第21話 獣医
訓練前に食事を終わらせる関係で竜騎士団員は、街の人達の朝食時間より早めの時間帯で竜や自分達の食事をすませていたので、街へ行けば宿の朝食時間帯に、丁度入店出来る見込みだった。
アルクは、人が少なくて竜が羽根を休められる場所に黒竜を置いてから、マイルから聞いた宿泊先と思われる宿へ迎い、少し待つとフラナもやってきた。
「あの方ではないでしょうか?」
読み通り、あの研究者は宿で朝食を摂っていたようだ。
「行くぞ」
ここでも待つのが嫌いな男、アルクは対象を確認すると早歩きで向かってしまう。
「おい、お前外に出ろ」
宿で朝食を食べていただけなのに柄の悪い男に突然絡まれて、男は怯えた。
「アルクさん、そんな言い方では怖がられてしまいますよ」
焦りながらアルクと呼ばれた男を静止してくれた女性を見て、二人の事を思い出した。
「あ!黒い竜の騎士と、一緒にいた女性ですね」
あの日、初めて竜をこの目で見た。正直、竜ばかり見ていて人間の顔はそれ程記憶していないが、こんな感じの二人がいたような気がしている。
「覚えてるのなら話が早い。早く外に出ろ」
しかし、この黒い竜の相棒の騎士の柄の悪さは何とかならないのだろうか。
このまま牢屋に連れて行かれてしまいそうな雰囲気だ。
「あの…アルクさんの黒い竜も一緒に来てるんです」
フラナが務めて笑顔でそう伝えると、男はすぐに席を立った。
「竜は何処にいるんですか?」
周囲を見渡しても竜は見えず、空を飛んでいるのかとも考えたが、少なくとも男の視力で見える範囲には飛んでいなそうだった。
「こんな店や家が点在する場所に竜を置いておけるわけねぇだろ」
アルクは半ば男を突き飛ばすように歩く方向を指示した。
「黒竜さんは、お店とか家のない所で休んでいるんです」
アルクの度重なる横暴にフラナが毎度フォローを入れる。
「私は、竜の世話人をしてますフラナです。貴方の名前を伺ってもよろしいですか?」
名前をまだ聞いていなかったので、自分の身分と名を明かして研究者の名前を尋ねた。
「私は竜の研究をしたくこの国に来ましたヴィッセンです。家が獣医でしたので、動物の体にも詳しいです」
ヴィッセンは、出身国の城に勤める獣医を父に持ち、幼い頃から動物に興味を持ち、父を手伝いながら学んでいた。
その過程で、魔物の中で最強と呼ばれる竜という種族がいる事、そんな竜に乗って戦う騎士団がこの世界には存在している事を知った。
「竜というと、どの国でも恐れられる存在です。でも、この国では竜に乗り戦う竜騎士がいると知り、一層興味が湧いたんです!」
馬などの広く飼われている動物でさえ医学的な記述のある本を探すのは難しい。
自分は環境的にそれを学ぶ機会を得られたが、竜を見る事さえない今の環境では竜の研究などする事は出来ないだろうと思い立った。
「それで、竜に対する伝説や本を探しながらようやく此処まで辿り着けました」
フラナの国よりさらに遠い国よりヴィッセンは旅を続けて、ようやく最終地点であるこの国に辿り着いたのだ。
「竜に対する気持ちが、この国と他国ではまるで違います。この国では竜は尊敬と感謝の気持ちを持ち、崇拝しています」
城に入る方法が分からずに宿に滞在して、街の人達から話を聞いて、他国との竜への意識の違いに驚き、歓喜した。
「私もこの国に来てそう思いました」
他国に生まれ竜に興味を持ったフラナやヴィッセンにとって、自分の故郷を含めた全ての国では竜は畏怖の存在でしかなく、竜が好きだとか、竜の研究をしたいだとか、そう言えばその時点で好奇の目しか向けられないようなものだ。
「…俺の竜がこの上にいる。先に断っておくが、俺の竜は他の竜よりさらに人間嫌いだ。不用意に近付くな。まぁ、でも遠目で見るくらいなら見させてやっても良い」
黒い竜が人間を嫌いなのではなく、このアルクとかいう騎士らしくない騎士が人間を嫌いだから、竜も避けているだけなのでは。と、普段の黒竜を知らないヴィッセンは思いたくもなる。
「その代わりに、お前の情報をよこせ」
どうして竜騎士と竜の世話人が自分を訪ねてきたのか、一番大切な話を聞いていなかった。
「ヴィッセンさんは獣医をしていて、此処に来るまでに旅をされてたという事ですので、魔物についても多少詳しかったり、お話を聞いていたりはしないかな、と思ったんです」
ヴィッセンの疑問は、フラナが説明してくれた。
「魔物についてですか?…基本的に魔物は自分がいた国では兵士達が討伐して、それで終わりですし、竜を含めて魔物の肉体構造とかを記したような本はなかなか見つけられないんですよね」
ヴィッセンも竜以外の魔物について特段興味はなかったが、魔物の研究した本の中で竜も取り上げられている可能性もあるかと、図書館や書店に行く度に探したが、成果はなしだ。
「こちらでも竜についての研究とかが纏められた本は私も見た事がありませんね」
竜騎士団を有する国であれば竜の研究がされているかとも思ったが、竜騎士と竜にまつわる珍しい事例などが綴られた記録書が竜騎士団には存在しているが、その存在を明かして良いかは判断がつかないので、ヴィッセンに対して伝える事は出来ないが、それ以外に出版されているような書物の類にはフラナも出会えていなかった。
「此処にくれば竜を研究した本の需要と供給があると思ったのですが…見込みが違いました」
先にこの国に来て、竜の世話人として働いているフラナが知らないというのだから、そういった研究は逆に神聖視されているこの国だからこそ難しいのかもしれない。
「魔物についてなんですが、例えば竜に乗って戦う竜騎士のように魔物を使って戦ったりするとか、魔物そのものを誘導するような方法ってあったりするのでしょうか?」
人気がなくなったのを確認してから、話の本題を告げた。
「馬などを人や物の移動・運搬手段として使ったり、地域によっては犬を番犬として飼っていたり、というのは様々な国で行われていますが、人間の戦闘に使う例というのは聞いた事がありませんね」
それ故に竜騎士団は遠いヴィッセンの国までその雷名が聞こえていたように、それ程稀有な存在だという事だ。
「ただ、魔物の習性を観察して、その特性などを利用して、自分達の優位な方へ持ち込ませる事は不可能ではないかもしれません」
その地域に多く住む魔物の根絶方法の模索や、根絶までは至らないにしても人間への影響を少しでも減らす試みは、竜騎士団を備えるこの国以外の方が詳しいかもしれない。
「動物も好む匂いや、逆に嫌う音などがあります。それが魔物にもあるとすれば、人間が住む地域には、嫌う音を周期的に流す事で魔物を避ける効果が得られる可能性はあります。この辺りは生活の知恵的なもので、長年魔物に襲われて対処しながら、その地域毎の工夫などで成り立っているものかと思います」
多くの国で問題視されるのが飛翔するタイプの魔物だ。
飛翔するスピードも問題だが、飛んでいる対象に対して弓などの飛び道具を命中させるのにはかなりの技術力が求められ、それ以外の方法では攻撃する事さえ難しいという問題がある。
一方、竜騎士団有するこの国はどんな魔物が現れても竜騎士団が討伐してきたから、これといった対策もしてこなかったし、対策せずともやってこれた。
「…エーデ国では魔物に対する積極的な予防的措置に近年力を入れていて、それで最近は魔物に襲われる事が減ったと街の方が話されていました」
エーデ国と言えば、外交でイルが訪れ、襲撃された国であった。
その国が魔物の遭遇率を下げた事に成功しているというのは、気になる話だ。
「近寄っていいのは此処までだ」
エーデ国の名前が出た事で内心は動揺する二人だったが、イルが外交中に待ち伏せされて襲われたなんて国民にも隠している事実を他国から来た男に知られるわけにはいかない。
「あの時の黒い竜ですね!」
話題を逸らすためと、これ以上ヴィッセンから聞き出せる情報はないとアルクは判断して、あえて竜に意識を向けさせた。
「もう充分だろ、帰るぞ」
フラナと同じタイプであれば、竜を見てて良いと言えば何時間でも見てるのだろうから、そんな事には付き合っていられない。
「嬢ちゃんはどうする?一人で帰るか?」
黒竜ならば乗せてくれるだろうが、以前ランが拗ねてしまった事があるので、それは少しだけ躊躇してしまう。
「…私は、一人で帰ります」
もうあんな時間は過ごしたくないので、折角なのでたまには街の様子を見ながら帰る事にした。
「あの!私は先程も言いましたが、獣医としての学もあります。こちらにも馬は城にいますよね?馬の手当てなども出来ますので、私を城に置いて頂けないでしょうか?あとは空いた時間に少しだけ竜を見れたらそれで良いんです!!」
ヴィッセンは熱心に自分を売り込むが、この国で不足しているのはいつでも竜の世話人だけで、他の職種については今は間に合っている。
「残念だな、世話人を含む全ての人材が今は間に合ってる」
アルクは黒竜に乗って飛び立とうとした時だった。マイルの竜がこちらへ向かって飛んできた。
「馬が出産しそうで、ヘルプ要請です」
何故、馬が出産しそうなだけでアルクが呼ばれるのか。
「…ジジイはどうした?」
馬の出産や管理を長年任せている老人がいるにはいるのだが。
「昨日の魔物の襲撃で腰やっちゃったんで城まで来れないですよ」
実は昨日の襲撃でマイルが街を守っていたものの、逃げたりする時に転倒したりする者、一人では庇いきれずに魔物に襲われ怪我をした者がいた。
その前者にあたる老人はとても歩けるような状態ではなかった。
「だから、アルクさん早く帰って来てください。俺、後は変わりますから」
一方ヴィッセンは、また違う竜が飛んで大興奮だったが、話が進む前にどうしても言わなくてはならない事があった。
「私!獣医です!!馬の出産にも何度も立ち会ってます!!!」
今、このアピールをしなくてどうする。というレベルのアピールポイントがやってきたのだ。ヴィッセンは必死にアピールを繰り返した。
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