第23話 憂慮
「…副団長さん、すみません。明日か明後日一日お休みを貰ってもよろしいでしょうか?」
今日の仕事を終えたフラナが団長室に寄り、丁度イルが席を外していた為、フラナは副団長に休暇の相談をした。
「普段から休日なく働いてもらってますので、それは問題ありませんが珍しいですね。何かありましたか?」
副団長の問い掛けにフラナは理由を明かす事はなかった。
しかし、フラナが此処に来てからそれなりの月日が流れたのに、彼女の熱意に甘え、倒れてしまった時位しか休んでいないので、副団長は明日の休暇を許可した。
フラナは礼を告げ、たまには自室に戻ろうかと思ったが、結局ランの所へ戻った。
「ランさん…」
いつも竜と接する時は笑顔だったフラナの顔が曇っていたのに、日が落ちて竜達とフラナしかいないこの場でそれに気付く者はいなかった。
「え!?フラナさんお休みですか?体調不良ですか???」
フラナが突然の休みと伝えられ、マイルが驚きの声を上げる。ほとんど休まないフラナが突然休んだとなれば、体調不良を疑うのが自然な流れだった。
「いえ、本人の希望なので体調は問題ないかと」
それを聞いてイルも安心するが、フラナが休みたいというのは珍しい。
昨日も竜舎で過ごしていた様子だったのは寝る前に見かけたが、早朝に姿はなかった。
フラナは早朝に自室へ戻り、入浴を済ませてから街へ出掛けた。
わざわざ休暇まで貰ったのに、特に行きたい所はないばかりか、もう竜舎に戻りたくなっている。
まだ朝の時間だから空いているお店は飲食関係でも僅かしかないようだったので、最初に目に入った店に入って朝食をとる事にした。
ずっと竜舎にいたから街に来た事もほとんどなく、まして外食なんてこの国に来て初めての事だった。
このお店の朝食も美味しいのに何だか味気なく感じるのは、一人だからなのだろう。
いつもは竜達に食事を運んだら、竜騎士団の皆と食堂で食事をしていたから、こんなに静かな今が落ち着かないのだろう。
「フラナがいなくても、今日一日位なら食事以外は何とかなりそうだな」
ヴィッセンも一応世話人として兼任という話ではあったが、危険すぎてあまり使いものになりそうになく、それよりは得意分野で働いてもらった方が良さそうだと、イルと副団長は認識していた。
「そんなに窓ばかり確認しては仕事が進みませんよ」
今日のイルは何処か上の空だ。理由は分かりきっている。
休暇だとしても、用事をすませたら竜舎に来るだろうと思っているフラナが戻ってないか気になって仕方ないのだ。
「そういえば、フラナは朝早くには書物庫の方へ行っていたらしいですよ」
どうせ気になって手がつかないのなら話題を振ってあげた方が良いだろうと、今まではあえて黙っていた情報をイルに伝えた。
「書物庫に?」
書物庫の鍵を借りにきて、その後しばらくして鍵は返却され、どうやら街へ出て行ったようだ。との目撃情報が副団長の元には入っていた。
「何を調べたいのかが気になるが、街へ行ったなら買い物なんだろう」
ちなみに街へ行ったのは買い物が出来るような時間帯ではなかったが、その事については触れないでおいた。
買い物なら夕食前には帰るであろうと思われたが、フラナは結局夕食にも姿を見せず、自室に戻っている様子もなかった。
何かに巻き込まれているのではないか、捜索に出掛けた方が良いのでは、という声も上がる中、フラナは帰ってきて、そのまま竜舎へ向かった。
「ランさん、お土産です」
たった一日一緒にいなかっただけなのに、凄く久々に感じる。
「フラナ!遅かったな」
そう言ってイルは、フラナに駆け寄ったが、今はまだ夕方なので、そんなに遅い時間帯というわけでもなかった。
「私、昨日休暇申請したんですが…」
イルの態度にフラナが、イルに直接言わなかったのが問題だったのかと顔を青くしている。
「いや、そうだな。休暇なんだから何時に帰ってきても良いんだが。フラナなら、すぐ竜舎に来るかと勝手に思ってだな…」
言い訳をしながら気まずくて、ランに目を移すと何か首元に巻き付いていた。
「これは?」
そう問われて、フラナは慌ててそれを外した。
「街を歩いてたら、何か買っていけと言われて…ランさんにと思ったんですが小さすぎました」
フラナは物欲が全くないので、何か買ってけと言われても買う物に困り、赤色のマントがあったので、ランに買ってきたのだが、人間用だからサイズが全く足りなかった。
「イル様ならつけられるかもしれないですね」
他国の騎士達はマントをつけている事も多いが、竜騎士であるイル達は竜に騎乗する機会が多い為、マントの類は装着しないのが習わしだった。
「あ、団長がつけるような物じゃないですよね、すみません」
イルはいつも声を掛けてくれるが、竜騎士団長であり第一王子なのだ。街の露天商で買った飾り用のマントでは失礼にあたる。
「いや、別に構わないが、これ子供用だぞ」
フラナが被せてくれたマントを手に取りながら、小さ過ぎるマントにイルは笑った。
「子供達が英雄ごっこする用のお遊び道具だ」
街へ行くと、小さな子供達がマントをつけて、大きめの木の枝を持ったりして遊んでるのを見かける。これはそういった用途に使われる物だった。
「どうせ、露店の親父だろ。あいつらは人が通る度に声を掛けてるんだ。いちいち相手にしなくて大丈夫だ」
フラナは今日一日休暇を取り、成果らしい成果がこのマントの買い物だけで、それが何の用途にも使えず肩を落としながらイルからマントを受け取ろうとした。
「これは俺が貰っておく」
フラナはイルではなく、ランに買ってきたものだとは承知しているが、それでもフラナが買ってきたものだから、手元に置いておこうと思った。
「いえ、そんな子供用のマントなんて知らずに買っただけなので、私が…」
フラナはイルからマントを取り返そうとするが、イルはフラナの手を掴んで止めた。
「どうした?」
手を掴んだといっても強く掴んだわけではなく、軽く触れた程度に掴んだだけだ。
それなのにフラナの瞳は涙で潤んでいた。
「これは…何でもありません」
ランに乗る時に何度も手くらいなら触れているし、少し掴んだけで泣くとはとても思えないが、今は顔を伏せてしまっているが泣いていたのは事実だ。
「どうした?休暇をとった事と何か関係があるのか?…俺に何かあるならきちんと言って欲しい」
何が嫌だったのか、何故休暇をとったのか、何故泣いてるのか、それを推し量れる程にイルは女性の気持ちが理解出来ていなかった。
「イル様…私が何者であったとしても、私は世話人として此処にいられますか?」
昨日から頭を離れずに気持ちが纏まらずに、休暇を貰って目的も左程なく街を歩いた一日。
それで分かった事は、これからも世話人として生きていきたいという答えだけだった。
「それは勿論だ。何かあったのか、故郷の事か?」
自分達が知らない所で、此処にいる事が故郷の国にバレて帰るように言われているのだろうか。
「安心しろ、君が此処にいたいと思ってくれている限り、俺は君を守る。だから、何がフラナを不安にさせてるのか教えてくれ」
フラナの故郷の国は軍事国家としてそれなりの国力を持つ国だ。それでも、フラナが此処にいられるように交渉する覚悟は、フラナの出身を知ってからは決めてある。
「………確定の話ではないのですが、私…竜人という種族なのかもしれません」
竜騎士として暮らしてきたイルでも、竜人という言葉を初めて聞いた。
「竜人?とは何者だ??」
多くの竜と親しくなれたり、怪我が治ったり、不思議な事が多いとは思っていたが、それがイルさえも知らない竜人だからという事なのだろうか。
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