室で二人になると、副団長はすぐに切り出した。

「ランと三人で添い寝しただけだ。何も問題ないだろ」

しれっと答えるイルにいらっとした副団長が次の言葉を発する前に、団長室にノック音が響いた。


「マイル、来ました!」

元気良く団長室に入ってきたのは、朝食が済んだら団長室に来るようにとイルから言われていたマイルだった。


「早速だが、この手紙を持ってセリュー国へ行って欲しい」

イルから手渡された手紙には、この国から発行された事を証明する印が押されていた。


「セリュー国…って何処ですか?」

この国出身の若手竜騎士であるマイルには、国名だけでは伝わらなかったので、事前に準備していた地図を副団長がマイルに渡した。


「…セリュー国はフラナの故郷です。この国の使者として行くのですから失礼のないように」

かなり遠くにある国だなぁ、と地図を見ながら確認していたマイルは、フラナが来た国だと聞いて驚いた。


「え?フラナさんってこんな遠くの国から来たんですか???」

てっきり近隣諸国から来たのかと勝手に思い込んでいた。

それだけの想いがあったという事なのだろう。


「俺は竜に乗って行って良いんですよね?」

竜で行くからこそ、マイルが使者役として選ばれた。

セリュー国まではかなりの距離がある事から、竜で速やかな移動が出来、万が一魔物の襲撃にあった際も対応出来るからだ。


「フラナの父君であるケールス王に直接渡したいと申し出るんだぞ」

フラナから聞いた話によれば、父は優しかったが、母は実の母でなく、婚約破棄の件もあるので、フラナに対して良い感情を抱いていないだろうとの事だった。

この手紙を正室に握り潰されては困る。


「特に、奥方には渡すな」

使者という立場上、誰を選任するかは悩んだが、副団長は混乱している現状での長時間の留守は避けたく、そして使者としての経験はないが、マイルの竜がこの竜騎士団で一番の速さなので、その速さを見込んだ抜擢だ。


「良いですか、この手紙をケールス王に直接お渡し、出来ればそのまま返事を頂きたい。というのが一番の目的です。勿論、ケールス王が返事に時間を欲しいと言われれば、それに従うように」

二人から説明を受けている間に、マイルにも緊張が走ってきた。


「マイル、お前は使者としての役割は今回が初めてだろうが、竜騎士はその機動力を活かしたあらゆる機会がある。頼んだぞ」

いつもは団長や副団長、その他多くの先輩騎士達に囲まれた中での勤めだったが、今回はたった一人で行き、自分が粗相をすれば国同士の衝突にも繋がりかねない。


「…今は状況も状況だ。フラナとの結婚を早く進めたい。少しでも早く帰還してくれ」

そう言われて、マイルは手紙と地図を握りしめて初めての使者役として出かけた。

使者役に相応しい装備などは、副団長が揃えてくれていた。

一番の問題は竜騎士についてどれだけ理解があるかが分からない国に、竜と共に行く事だ。


「速さはこの騎士団一でしょうが、まだ経験が浅いので心配ですね」

しかし、竜騎士団では一番の若手だとしてもマイルも立派な竜騎士団の騎士なのだ。

こういう経験を詰んでさらに成長して欲しい。


「…まずは、何事もなく帰還するのを願う」

まだまだ未熟な所もあるが、器用な部分もあるので、何とか今回の使者役をこなして帰ると信じて、この未曾有の困難に対抗する術を探す事に集中する。


レハムリの詳しい生態や特徴などは、ヴィッセンとフラナから詳しく聞き、城内で共有をし、対策は練ったので、また襲来されてもこの前程の被害にはならないとは思うが、何故これ程魔物に襲撃されているかの原因が分からないと対策を取りようがないのも問題として残ったままだ。




「団長~!!!」

初の使者役を任命されたマイルが、元気に戻ってきた。

「こちらが、ケールス王からの返信です」

竜と共に怪我などは負ってないようだった。

「とてもお優しい方でしたよ。竜で行ったら、だいぶ警戒されちゃいましたが」

結局、城から離れた所に竜には身を隠れてもらって、一人で城へと向かって謁見をお願いした。


「マイル、よくやってくれた。今日と明日はゆっくり休んでくれ。これからも期待してるぞ」

イルはケールス王からの返信を読み、副団長へ渡すと、団長室の窓を開けた。


「ラン!」

ランは団長室までやってきて、窓から飛び降りたイルを受け止めた。

「フラナ!共に行くぞ」

竜舎で仕事をしていたフラナに、ランの上から大声で声を掛けた。



「良いんですか、あれ………」

その後、準備していた正装にイルもフラナも着替えると、二人はランに乗ってセリュー国へと向かった。

「…あまり良いとは思えないが、本人がそうしたいと言うのだから仕方ない………」


現状、竜騎士が数多く竜舎から離れる事は良くないと、イルはランだけで行くと言い出した。

当然副団長は反対したが、フラナがいる以上、セリュー国で襲われる可能性は少ないと考えられ、竜騎士を連れ立ち此処を離れれば、竜舎が手薄になり、また其処をつかれる可能性もあり、護衛達を連れて行けば、遠方の国であるセリューに行って帰るのに数日要する事などを言われ、強く言い出せない副団長がいた。


「良い報せを持って帰ると信じて、私達はこの国を守る事に勤めよう」

イルが留守にした此処が襲われない保証は何処にもないのだ。



「国へ帰るのは怖いか?」

迷う様子を見せていたフラナに強引に着替えてもらい、今こうして二人でフラナの故郷へ向かっている。

「…もう竜舎に戻れなくならないかと…不安はあります」

二度と帰らないつもりで国を捨てたフラナにとっては、特に良い思い出もない故郷に帰るのは不安しか募らなかったが、イルと正式に結婚する為には乗り越えなければならない道のりでもあった。


「大丈夫だ、フラナも俺もランも皆無事で国に帰る」

フラナがイルにまわした手を少しだけ強く握る。

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